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13話 隔離

千鶴が自宅で優斗を待ち受けていた時、彼が到着した。千鶴の姿はやせて見え、その青色のシャツが彼女の顔色の悪さを際立たせていた。しかし彼女の顔は彼を見てすぐに明るい笑顔となり、弱々しさを一瞬にして隠した。彼女は彼に手を振った。「優斗さん、こんにちは。お越しいただき感謝しています。どうぞお入りください。」と彼女は言い、優斗は礼を言って家の中に入った。

優斗は千鶴の体調に少し心配そうな表情を見せたがすぐに笑顔に戻した。彼女の家が広々として清潔であることに驚いた。彼女は彼をリビングへと導き、座るように声をかけた。「お茶を準備しますので、少しお待ちください。」と彼女は言ったが、その声にはいつもの元気さが欠けていた。

優斗は千鶴が微笑みながらお茶を準備する姿を見つめ、彼女の様子が普段とは違うことに気付いていた。しかし、彼は何も言わずに彼女を見守り、心の中で彼女の回復を願っていた。

千鶴はキッチンへ向かい、優斗が好きそうな紅茶を用意した。彼との会話を楽しみにしながらも、彼女は緊張していた。VoiceVeilを通じて彼の性格や趣味、夢などを知っていたが、直接会って話すのは初めてだった。彼に良い印象を持ってもらうため、彼女はどのように自分をアピールするかを考えた。

一方、優斗は千鶴が戻ってくるのを待ちつつ、リビングを眺めていた。彼の視線は彼女の家にある本や絵、写真などに留まり、彼女の趣味や感性、生活習慣に触れることができた。これらを通じて千鶴をより深く理解しようとした優斗の心中には、彼女への感情が徐々に深まっていった。

しかし、優斗の心の中には別の感情も芽生えていた。優斗は千鶴への感情を伝えようと思っていたが、彼女の体調が思わしくないことを目の当たりにし、その感情が一瞬で覚めてしまった。彼は彼女の弱々しい姿を見て、彼女に何かを強いることはできないと感じた。

それでも優斗は、この場だけはこれまで通りにしようと心に決めた。彼は自分の感情を一旦抑え、千鶴が戻ってくるのを静かに待つことにした。彼の目はリビングの中に飾られた千鶴の写真に留まり、ふっくらした彼女の笑顔を見つめながら、彼の心は彼女の回復を願っていた。

千鶴は紅茶をトレイに載せ、リビングに戻った。彼女は優斗に紅茶を差し出し、自分もソファに座った。「優斗さん、お茶はいかがでしょうか?お好みの味でしょうか?」優斗は紅茶を受け取り、一口飲んでみた。彼女が選んだ紅茶が美味しいことに彼は感動した。「千鶴さん、ありがとうございます。とても美味しいです。これが千鶴さんのお好きな紅茶なんですか?」と彼は尋ねた。

「はい、私はこの紅茶が大好きなんです。優斗さんも気に入ってくれて、嬉しいです。私たち、趣味が合いますね。」と千鶴は答えた。優斗は笑顔で返した。「そうですね。私たちはVoiceVeilでたくさんの共通点を見つけましたね。千鶴さんの声にも惹かれました。千鶴さんはとても素敵な方です。」

千鶴は彼の言葉に顔を赤らめた。「優斗さん、ありがとう。私も優斗さんの声に引き込まれました。優斗さんはとても優しくて素敵な方です。」 彼らはお互いを見つめ、心が通じ合う瞬間を感じた。自然と手が重なり、ソファで寄り添った。彼らは紅茶を飲みながら、もっと深くお互いを理解したいと思った。そんな楽しくて幸せな時間が流れていった。

千鶴の心は一つの思いに囚われていた。それは優斗を自分だけのものにしたいという切ない願いだった。彼の声、彼の笑顔、彼の視線、彼の言葉、すべてが彼女の心を掴んで離さなかった。

しかし、千鶴は優斗が誰かを深く愛していることを感じ取った。その誰かの存在が彼女の心を締めつけ、その痛みは彼女を苦しめた。そして、その誰かが結菜だと勘違いしていたのだった。

結菜と優斗の間に何があるのか、千鶴には何も分からなかった。しかし、彼女の想像力は彼女をさらに深い孤独感へと誘った。千鶴の心は苦しみに満ち、その孤独感はますます深まっていった。

千鶴の心は、自分だけの優斗を求め、その一方で彼が誰かを愛している可能性に苦しんだ。その矛盾した感情は千鶴を追い詰め、彼女の心は深い闇に飲まれていった。

それでも、千鶴は優斗への想いを止めることはできなかった。彼女の心は彼へと向かっていく一方だった。彼女の心の中には、優斗への深い愛情と、彼が自分以外の誰かを愛しているという苦痛が混ざり合い、千鶴を苦しめ続けたのだ。

千鶴の心は、優斗との共有空間を守りたいという強烈な思いで溢れていた。彼と一緒にいる時間、彼の笑顔、彼の声、それらが彼女にとっては何よりも大切で、何よりも特別な存在だった。

「もう、時間だね。」優斗がそう言った時、千鶴の胸はぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。彼女はもっと一緒にいたい、もっと話をしたい、そう強く願っていた。

しかし、彼女の願いとは裏腹に、優斗は時計を見て言った。「帰るよ。」その言葉が空気を切り裂いた。優斗が立ち上がるその瞬間、彼の後頭部に鈍痛が走った。彼は顔をしかめ、一瞬バランスを崩した。その静かな時間は突如として打ち破られた。優斗の意識が消え去る中、彼の身体が床に倒れ込む音が静かな空間に響き渡った。千鶴は驚きと恐怖で固まったまま、優斗の倒れている姿を見つめていた。

千鶴の思いとは裏腹に、彼女が一緒に過ごしたかった時間は突然の出来事により断ち切られ、彼女の心は混乱と、目の前に優斗がいるという優越感でいっぱいになった。彼女の心の中には、優斗との共有空間を永遠に守りたいという思いが叶い、しかしその彼は千鶴さえも抱きしめれない『物体』へと変わった現実との間で揺れ動く感情が渦巻いていた。

優斗の家族は彼が帰ってこないことに気づき、不安と心配で胸を締め付けられた。家族の心配は次第に現実となり、彼が2日間も帰ってこなかったため、遂には警察に捜索願を出すことになった。

(つづく)

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