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記録映像レビュー⑧-2013年 葛河思潮社『冒した者』

葛河思潮社 第三回公演
『冒した者』
2013年9月~10月 吉祥寺シアター


[作]三好十郎
[演出]長塚圭史
[出演]
田中哲司、松田龍平、松雪泰子、長塚圭史、江口のりこ、尾上寛之、桑原裕子、木下あかり、中村まこと、吉見一豊

[美術]
二村周作
[照明]
齋藤茂男
[音響]
加藤 温
[人物デザイン監修]
柘植伊佐夫
[ヘアメイク]
河村陽子
[演出助手]
山田美紀
[舞台監督]
福澤諭志

 戯曲を編集した『冒した者』は何度も観ているのだが、ノーカット版で上演したのを観るのはこれが初めてだ。『ハムレット』のように省略せずやると結構長いので(この上演も3時間をゆうに超えている)適宜短くして観やすくなった上演が比較的多い、三好十郎の代表的な作品である。
 長塚圭史演出作品を観るのはそれこそ吉祥寺シアターで昨年9月、阿佐ヶ谷スパイダース『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』を観劇して以来だけれど、長塚圭史演出作品といえばバチバチにキマっている舞台美術! なぜか劇中で使用される確率の高い血糊! 派手な照明! 驚く音響! ドーン! みたいなイメージを複数の上演から持っていたのが申し訳ないと思うほどに、葛河思潮社『冒した者』は、素舞台ではないにしてもそれに近いほどセットや小道具は最低限、俳優の演技、ただそれだけ、さあ、考えて、というぐらいの無骨な演劇であった。葛河思潮社『浮標』を生で観たときも舞台美術が凝っているとはいえ割とストイックに感じたものだったが、その比ではなかった。
 以前、別の劇団の『冒した者』の上演を観たときは思いもよらなかったことだし、実際の葛河思潮社『冒した者』を吉祥寺シアターで仮に生で観ていたとしてもそれはそうだろうが、今観ると、非常に強引な見立てとして「須永」の存在は、「なんだかコロナみたいだなあ」と思わなくもなかった(作品の時代背景ガン無視、あくまでも今は、という意味)。松田龍平演じる「須永」はひときわ特異なオーラを放ってはいるものの、ボソボソとちょっと怖く呟くように喋るだけの、この家に来て特に何をしたというわけでもないただの青年である。ところが「須永」がどうもどこかで人を殺してきたあとらしいと情報が入ってから、目を覆うようなパニックに皆が襲われ、特に「須永」はその場で目立ったことを引き続きやっていないにも関わらず、有害としか思えない各々の過剰な言動や行動によって、防げたはずの惨劇が次々と連鎖して起こるのである。今も昔も変わらないというか、本当に怖いのはパニックを起こした人間が何をしてしまうのかのほうで、「須永」はただ超然とそこにいるだけに過ぎないし、そこで殺人をいきなり働いたわけでもないのである。まだ見ぬ未来の「須永」の姿を仮定して必要以上に怯え、押しつぶされていったのだ(そしてその未来は劇中に訪れるわけでもない)。ラスト近く「須永」と唯一、まともに話すことが出来る「モモちゃん」(木下あかり)との会話は、なんともやるせない。なぜこの距離感で、皆は「須永」と接することが出来なかったのだろうか。それが出来れば、この作品は、冒頭シーンでつつがなく終わったことになる。その理由を考えることは、今をたくましく生きていく上で有益な知見を齎すはずだ。
 戯曲は青空文庫で誰でも無料で読めるし面白いのでぜひ骨太な純文学のようでありながらもエンタメ性の極めて高い、三好十郎ワールドに浸っていただきたい。ステイホーム中に家がめちゃくちゃになる話を読むのも一興ではないだろうか。いや、そうでもないか。


チーフ・キュレーター 綾門優季

いただいたサポートは会期中、劇場内に設置された賽銭箱に奉納されます。