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狂気の人種差別主義者

このホステルに人種差別主義者が泊まっているから気をつけてね。
あなたはアジア人だから…
出入り禁止にしようか考えているんだけど…

このホステルに来た時にまず最初に注意喚起されたことだ。その人種差別主義者の彼は私がここに来る前日、自分はトランプ支持者で、いかにアメリカが偉大な国かの演説を行っていたらしい。ホステルのみんなによると、彼は人種差別思考が酷くて怒りっぽく、言動が奇妙で少し気持ち悪かったらしい。

人種差別者がいることに驚きはなかった。バックパッカー社会には少ないけれども、周りには意外とたくさんいるものだ。しかし、彼がトランプ主義者であることを全く隠していなかったことには驚いた。左派が過激になってメディアを席巻している今、「隠れトランプ支持者」という言葉が生まれるほどに右派の形見は狭いものになっている。そのような状況の中、特にリベラルなバックパッカー社会でトランプ支持を公表していることの方に私は驚いた。

ある男性との出会い

「君、日本人なの?僕、日本の文化大好きなんだ。ちょっと色々話さない?」

私と同世代であろうある男の人が、ある夜ホステルの共同エリアで話しかけてきた。バックパッカー社会という欧米優勢社会で暮らしていると、日本人というのは珍しい人種なので、レアポケモンをゲットするかのように私と話したがる人がたくさんいるものだ。ありがたいと言えばありがたいのだけれども、私を「私」として見ているのではなく、「一日本人」として見ているような人が多くて、全く愛国主義者でない私の日本の話にがっかりされるということがたくさんあったので、日本の話を聞きたいと言う人との話はあまり気が乗らないというのが本音だ。

しかし彼は、私にあまり悪い印象を与えなかった。私の「日本人」という属性に近づいてくる人は皆、ミーハー視点で私と話したがるが、彼は本当に日本が好きなようで、日本文化と歴史に造詣が深かった。

加速する内容

彼の日本に対する熱量が凄まじかったので、その夜の私たちの会話は基本的に、彼が私に日本に対する質問をして私がそれに答えるという構図だった。彼は日本に興味があるのは知っているけど、流石に私サイドのことばかり話しているのは申し訳なくなったので、彼にも質問をしてみた。
「ねえ、あなたのことももう少し教えてよ。あなたの名前は?どこ出身なの?」
「僕?僕の名前はIvanだよ。でも自分の名前が嫌いだから変えた。今はIanだよ。
「もし支障がなかったら、なんで自分の名前が嫌いなのか教えて?」
その瞬間、彼の目から一気に情熱が消えて、悲しげな憂いが浮かび上がってきた。そしてこの質問を皮切りに、今までとは人が変わったかのように、細々とした声で話すようになった。

「Ivanって名前は、典型的なスペイン系の名前だから。スペインに住んでいた頃の過去を思い出しちゃうんだよ。」
「そうなの?私あなたのアクセントから勝手にアメリカ人だと思ってた。スペイン出身だったんだね。」
「本当?僕の英語、そんなにアメリカ人ぽい!?」
彼は急にまたあの情熱を取り戻したかのような輝く目で話しかけてきた。私は、その勢いに少し引いてしまった。
「うん。完璧なるアメリカ英語じゃない?」
「やっっっっったーーー!すごい嬉しい!」
「そんなに喜ぶこと!?まあ嬉しいならいいけど…本音だから…」
「うん。アメリカは僕を変えてくれた土地なんだ。だから、そこの土地の人だと思ってもらえるのは、すごい嬉しいんだ。」
「変えてくれた?どういうこと?」
ここでまた彼の目が変わった。今度は情熱でも憂いでもない憎悪に溢れた目つきになり、私のこの質問を待っていましたというように勢いよく話し始めた。その様子は常軌を逸したようで、たくさんの狂人と出会ってきた私も少しだけ恐怖を覚えた。

「僕はスペインで生まれたんだ。でも両親には全く愛されなかった。両親はいたけど僕を育てなかったんだ。僕はおじいちゃんとおばあちゃんに育ててもらったの。まあおじいちゃんもおばあちゃんもすごく厳しかったんだけどね。両親に愛されなかったせいで、自分に自信がなくなって学校でも虐められたんだ。友達も一人もいなかった。学校なんてクソくらえって思ってた。で、僕もなんとか高校生になったんだけど、家にも学校にも居場所がなくってどうしようもなくなって、高校のアメリカ留学プログラムのパンフレットを目にしたんだ。僕その時英語なんて全く喋れなかったの。でもなぜか神様が話しかけてきたような気がして、今の自分の環境を変えるためにもうこんな場所にはいちゃいけないって思ったの。藁にもすがる思いで先生にこのプログラムに参加したいって言ったよ。先生は笑ったね。このいじめられっ子で英語もまともに話せない僕が留学だよ。しかも1年。でも僕はなぜかこれに意地でも参加すべきだと思ってたんだ。だから人生で一番努力して色んな人に掛け合って、なんとか参加させてもらったんだ。」

「僕の人生はそこで変わったよ。アメリカの土地は素晴らしかった。ホストファミリーは僕のことを本当の息子のように愛してくれた。英語が全く話せなかったけど、友達だってたくさんできた。その後1年経って僕はスペインに帰らなくちゃいけなくなったんだ。でもホストファミリーが僕をスペインに帰すのは非情すぎるって言って、僕を本当の養子にしてくれたんだ。その時思ったよ、アメリカはなんて偉大な国なんだって。僕はアメリカが大好きなんだ。」
私はこの時気づいた。彼がみんなが言っていたトランプ支持者だ。彼が「人種差別者」だ。

人種差別

この翌日、彼はホステルから追放された。彼が「人種差別主義者」だかららしい。そうだろうか?彼は確かにトランプ主義者だし、彼が出会って数時間の私にあそこまで重い話をしてくるには少し狂気を感じる。しかし、彼は人種差別主義者ではない。だとしたら、彼はあんなに日本について、日本人について知識はないだろう。私もトランプは全く支持しない。それでもトランプ支持者=人種差別主義者と決めつけるのは無知が甚だしい。

彼はただ、自分の人生を変えてくれたアメリカという国に絶大な信頼をおいているだけだ。彼は人生の辛い部分をスペインと紐付け、それが好転した事実をアメリカと紐付けて考えているのだ。それが偶然かどうかは別として、彼はそんなアメリカに戻ってほしいと願っているのだ。その事情を知らずに人種差別主義者と決めつけてしまうのはいたたまれない。

彼は寂しい人間だ。アメリカに行くまでの16年間、彼は親にも友達にも学校にも拒絶され続けた人生を送ってきた。だからこそ、誰かとの繋がりがほしくて少しでも彼の人生に興味を持った私に、全てを聞いてもらいたかったのだろう。そして彼はこのホステルでもまた、拒絶を食らった。きっとこのホステルで彼の事情を知っていたのは私だけだった。つまり、彼をバックアップできたのは私だけだっただろう。だけれども、私は結局そこで声を上げなかった。私の罪も大きい。

エピローグ

その数日後、私はたまたま道端で彼に会った。彼は元気そうだった。共通の友達に渡して、と紙切れを一枚もらった。

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その友達もこの意味は分からない。やっぱり彼は少し常軌を逸しているのかもしれない。


いただいたサポートは、将来世界一快適なホステル建設に使いたいと思っています。