【連載小説】堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~
第二章 暴虐の狂詩曲(ラプソディー)
459.ヒエログリフ
幅の広い薄暗い廊下は全体的に暗く、時折灯されている松明の炎も、薄い黄緑のぼうっとした光を不気味に放ち、まるで毒素でも拡散させているかのようであった。
進んで行く『聖女と愉快な仲間たち』の中に怯えや恐怖の顔を浮かべる者など、コユキ一人のみであった。
コユキは善悪から借りたハンカチで口と鼻をしっかり押さえながら言う。
「不気味ねぇ、見て御覧なさいよぉあの炎の色、まるで塩化バリウムの炎色反応だわぁ、有毒よ有毒! あんたら良く普通に歩いていられるわね、馬鹿なの、ねえ馬鹿なの?」
「うるさいでござるな、さっきから言っているでござろ、念の為にラマシュトゥに『解毒』掛けて貰ってるから大丈夫だってば! んもう、でかい図体してぇ、でござるよ」
言うだけ言って返事は聞いていないのであろうコユキは、左右の壁に交互に掲げられている松明に近付く度に、反対の壁にピッタリと避けて進んで行くのであった。
そんなコユキの無駄な動きは一行から遅れ始めていた。
一人になると周囲の壁や天井、床から正体不明の視線が感じられ、体格と違って神経の細いコユキはビビり捲ってしまったらしく、先程迄煩く言い続けていた毒云々はどこへやら、回避の舞でスススススっと皆に追いついて来るのであった。
合流したコユキの視線の先には大きな黒い扉が見えていた。
アスタロトの恥の城の派手な扉とは対極をなす地味さである。
近付いてよく見てみると黒い扉の表面全体に同じく黒い文字が書いてあるが、周囲との違いは艶が無いだけであり甚だ読み難かった。
「ほう、なんて書いてあるのでござろう?」
「ふむ、どれどれ?」
「ははは、コユキ善悪、読めんよこれは! このヒエログリフ、神聖文字は恐らくヒッタイト文字だろう、我にも意味は分からんし読める者は当のバアル位だろうさ、頑張るだけ無駄だってば、ははは」
笑顔で言ったアスタロトに善悪が答える。
「違うでござるよアスタ、これはヒッタイトじゃなくてルウィ語のヒエログリフの方でござるよ」
「えっ?」
驚くアスタロトに言葉を続けたのはコユキである。
「うん、その通りね、なになに『バアルを害そうとする者よ、其方は害されるだろう』だってさ、何だろうね?」
「うん、そうでござるなぁ、こっちには『バアルを愛する者よ、其方は愛されるだろう』か…… なんでござろ?」
「お前たち、こんなの読めるのか…… 日本の教育レベルってすげぇんだな…… だって失われた文字だぞ、これ! 読める奴いないって触れ込みなんだぞ?」
アスタロトの言葉に首を捻る二人。
「ふむ、そうだね、何で読めるんだろう? 分かる、善悪?」
「なんでって、読めるから読めるとしか…… ん? でもここだけはイミフでござるよ、ほらここの所、読める? コユキ殿」
「あらら、本当だね! これは分かんないわね、丸っこい飾りが付いた棒、杖かな? そこにくるくる巻き付いた縄? かな? 読めないわね」
善悪も大きな目を細めて細部までしっかりと見つめた後言うのであった。
「縄、かな? 上の端が少しだけ膨らんでいるし、先端に点があるのでござるよ…… 蛇とかなんじゃ無いのでござらぬかぁ?」
「その通り、それは恐れ多くも畏くも、偉大なる知恵の神にして我が星にある全ての生命を祝福される神、我が神たるバアル様が敬愛し敬慕してやまぬ御兄上神様、最後の創造神、光り輝く魔神王、ルキフェル様を現す文字でございます」
突然投げ掛けられた声のした方向に目を向けた一行の前には、ビッシとした執事服に身を包んだ涼やかな男型の悪魔が、微笑みを湛えたまま怖じる事なく立っていたのであった。
執事コスの悪魔は扉に向かい丁寧に一礼した後、言葉を続けるのであった。
「つまり、この扉にはこの様に書かれているのです。 『偉大なる神バアル様を害そうとする愚かに過ぎる愚物よ、貴様らは踏み潰されて己の愚を知る事になるであろう、立ち去るが良い、偉大なるバアル様に愛でて欲しいと望む敬虔たる者どもよ、祈りは既に届けられこれ以上うぬ等が得る物は無い、立ち去るが良い、そして、世界であり知性であるルキフェルを害そうとする邪悪の権化よ、扉を開くが良い、バアルによって最も残酷な滅びを神罰として与えてくれん、全ての命の頂点たるルキフェルを愛そうとする妄信に狂う者よ、扉を開くが良い、バアルによってその傲岸に滅びを褒美として与えてくれん』とね…… さあ、どういたします、皆さま? ご選択はご自由にどうぞ……」
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拙作をお読みいただきありがとうございました!
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