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誰の為の。「序章 不気味な連続」【長編小説】

しつこい雨だ。
こうもジトジト振られちゃ気が滅入る。
本当気が滅入ってしまう…。

気がつくと図書館にいた。
この空間は心地が良い。好きだ。
昔から嫌なことがあった時は本を読んでいた。
それも無意識に手に取った気にもしていなかった本を。
別に題名が興味もない「政治家の自伝本」でも。
気にも留めなかった。
理由は簡単、今を忘れられるから。
簡単に主人公になれるからだ。
他人からどう思われようが、当時は知ったことじゃなかった。
私は臆病だ。隠す必要もないくらい。
それでもここまで生きて来れたのは、
他人との距離を測るのが苦手だったからだろう。
いや、得意だったとも言えるかもしれない。

昔から知らない人と話すのが苦ではなかった。
家族で行ったキャンプ場で、
当時、幼稚園児だった私は妹が小さかったこともあり
退屈していたのを覚えている。
そんな中、隣にテントを張っていた家族に
小学生くらいの兄弟がいたのが見えて、
私は閃いた。
あそこに白々しく持ってきていたサッカーボールを蹴り込もうと。
そしてあわよくば仲良くなろう。
一時の遊び相手にはなってくれるだろう。と。
そしてまんまとその作戦は成功した。
両親が気づいたのは、他人の家族が張ったテントに
私が入り込んで大富豪をしているのを見つけた時だ。
2泊3日したキャンプ場ではずっとその兄弟と遊んでいた。
撤収する日がやけに寂しかったのを今でも覚えている。

両親は度々その話を持ち出し、
「あんたは目を離すとすぐ知らない子を連れてきていた」と、
半分呆れているように話す。
私はそれがやけに誇らしかった。
「ああ、なるほど。僕は誰とでも仲良くなれるのか」と。
嫌われるという経験がなかったから、こんな安直な考えをしてしまったのか…。
当時はまだ幼かったので許してもらいたいものだが、
これのせいで苦労を重ねたのは後々話そう。

さて、そんな私が図書館にいるのはなぜか。
ここまで読んでくれたあなたなら察しがつくだろう。
そう、「嫌なこと」があったのだ。
早い話、今の自分が嫌になってしまった。
私は今年で26歳だ。若い年代といっても良いだろう。
そして若者にこの類の悩みはつきものだ。と、思っている。
悩みはそれぞれだろうが、ふとくるこの感覚は共通であると思いたい。

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 「嫌なこと」があった日…。その日も雨が降っていた。
仕事が終わり、社用車で自宅へ向かっていた所に1件の着信が鳴った。
運転中ということもありその時は応答できなかったので、自宅で確認することにした。しかし着信が一向に鳴り止まない。
こういう時は決まって良くない内容か、友人の暇潰しだと分かっている。
私は無視し続けた。
会社から自宅までは車で30分程かかる。その間も携帯が鳴り止まず、仕方なく安全な路肩に止めて出ることにした。
着信画面を見ると、10件以上も友人からの履歴が並んでいた。
流石に心配になって折り返したが、出ない。
あれだけ鳴っていた携帯が不気味なまでに静かになった。
人間不思議なもので、途端に放置されると罪悪感が湧いてくる。
そして最悪のケースをあれこれ想像してしまう。
私は何度も掛け直した。…出ない。
掛け直している最中、一つの可能性がふと頭に浮かんだ。
なるほど、他の誰かに掛けていているのか。と。
それなら納得できる。
その場で深呼吸をして、また帰路に着いた。

 突然だが私は、人には第六感的なものが備わっていると本気で信じている。本当に突然で申し訳ない。
だがこれはスピリチュアル的な話がしたくて貴方に語りかけている訳ではない。そこだけは前もって伝えておく。
なぜ私がそう思ったかだが、これまでの経験と直感だ。
バカにされるのは慣れている。笑ってくれて構わない。
自分でも可笑しな事を言っている自覚はある。でも私は本気だ。
貴方にもこんな経験がないだろうか。
朝起きたら「あれ、今日なんか調子悪いかもな」とか、
ふと大事にしていた物が壊れてしまって、
「今日はついてないなー」とか。
或いは黒猫が前を横切ったとか、カラスがこっち見て鳴いていたとか。
私のそれはまさにそんな感じで、ある匂いを感じると、
「…今日何か起きるような気がする」と思うのだ。
その匂いとは、「焼き魚の匂い」を感じた時。
正確には「秋刀魚や鯖の塩焼き」の匂いだ。
本当にこんな事友人の口から出たら、私でも馬鹿にする。
でもこの感覚、私自身はバカにできないくらい的中している。
たまたまかもしれない。だが事実、悪いことが起きる時や起こる前は、
決まって匂いを何処と無く感じる。
 私はこの感じを「トラブルの匂い」と呼んでいる。
無論、私の中でだけだが。他に話すと馬鹿にされるのを通り越して、
「お前大丈夫か?頭でも打ったのか?」と心配されそうだから。
至って正常だとは思うが、心配されるのは好きではない。

なぜ突然こんな話をしたか?
理由は簡単だ。私はこの時車内だというのにも関わらず、
「トラブルの匂い」を感じたからだ。
友人からの連続する着信。折り返し不在。そして「トラブルの匂い」…。
胸騒ぎの原因を説明するのには充分すぎる内容だった。

<序章 不気味の連続 〜END〜>

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