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【短編小説】今度の時代は、何着て食べる?①



1 働くことをやめた

先日、私は会社を辞めた。
特に理由なんてない。
強いていうなら、このまま社会で働き続けることに疑問を覚えてしまった。
…いいや、そんな高尚なものでもない。

Z世代と括られ、Z世代は効率を重視するだとか、失敗を恐れて挑戦をしないだとか。
私という個人がどんな行動を起こしても、全て世代フィルターに変換され、認識されることに辟易した。

そうつまり、ただのわがままだ。
世代フィルターが嫌なんてのも、ただとってつけた理由で、仕事へのやる気がなくなったから、というわがままな理由で会社を辞めた。

親には適当な理由をつけて会社を辞めたことを電話で伝えた。
ほんの少し…かなり長い沈黙の後、母が口を開いた。

「あんた、これからどうすんのよ」
「…うん」

生返事をする私に対して、呆れたように諦めたように母は続ける。

「はぁ…全く…、とりあえずうちに帰ってらっしゃい。一生は無理だけどちょっとの間なら面倒見れるから。」

また沈黙が流れる、さっきよりもまだ少し短い沈黙を破って、今度は父が話し始めた。

「わかっているとは思うが、生きるためには金がいるんだ。そして、金を得るなら働かなければならないんだからな。お前を産んだ親として、一時的に面倒を見てやるが、次の働き口がなければ、すぐに追い出すからな。」

スピーカー越しに聞こえる父の声は静かに響く。
父は社会科の教師で地元の高校で働き、母は銀行勤めから看護師学校へと飛び込んで今も看護師として働いている。
両親ともども、仕事に対して一定の熱量を持った人たちで、仕事に対しての価値観が正直私とは合わない。

生きるためには金がいる。
金を得るには働かなければならない。
至極真っ当で当たり前ではあるのだが、どうしてもピンと来ない。

興味もない仕事のために、スーツを着て、コンビニ弁当を食べ、眠って、また働く。

私だって興味がなくても、せめて指示されたことは正確にきちんとやろうとした。その先で失敗しても、いつかそれは私の糧になるんだと思っていた。
結局、言われた言葉は「これだからZ世代は。」の一言だけだった。

私という存在すら認められていないのに、働く意味はあるのか。
それでも生きる理由はあるのか。

私の中で何かがプツンと折れてしまい、それ以上頑張れなくなった。
いや、そもそも何も頑張っていなかったのだ。
私以上に積極的に能動的に頑張る人は大勢いて、私が会社を辞めること自体は今思えば必然だったのだろう。

結局、貯金もないため、私は実家に戻ることにした。
一人暮らしをしていた家で、引っ越しの荷物をまとめていたそんな折、祖父の訃報が届いた。

2 祖父の訃報と呉服屋

祖父の記憶は私にはほとんど残っていない。
祖父は離れて暮らしていて、親戚の集まりにも顔を出す人ではなかった。
最後に覚えているのは、真剣な顔でミシンと向き合う祖父の姿だけ、
その姿はどこか楽しそうで生き生きとしていて、家族には見せてない姿だったように思う。

そんな祖父がひっそりと息を引き取った。
ある日、親戚が連絡を取ろうとしても一向に電話がつながらず、たまたま近くを通るついでに様子を見に行ったところ、寝室で眠るように亡くなっていたそうだ。
念のため病院でも診てもらったが、やはり老衰だったらしい。
祖父の亡骸の近くに、亡くなった後について細かく指示が書かれており、まるで自分が亡くなるタイミングが予めわかっていたようだった。

祖父を発見した親戚も、普段は祖父の近くは通らないルートだったこともあって、とても不思議そうにしていた。

結局、そんなスムーズすぎる最後なんかよりも、私が会社を辞めたことのほうが親戚たちは気になるようで、祖父の葬式がひと段落したところで、なんで辞めたのか、次の働き口はあるのか、矢継ぎ早に問いただされた。

しばらくして私は魂が抜けたように疲弊していると、親戚一同は言いたいことを言えたことで満足したのか、祖父が営んでいた呉服屋の話題へと移った。

元々、祖父の代で終わりにするつもりだった呉服屋。
祖父が亡くなったら解体して駐車場にでもする予定だったらしい。
ただ、店を解体するにも費用がいる。
とりあえず解体はするとして、直近すぐに…とはいかないので、解体の目処が立つまでの間、どうせ暇なら店番をして家に金を入れたらどうだと、私に白羽の矢が立った。

私には断る理由がなかった。
…というより、拒否する権利がなかった。
状況が飲み込めていない私をよそに、話はとんとん拍子で進み、私は呉服屋を継ぐこととなった。

3 呉服屋の注意事項

1週間後、私は呉服屋の前にいた。
駅からバスを2本乗り継ぎ、降りたバス停からすぐ近くの庭園を抜け、畑を抜け、銀杏並木を歩いた先に祖父の呉服屋はある。

アクセスするにはどう考えても不便なのに、どう生計を立てていたのか疑問だ。

私は呉服屋に入る前に、このお店に関する書類を眺めていた。
呉服屋の鍵を預かった際に、一緒に渡されたもので、祖父の遺書でもある。
書類にはお店の簡単な見取り図に、商品の位置や懇意にしている仕入れ先リスト、そして最後にお店の注意事項が載っていた。

  • 『呉服屋には住み込みのバイトがいるので、仲良くすること。』

  • 『東側にある右から3番目の試着室はcloseの表記を常に置くこと。』

  • 『何を見ても、聞いても、着ても、食べても、決して口外しないこと。』

…改めて見ても、気になる点が多い注意事項だ。

まず、住み込みのバイトについて、これは親戚どころか両親も素性を知らなかった。
遺書によると、祖父が亡くなってからしばらくの間は、住み込みのバイトにも休暇を取らせているから心配がないようだ。
…ほんとに亡くなったよな?あらかじめ決まっていたかのように、タイミングがいい。

まぁ、1人で過ごしていても堂々巡りしそうではあるので、話し相手がいるのは助かる。

次に試着室について、この文言はなんだろうか。
何か利用できない理由があるのか?故障?物置?
これは呉服屋を見ないことには、なんとも言えないな。

そして最後の『何を見ても、聞いても、着ても、食べても、決して口外しないこと。』
一見、もっともらしいことが書いてあり、昨今のコンプライアンスか何かかと思ったが、それにしても食べたものですら口外を禁止にするのは、些かやり過ぎではないか?

私は一通り注意事項について考えを巡らせたが、考えていてもしょうがない、という結論に落ち着いて、もらった鍵で入り口を開けた。

4 呉服屋の住み込みバイト

……開いた…?
鍵を開ける時の、あの感覚がない。
もうすでに鍵は開いているようだった。

住み込みのバイトが戻ってきた可能性もあるが、空き巣かもしれない。
念のためいつでも逃げられるように、荷物を降ろして身軽になった。

おそるおそる扉を開くと、奥の部屋からミシンの音が聞こえる。
音は一定で正確なリズムを刻みながら響いていた。

まさか空き巣がミシンを使うわけでもないので、あの住み込みバイトなのだろう。
安心して扉を開けたところ、玄関ベルが鳴り、それと同時にミシンの音が止んだ。
奥の部屋の引き戸が勢いよく開けられ、そこには中年の女性が立っていた。

「いらっしゃいませ。生憎、店主はおりませんのでわたくしが承ります。ご用件をお伺いいたしますので、そちらの席にお座りください。」
女性は非常に丁寧だが、朗らかで親しみやすい声色だった。
黄緑色の着物をきちんと身に着けており、まるで高級旅館で働いていたような所作で私は少し驚いた。
住み込みバイトと聞いていて、素性も何も伝えられていないあたり、だらしがない人を想像していたのだが、彼女からは怠惰という概念そのものがないような印象を受けた。

突然の状況で声を出せていないでいると、彼女は何かを察したような顔をした。
「ああ!あなたが店主のお孫さんですか!あらあら、店主の若いころにそっくりだこと!」
丁寧な口調が打って変わって、気さくで堅苦しさが抜けた口調になった。

「…はい。渡 大祐(わたり だいすけ)です。短い間となりますが、このお店を引き継ぐこととなりました。よろしくお願いいたします。」
私は抑揚のない暗い声で自己紹介をした。

「お話はかねがね聞いておりますわ!わたくし、照子(テルコ)と申します。早速、お部屋に案内いたしますね!お荷物はどちらに?」
女性…照子さんは嬉しそうに返事をする。
そういえば荷物は外に置いていたな。

私は荷物を取りに戻って、一旦すべてお店の奥へと置かせてもらった。

「これで全部?ずいぶん少ないのね。」
「ええ、必要がないと思ってほとんど処分したので…。」
「流行りのミニマリストってやつね!!」
照子さんはニコニコしながら私と会話をしていた。
ただ私はミニマリストと言われ、また括られたと感じて嫌みったらしく返答した。

「あの…、そういうのやめてもらえますか?」
「えっ?そういうのって?」
「そういうミニマリスト…とか…、したくてなっているわけじゃないので…」
「あら、ごめんなさい。あたしったらつい…」
少し彼女の声が暗くなる。

「いえ…とにかくそうやって何かに括られることが嫌いなので、今後はやめてくれると助かります。私は私なので。」
「えぇ、わかったわ。気を付けるわね…。」

彼女の声がさらに暗くなった。少し悪い気もしたが仕方がない。
私は私なのだ。日本語が通じるうちは嫌いなことははっきり言っておくに限る。

5 住み込みバイトの照子さん

部屋に案内されて、営業時間や仕事内容の説明を受けた。
終始、私はまじめに説明を聞き、間違いがないように認識があっているか都度確認をした。
照子さんも元の明るさで説明を続けて、その日は終わった。

翌日、その日はお店の定休日とのことで私は昨日受けた仕事についてノートにまとめていた。
聞けば聞くほどどうして収支が取れているのかわからない。
小学校や中学校の制服や体操服を販売しているとはいえ、季節に左右される。4月の入学シーズンが過ぎてしまえば、ほとんど収入を得ることができないはずなのに、毎月一定の収入がある。
しかも、あくまでもお店の赤字になり得る部分のちょうどいいラインの収入で、お店を緩やかに続けていくことができている。

私が頭を悩ませているとノックが聞こえた。

「おはようございます。朝食ができましたので、朝ご飯を食べましょう。」

照子さんの朗らかな声が扉越しから聞こえた。

「…今日はお店の定休日、つまりあなたもお休みですよね?作っていただいたのでいただきますが、私の分までは不要ですよ。私は適当に済ませるので。」
店主の私はさておき、従業員である彼女は仕事と休みの区別はきっかりつけるべきだろう。
私が彼女と居間へ向かうときにそう告げると、彼女はキッとした顔で振り向いた。

「食事は適当に済ませてはいけません。人が生きる上で食事は大切です。決して作業ではないのです。…それに、私が一緒に食事を楽しみたいんですよ。」

私の目をしっかり見つめて、最後はいつもどおり穏やかな顔に戻った。
この2日間で照子さんのいろいろな顔を見た気がする。
こんなに感情豊かに日々を生きていると人生楽しそうだな。と感じた。

彼女が作る食事はどれも手が抜いているわけでなく、料理が好きなことが伝わってきた。実際かなり美味しかった。
いつぶりだろうか。ご飯を食べて美味しいと感じたのは。
ちょっとほっこりした気持ちになりながら、食後にコーヒーをいただいていた。

「ごちそうさまでした。非常に美味しかったです。でも毎回このクオリティのものを作るのは大変でしょう。無理はしてほしくないので、適度に手は抜いてくださいね。」
私は食への感謝を素直に伝えつつ、片づけを手伝いに台所へと入った。

彼女はまた嬉しそうに、ふふふと微笑みながら手際良く食器を洗っていた。

6 呉服屋の仕事

1週間がすぎても結局、お店の収支の謎に関して進展することはなく、私はいったん考えることをやめた。

ここに来て2回目の定休日、14時にそれは起きた。
突然、低く大きなベルの音がお店に鳴り響いたのだ。
その音は玄関のカランコロンのような音とは大きく異なっていた。

急いで音の聞こえるお店に出ると、それは試着室から聞こえていた。
…東側にある右から3番目の試着室…。
そうだ、ここにきていてからすっかり忘れていた。
試着室がゆっくりと開いて、そこから現れた姿に私は目を疑った…。

次回に続く


あとがき

皆さんこんにちは!KIDOAです!
ということで、前々からやりたかった短編小説をのんびり書いていきたいと思いますよ!今まで完全に趣味で書いていて、人に見せたこともなかったので文章力はかなり拙いです!これから磨いていきたいな!!

不定期になるかもですが、私が書きたいことを赴くままに書いていきます。
というかサムネが欲しい。いい感じのサムネが欲しい。切実に。

それにしても大祐さん、友達になるまでが結構大変そうっすよね。
対して照子さんは誰とでも仲良くなれそう。
今のところ(というかまだほとんど登場人物出ているわけじゃないけど)照子さんはお気に入りのキャラクターです。

土曜日はスタンドFMで作業雑談もしているので(今後の若干のネタバレがあるかもですが)ぜひそちらもチェックしてみてください~。

ではでは!まだ次回の投稿でお会いしましょ~!








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