【えいごコラム(1)】ジェンダーする前置詞
このたび、(株)小鳥遊書房より『快読「ハリー・ポッター」』という本を出版しました。
副題を「ハーマイオニーとロンの結婚をめぐるローリングの“後悔”とは?」としたのですが、その英訳に迷って、カナダ人のキスチャック先生のところへ次のような訳↓↓↓でいいか聞きに行きました。
キスチャック先生によれば、“Marriage with” はやはり不自然なので、“Marriage to” とすべきだろうとのことでした。
できればtoを使いたくなかったのですが、ネイティブ・スピーカーの先生がそう感じるなら仕方ないと思って “Marriage to” に変更しました。
もちろん英語の授業では “marriage to” の形を習います。しかし “marriage with” がないわけではないのです。
『リーダーズ英和辞典』には marriage の項に「結婚(すること),婚姻〈to, with〉」とありますし、OSD (Oxford Sentence Dictionary) には次のような例文が載っています。↓
“marriage to” と “marriage with” の間には意味や使い方の違いがあるのでしょうか。そして前者の方がよく使われるのはなぜなのでしょう。
WordReference.com というサイトで Florentia52 という回答者がこの問題に次のように答えています。
回答者はこのように、“marriage to” の方がずっと一般的であり、“marriage with” の形が見られるのは「ヘンリー8世のキャサリン・オブ・アラゴンとの婚姻」のような歴史的記述の中だけだろうと述べています。
なぜ with ではなく to なのか。
それを探るためには marriage のもとになった marry という動詞について考える必要があるでしょう。
Quoraというサイトで、“married to” と “married with” のどちらが正しいかという質問に対して次のように答えている人がいました。
他の人もこれに賛同して “Sita was married to Ram. / Ram was married with Sita.” という例文を挙げています(Sita が女性名、Ram が男性名です)。
これらの回答者は、男性が結婚する場合は “married with”、女性が結婚する場合は “married to” だと述べています。
これにどの程度根拠があるかはわかりません(ネット上でも意見が分かれています)が、この2つの表現にジェンダーによる使い分けがあると感じている人が現にいるということです。
「結婚している」という状況を “be married”、「結婚する」という行為を “get married” で表しますが、これは他動詞 marry に「(人)を結婚させる」という意味があるからです。
こう考えると女性を主語とする場合とくに “be married to” の形が使われるというのも筋が通っています。
toは「到達点」を示す前置詞です。“Sita was married to Ram.” は、Sita という女性が(おそらく父親によって)Ram という男性の家に「嫁がされた」ことを意味しているのです。
“marriage with” より “marriage to” の方が多く使われるのも、(とくに女性にとって)結婚は人ではなく家を対象とするものであり、婚家に「到達」することで婚姻は完了する、というイメージがあるからでしょう。
だから私は “Hermione’s Marriage to …” と書きたくなかったのです。
え? “Hermione and Ron’s Marriage” とすればいいじゃないかって?
キスチャック先生もそうおっしゃったんですが、作者ローリングがこだわってるのはやはり「ハーマイオニーの」結婚なんですよねぇ…。
(N. Hishida)
【引用文献】
“marriage with or to,” WordReference.com Language Forums:
https://forum.wordreference.com/threads/marriage-with-or-to.2689739/“Which is correct, ‘married to’ or ‘married with’?” Quora:
https://www.quora.com/Which-is-correct-married-to-or-married-with