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散文詩 工場の壊滅について(2004年)

地球上を何千キロメートルにもわたって建設されている工場の中で彼は働いていた。あまりの抑圧に彼は昏倒し、疲労が脳味噌を混濁させる。彼は働いている群集の中で発狂する。

退屈、退屈、命令、服従。
工場は不眠症に罹った滝のようだ。
工場はどろどろの規則のようだ。
工場は錆びたブロンズ色のタイムカードみたいだ。
工場は茶色い機械油の焦げていく臭いだ。
工場は切断されていく神経の手首だ。
交代制で侵入してくる無神経と薄紫に固まっていくセメントの想像だ。
工場はセメント作りのパン生地。
自動生成していく化け物のパン生地。彼は笑う。すると天井からものすごい量の砂利と油が降ってくる。

この場は工員立ち入り禁止だ。この場所は全自動化=狂気によって成立する。粉、砂利、粉、砂利、粉、砂、油まみれの水道。湿った舌の中に絡み付いて体中を倦怠的な銀色に組織していく。充血している目の前でまくし立てられていくよじれた光景、こいつは黄土色だ。誰かが目の前で大笑いしている。そうすれば口腔にはびこってくる苦味に距離をとることができる。油は苦い、油の味は苦い、ガラス瓶の頭痛の中で滝のように沸きあがってくる吐き気の前兆(それは永遠に前兆のままだ)。うねうねと脈打ちながら体中を束縛していくバルブ、ノズル。身動きが取れない。周りでは同じように労働者どもが工場建築の白いパイプに巻き込まれていくのが見える。目の前にいる誰かは大笑いしながら天井を見上げる。轟音と轟音、天上から降ってくる窒息。上空を蜘蛛の巣のように張り巡らせているステンレスパイプから何百匹もの青い器械ザリガニが生きたままぶらさがっている。粘液質の黒い油をその全身に纏わせている。真っ赤な眼球をせわしなく動かしながら、空気の中をうろついている自動鰊やら四足の生えた裁断機やらを捕まえて食べている。ギイギイガシャガシャ喚いている。彼は笑う。

するとその声を聴きとめて滑らかなコンクリートの浮遊イソギンチャクが正面から彼の顔にかぶさってくる。目の前に迫ってくる鉛色の触手。硫黄の臭い、彼の心は窒息したまま遊離していく。焼け付くような硫黄と油の臭いに胃液の匂いが混ざる、混ざる、彼は悲鳴を上げる。悲鳴。助けてくれと彼は感じる。想像力よ彼を助けたまえ、想像力よ彼を救出したまえ、燃えさかる火のように。極彩色の土石流のように。ぎらぎらと耀きながら上昇していく巨大な断崖絶壁みたいに。想像力よ彼を助けろ。
すると奇跡が起きる。彼の反骨心は水晶細工のようにして工場を破壊する。イソギンチャクは顔から剥がれ落ちる。

―今やすべては液状化していく青黴色の鍾乳洞みたいになっている。彼は何が何だか分からずに工場が爆発していくのを眺める。何てこった、爆発による煙がこの巨大な工場の中で立ち込めていく。

次々と赤黒く炎上していく半有機製品のヴェルトコンベアが目の前にあって彼はそれをかろうじて見ることができる。連続的な爆発の中でそのキャタピラは人工ドライバーみたいに白痴的な音を立てながらのろのろと動いている。キャタピラの上には死にかけた蛆虫どもがその全力を振り絞ってわなないている、10メートル先でプレス加工される死にかけた蛆虫ども。加工化された蛆虫の挽肉。直感的に彼は悟る。腐乱した臭いを発する蛆虫はついさっき壁の中に吸収されてしまった労働者たちの動脈でできている。

怒りというより衝動的な絶望のあまり彼の想像は工場のエネルギー体制を恐慌化させる。すると蛆虫どもは突然変異したように全身を拡張させる。皮膚を離れた動脈の洪水が世界を坩堝に叩き込む。世界中の工場。巻き添えをくった労働者どもの悲鳴。おまえらただいまどこにいるんだ、呑み込まれた壁の中で喚いているのか。嘆願、嘆願。助けを求める喚き声。ざまあみやがれ―想像力の暴走が発生する。機械化した軟体生物どもをはじめとする工場生物どもの恐慌状態が発生する。最終的に衝動と錯乱と憎しみと行き場を失った怒りによって彼は時空乱数表をかき混ぜる―全てが無軌道によって操縦されていくのを彼は感じる。

破壊しろ、破壊しろ、そして乱数化させろと彼は叫ぶ。地平線の向こうでは自然発生した大氷河が巨大な本棚のように整備されていく。犠牲になった昆虫どもの鳴き声。銀色の洪水礁脈が天空を切り裂いていく。爬虫類の背中みたいな形態で。軟体動物どもがいっせいにもがき苦しみ死んでいく。意味不明なプログラム言語を撒き散らしながらその擬似生命活動を次々に停止化させていく。彼の視線は工場から解放されて反射的に空中に飛び出す。最終的に彼の眼球は肉体から離れて大気圏を突破する。世界中の工場は一瞬にして突き破られる。宇宙からみると地球が銀色の鳥どもの群れになっていっせいにはばたいたみたいに見える。あらゆる色のほうき星が放射線状に閃光している。宇宙は腐った林檎みたいに畸形化していく。すると地球はどろどろになって黒い真空の中にはじけとんでしまう。これで終わりだ―労働者どもは死に絶える。

―剥き出しになった大地の上で彼は眼を覚ます。目の前では炸裂化していく衝撃波の大地震が工場を、この街じゅうを―一瞬のうちに平板化させて天空を巨大化させるのがみえる。サテン色の洪水。次々と天空に向かって急激に上昇していく螺旋状の密林たち。乳白色に燃焼していく工場の廃墟で洪水が氾濫をおこしている。濁流。つぎからつぎへと迫り来る轟音の雨、轟音という雨。轟音の直撃。

ちいさく微類な器械の雨が―そいつら全てが、粉砕された螺旋と鉄条とまだ動いているモーターとボイラーとバールになって光速で全体に落雷していく。真っ黒なタールの雨。地球は46億年ほど若返りして喜んでいる。こいつは粉砕的だ、こいつは革命的だ。彼は混乱する、彼は惑乱する。死臭が脳髄を瞬間的に蝕んでいくのを感じる。労働者どもは死に絶える。全ての人類は壊滅して彼は再び気絶する。

―色とりどりの血の色に染まった海のしぶき

なめらかに息をふきかえした森

―突然変異していく瞬間の昆虫たちの森林がいっせいに喚き散らす―

―上空―

―喚き散らしながらもいっせいに突然変異していく上空たち―

―鋼色に―

―膿みだされた薄い虹色の泥土に埋もれた時計台―

―冷たく砂糖漬けにされた劇場の建物―

―遠い広場―

―忘れ去られた噴水が黒く濁った水をわかせだしているその中心―

―血に染まった雨水の感触を伝えていく排水溝―

―季節がめぐる・・・・

―その形状の差異を保ちながらも微細に青褪めた排水管が複雑に入り組んだ秋になると、甘いにおいの緑のかけらが、こうしてすっかり廃墟になったアスファルトの道路沿いにゆれ落ちてくるのが見える。あたりではすずしい風がふきわたり、腐った薔薇と紫色のナツメグと発狂した器械脂が混ざったような奇妙なにおいを運んでくるのを彼は感じる。気候が変遷する、植物の内部構造は激変する、今まで見たこともないような新種の哺乳類がその道を横切って、廃墟の中に消えていくのが彼には見える。そうして夕暮れの頃には―鈍い耀きをつたえる雲の上に滲みこんだまま鎔けていく山麓で、あたらしく進化した知的生物の、薄く緋色に染まった浮遊都市の幾何学的な輪郭がその姿を明らかにさせている。

地球上を何千キロメートルにもわたって建設されている工場の中で彼は働いている。あまりの抑圧に彼は昏倒し、疲労が脳味噌を混濁させる。そういうわけで、以上の理由で彼はたびたび気絶する。

(2004年)


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