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【稽古場レポート】19人の俳優が生み出すエネルギー!演劇の醍醐味が詰まったアマヤドリ『うれしい悲鳴』

 8月17日(土)~26日(月)に吉祥寺シアターにて、劇団・アマヤドリによる演劇公演『牢獄の森』『うれしい悲鳴』が上演される。アマヤドリは2001年の旗揚げ以来、20年以上の間小劇場演劇を牽引し続けてきた。『牢獄の森』はAIによって管理される監視社会を描く最新作、『うれしい悲鳴』は劇団史上最高傑作との呼び声高く、アマヤドリ版のロミ・ジュリと言える作品だ。吉祥寺シアター職員による稽古場レポートシリーズ。今回は『うれしい悲鳴』の稽古序盤の様子をお届けする。

18:00
 稽古場では、15人以上の俳優が三々五々練習をしている。中には作・演出の広田淳一さんに演技プランや役作りについて相談している人もいた。

18:20
 広田さんの「はじめまーす!!!」というパワーのある挨拶で稽古が始まる。まずは群舞を合わせる。段取りを確認するなかで、「芝居の流れで死ぬ人が決まるから」「死んでいる時間が長いから平気」という謎の言葉が飛び交った。一体物語にどのように関係してくるのだろうか。4人の俳優が横たわり、他の俳優も舞台上へ上がる。やがて整列していき、一斉に揃った動きを見せる。縦横無尽に繰り広げられる身体表現もアマヤドリの特色の一つだ。

18:30
 通し稽古が始まる。通し稽古には全体の尺を掴んだり、場面の関係性を整理したりと、全体を見通す役割がある。広田さんは「集中して、のんびりしないようにしたい」と声をかける。俳優は開演前から舞台上にいる。おしゃべりしている人や座っている人、準備運動をしている人。それぞれの動きをする中で、誰からともなく静止する。音楽が消え、全員がハケると物語が始まる。
 ヒロインの友人・亜梨沙(小町実乃梨)が切迫した様子で登場する。観客はその話の断片から情報を拾い集めていき、徐々に全貌が見えていく。ミステリ的なつくりだ。「感じすぎる女」斉木ミミ(相葉りこ)と「痛覚の無い男」マキノ久太郎(西川康太朗)はとある事件から衝撃的な出会いを果たす。マキノはミミへ実直に愛を伝えるが、ミミの両親は大反対。立場を超えてひっそりと重ねる逢瀬の中で、二人はお互いのことを語り合っていく。そんな中、マキノの所属する組織・「泳ぐ魚」にとある出来事が起こる。そして、二人は大きなものに巻き込まれていく……。
 今回は若い客演(劇団員以外の俳優)が多いのも特徴だ。全体的に熱気に溢れており、劇中ではパワーの応酬が繰り広げられた。物語としては、誰でも楽しめるウェルメイドなエンターテインメント作品にも見える。だが、ミミとマキノの背負う背景はあまりにも“痛ましい”。自我とも密接に結びついた「感覚」に特異さを持つ二人は、ある種哲学的とも言える生き方を見せる。また、「泳ぐ魚」を巡って起こる事件は、政治ドラマ的な側面も併せもつ。それらの要素が複合的に絡み合い、この作品を「あー、おもしろかった」に収束させない棘を残す。

21:10
 広田さんからのフィードバックに入る。広田さんは「大枠は良かった」と話し、各人物の戯曲における役割や人物解釈の方向性など、各人の総評を伝える。広田さんは「一言一句覚えてください」と言う。一言抜けたり、語尾が変わったりすると、セリフのリズムが合わなくなってしまうためだ。「会話のキャッチボール」という言葉があるが、まさにその通りで、一人のセリフが変わると受け手のセリフまで変わってしまう。戯曲は隅々までこだわって書かれているのだ。

 余談だが、私は観劇を趣味としていながらも、アマヤドリの公演を先日まで見たことがなかった。全くの「もぐり」である。今年三月、シアター風姿花伝で上演された『人形の家』を見た。これは、イプセンの『人形の家』を“格闘技のような会話劇”の『激論版』”俳優の身体を頼りにして戯曲を再構成した”『疾走版』の2種類上演するという挑戦的な企画だ。私が見た『疾走版』は同じシーンを繰り返し演じることで、戯曲の肝を残しつつ、それに濃い味付けをするという尖りに尖った構成で、「やられた!」と思ってしまった。

 そんな、長年演劇界の最前線を走りつつも、尖り続けるアマヤドリ。多くの人がかかわって新しいエネルギーが生まれるという、演劇の醍醐味を味わえる公演になると思う。アマヤドリの最高傑作とも言われる本作の上演を、お見逃しなく。

2024年8月17日(土)~26日(月)
アマヤドリ本公演『牢獄の森』『うれしい悲鳴』

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