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伊藤佑輔作品集2002~2018

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2002年から2018年にかけて書いた詩や小説やエッセーなどをまとめたものです。 ↓が序文です。参考にどうぞ。https://note.mu/keysanote/n/ne3560…
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#詩

詩 A Shadow Of The Reverie(2002年)

それは僕に憑り付いていた 不可解な夢を見せながら すべてが奇妙だ それが僕の中にあるときはいつも 僕はひどく乱されていた 冷たさを保とうとしながら 僕はそれに言った それのために歌った これは僕の期待していたことなのか こうなる事が決まっていたのか   忘れられた記憶を忘れるために 認識作業を組み換えている ある日僕はそれと出会った 僕は動機付けされた機械に過ぎなかった 不都合な体験を隔離するために 僕は自分の欲望を愛していた 戸惑うことを知りながら 僕はそれに言った いる

詩 夢(2002年)

時に養われたまま生きている  期待でできた 夢の臓腑が きみの伴侶になった 昨日の果てで これから先へも 崩れ落ちていく昨日の果てで その半身だけに眩い化粧を施して  それはきみのそばまでやって来た きみのそばまで きみは毎日のように 裏切られたままそれと出会った 気付いたときにはもうそこに降りている 数え切れない約束の中心 眠りから目覚めた場所にある静寂の裏側 強く透き通った陽射しが  夢遊病に取り憑かれた街並を浮き彫りにさせて その奥で次第に引き延ばされていく菫色の黄昏

詩 昨日(2002年)

乾いた冷気が地上の水気を蒸発させて 過ぎ去っていく無数の鏡像が  干上がった大地に亀裂を生みだす いくつもの幻によって追放された舞台俳優が 開けた深みの果てない闇を 往くあてもなしに歩き回っている 左手に残った憎しみを 白い浅瀬に置き去りにして 引き離された上空の 黒い水底に沈んだ左手は 過去の中から激流の音楽を再生させながら 気化された命令のように みるものすべてに拡散して 彼を鉄枷の嵌められた生き物に変えてしまった 昨日は 世界で最も高いところで分解した虹色のなか 水

散文詩 工場の壊滅について(2004年)

地球上を何千キロメートルにもわたって建設されている工場の中で彼は働いていた。あまりの抑圧に彼は昏倒し、疲労が脳味噌を混濁させる。彼は働いている群集の中で発狂する。 退屈、退屈、命令、服従。 工場は不眠症に罹った滝のようだ。 工場はどろどろの規則のようだ。 工場は錆びたブロンズ色のタイムカードみたいだ。 工場は茶色い機械油の焦げていく臭いだ。 工場は切断されていく神経の手首だ。 交代制で侵入してくる無神経と薄紫に固まっていくセメントの想像だ。 工場はセメント作りのパン生地。

詩 雨(2004年)

降っている雨が窓辺をぬらす夜には 人工のひなたで影絵遊びを繰り返している やってくる水の群集は地面を激しく叩きつけている そういう風に雨は地上と会話する お互いに自分たちの歌を歌い上げると そこから新しい音楽が生まれでていく きみにはそれが聴こえないから 一秒ごとに感じ続けていることができる 影の国からの歪んだ幻のアラベスクが 白い空想の表面に刺繍されていく 音のない歌が口をついては飛んでいく どんな色をも反射することができる透明でできた生き物が 複雑に織られた街角の上で曲

詩 境界線で(2004年)

その中心に穴を開けられたまま きみは橋の上にたたずんでいる 欄干に手をかけたままむこうを視ている 音も立てずにゆっくりと その手を少しだけ伸ばすと 雲の上には幾千ものひびがはしる その夜の中には無数の雪が舞っていてこちらを見ている 黒い神経繊維の渦に 深くかたどられた夢のなか 分解された物音の幻が移動する きみのなかにあるたった一つの命令 多分ぼくたちと同じように きみはそれに従い続ける そうすれば白く降っているものと一つになれる もう輪郭に脅かされることもなく 同じ名詞の

詩 口述筆記で(2004年)

口述筆記で空に刻んだ譜面からその眼の中に 一つの対位法をとって 次々に新しい色彩が流れ出ていく 彼女はテーブルの上に頬杖をついて 微笑みながら耳を澄ましている 色褪せた蜃気楼のように何かが浮き上がる それを受け止めているきみの背後で 水とは別のもので満たされた海の残響と一緒に 口にされることのないものが  感覚だけの悲鳴をあげる 型どおりの挨拶をしてぼくたちは別れる 遠くで何かを囁いている声たちの隙間から 過去は淀みなく溢れ出ていく きみを循環しているあらゆる液体と混ざり

詩 時間の硝子(2004年)

夜の老廃物である ひとつの人工世界樹のふもとで  鈍い音を立てて沈みこんでいく青空の下を 遠のいていくきみの背後で 名も知れぬ土地からの  揺れ動く黒い 光沢をもった翼の 尖った空飛ぶ生き物の群れが 次から次へと溶け始めていく 言語地層の丘陵地帯を 啄ばんでいく  マグネシウムの 瞬きでできた 微かにまぶしい火花を散らして それらすべてを映し出す 固体でも流体でもない 交合されるもの 少しずつ違う音色の悲鳴をあげてこの耳まで届く 塊になって 時間の脆い硝子の中で少しずつ

詩 アラベスク(2004年)

世界の体液は 苦すぎるから プラットフォームで 吐きだそうとするだれかの影が 呼吸の隙間に 投げ放たれる 星々よりも上手にさえずることができる銀色が においのない血と胃液に混ざって 歪んだ格子の 色鮮やかなアラベスクをつくりだしていく そこに住んでいるぼくたちすべての夜の下 冷たい空気に囲まれて ためらいがちに 白く遠のいていく静けさをかわす  ぼくたちすべての口をつたって まるで――まるで光に 切り裂かれていく歌の死が生まれる 涙の痕を 乾かしていく風の心地で やってく

散文詩 12月(2004年)

 あまりにも用意に彼は非充足を手に入れる、彼女のおかげで。硬く嵌め込まれている流線型の窓を通して彼女の沈黙が、いくつもの空に似たものを見ているとき、まなざしの軌道をこの手のそばにまで逸らそうとした彼の声が、声のなかの瞳が、白く溶けていく指が、指の中にある爪が、肌理の細かい光の粒になって、彼女の肌を透過していくのを見ていた。それが数え切れないほど壁という壁に反射してこの部屋を満たしていた。彼はただ感じていた。欲望でも愛でもないものを。憐れみでも喜びでも怒りでもなく、本当に眼を逸

詩 (無題)(2004年)

唇のなかに 互いのてのひらに 滲んだままで記される 内側に触れていく 凍りついた夜のためいき 白く、白く かすれていく二つの口 昨日に消えた黄昏の中で その黒髪に光が当たって 新しい薔薇色が生まれる 黄金や紺碧や翡翠の粒がきらめいている 透明な針金で編んだ二人の周りで まばたきのように 呼吸のように 夜明けのなかで見えない跳躍を繰り返しているものを見ていた 地球の表面をめぐるあらゆる潮の満ち引きの つぎつぎに色と形を変えて代謝されていく血流の ありえない、ありえたかもしれな

詩 知らない言葉で(2005年)

透明を 予感している卵の 半透明の白いから 一つの亀裂 自己という事故 良いきみだって 何かが喋っている 古ることを知らない雨の中で 一つを忘れた 目己たちは踊る 繰り返されていく近親相姦 白子の赤い 眼球絨毯の上で 連続性の畸形字が時を指さし 視えないものを数えている 淡い匂いのやわらかい肌理に 血の涙を流す海月たちが沈んでいくのを ずっと高みにある向こう側の窓に手をかけたまま きみは見ていた 消えたものが棲む子宮を孕ませたまま 濁ったものを澄まわせた耳 ほとんど蒸留さ

詩 みっちゃん(2006年)

そういえばみっちゃんは よく化学の授業中に消しゴムを食べるあたしの事を 注意してくれたのだと彼女は思う なんて素敵をするんだと 男の子たちは 何でもかんでも感心するので 棚の上に置いてある ちいさな縫いぐるみを見るように かわいく思ったり 畳の上を這いずり回る下心を見つけ出して 毛虫のように 踏み潰してやりたく思ったりした そのあと 真っ赤に真っ赤にすり減らされて 黒とか白が せめぎ合うのをやめたあと   何も知らない表面が見えたので これはしまったことをしたと思い そのま

詩 鳳仙花(2006年)

鳳仙花の実がはじけると 足場をなくして裁断された 紙きれ天使の黄金(きん)の翼は 蝶の目覚めの瑞々しさで 薄荷の匂いを薫らせて 夜から脱けでた阿佐ヶ谷通りを さんさんさんさん行き交って ペンキの剥がれた鉄のベンチで どこかを見ている 小柄な少女の瞳の奥で 可憐な頸をやさしく包み 風に揺られるマフラーで 白地に黒に瑠璃色の タータンチェックの調べを唄う (2006年)