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【連載小説】堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第三章 苦痛の葬送曲(レクイエム)
546.フューチャー(挿絵あり)

はじめての方はコチラ→ ◆あらすじ◆目次◆

 いつも通りのツナギにスニーカー姿の(山を舐めてる)コユキが後ろを歩く運ちゃんに声を掛ける。

「ああ、そう言えば目的地を見つけてもコーチマンは中までは入れないと思うんだけどね、少し近くで待っててくれる? 自分の半生でも振り返って物思いにでもふけって居てくれれば良いわよん」

 タクシー会社の制服だろうか、ジャケットにスラックス、黒い革靴を履いた(山を舐めてる)運ちゃんが気楽な感じで答える。

「半生ですか…… そうですね、たまには振り返ってみるのも大事かもしれませんね…… アドヴァイス通り思いを馳せてみますね、ふふふ」

「?」

 歩きながら善悪とオルクスの指示を存在の絆経由で受け取っていたコユキは、いつしか登山道を外れ、笹の群生する野を進み始めたが、後ろを歩く運ちゃんはこれっぽっちも躊躇の声や素振を見せる事無く淡々と付いて来るのであった。

 そんな風にして辿り着いたのは、避難小屋と第一キャンプ場から西に二百メートルほど入った、笹森の中の一角であった。

 手つかずで枯れているとは言えコユキの背丈ほどもある笹薮を押し開いて出た、開けた場所には一人コール〇ンのアウトドアチェアに腰掛けて、足を組んだ如何にもな登山者風の男性がカップを持ってこちらに微笑んでいる姿があった。

「やあ来たね、待っていたよ、苦労を掛けてしまって申し訳ないね、適当に掛けてくれ、コーヒーで良いよね? 砂糖やフレッシュは? どうする?」

 不意に話し掛けられたコユキは、少し驚きながらも頑張って返すのであった。

「あ、じゃ、じゃあお砂糖七つでお願いします」

「七つだね、そっちの彼は?」

 運ちゃんは淡々と返した、むしろコユキより落ち着いているかに見える、何故だ?

「おや私も頂けるのですか? でしたらブラックで、恐れ入ります」

「なんの、君も掛けてくれよ」 

 山男風の男性はチェアと同じくコー〇マンの焚火台の上にセットされた五徳からケトルを持ち上げ、奥に張られたテント脇のテーブルでインスタントコーヒーを淹れ始めた。

 因みにテントもテーブルもテーブル下のウォータージャグからリュック迄コ〇ルマンである。

 何やら強いこだわりが感じられた。

 コユキは男の手際よい動作を見ながら思っていた。

――――日本なんだから国産品を使えばいいのに…… キャプテ〇スタッグなら日本の気候にもばっちりだと言うのに、嘆かわしいわ…… 舶来をお洒落だとか思ってる薄っぺらい神様なのかしら? よしっ、直接聞いてみよう!

 そう心に決めた時、コユキと運ちゃんの前にカップを置いた山男は笑顔で告げるのだった。

「どうぞ、熱いから気を付けてね」

「あの、なんでコー〇マンなんですか? 国産メーカーは嫌とかそーいうー、奴なの? フューチャー様なのよね、天ぷらの神様なの、あんた?」

 コユキの言葉にキョトンとした顔のままで周囲を見渡した後、大仰に頷いた男は返事をするのであった。

「ああ、この装備一式の事だね! 私は別段拘りとか無いんだけどね、元々の持ち主はきっと譲れない何かをこのブランドに対して持っていたんだろうね、私は只譲り受けただけだから!」

 なるほど、貰い物だったのか、危うく、外車なら何でもいい、とか、外国製は良い物だから高い、だとか関税の存在にすら思い至らない馬鹿だと勘違いしかけたコユキは、自分のオッチョコチョイさを反省するのであった。

 フューチャー神らしき男は続けて言う。

「この服装にも何やらお洒落さとか感じるだろう? 合理的さとか機能性なんかより格好良さとかに傾倒気味だったんじゃないかな? それも有ってあんな安全そうな場所で滑落死していたとも推測できるな? まあ、奇跡的な事だろうね、本人はメチャクチャだったのに装備もリュックも無傷だったんだから」

 ゾクッゥ!

 コユキは軽く戦慄していた。

 どうやらこの西の神様フューチャーは、山で滑落した故人のキャンプ用品や衣類を剥ぎ取って利用している様だ。

 今も目の前で自分に対してゆったりとした笑顔を向けている、どことなく若き日のブルーススプリングスティーンに似ていなくもない男神に、狂気を感じてしまい誤魔化すようにカップに口をつけるコユキだった。

「っ、苦い……」

「うん、こっちはとても甘いですね、私には無理そうです」

「あ、ごめんごめん間違えちゃったか、すまないね、それでコーヒー終わりだったんだ、申し訳ない」

 言葉の割に少しも悪いと思っていなさそうなフューチャーに対してコユキはベンチから立ち上がりながら告げた。

「まあ、一服しに来た訳じゃ無いんだし別に良いわよ、んじゃ早速山を降りて幸福寺に戻りましょうよ、ここの装備は? 持ってくの?」

 フューチャーは首を左右に振って脇をすくめ軽い口調で答えた。

「いいや、もう暫くして春になればハイカーや登山者が見つけて彼と共に供養してくれるだろうし、このままここに置いて行くとしよう、その方が彼も喜ぶんじゃないかな?」

 言いながらコユキの足元を指さすフューチャー神。

 今までベンチだと思って座っていた場所に目を凝らしたコユキは大声で叫ぶのである。

「こ、これっ、遭難した方の遺骸じゃないのよぉっ! コユキショックっ! ショックよおぉっ!」

「本当ですね、遺骸とは意外でした」

 何故か冷静極まりない運ちゃんの声に、フューチャーは当然とばかりに言う。

「流石はお坊さんだね、死体には慣れてるみたいだね? 君が善悪君なんだろう? 二人揃って来てくれるとは思わなかったよ、手を掛けるね」

 コユキは素早く滑落事故の被害者から距離を取り、今更では有ったが手を合わせて拝み、そうしながらフューチャーに答えた。

「善悪じゃないわよ、この人はタクシーのコーチマンよ、馬鹿ね! 冬季封鎖を破ってここまで連れて来てくれた凄腕の運び屋さんなのよ、分かった?」

「え、そうなの? それにしては……」

「その通り、私は運転手ですよフューチャーさんとやら…… どこにでもいる仕事に忠実なだけの男です」

「むぅ、そうなの、か?」

 運ちゃんを善悪だと思い込んでしまった事が恥ずかしかったのか、はたまた他人の主張を聞けない馬鹿だったのかは定かでは無かったが、取り敢えず納得する事にしたらしいフューチャーであった。

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拙作をお読みいただきありがとうございました!

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