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【連載小説】堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第三章 苦痛の葬送曲(レクイエム)
589.兵どもが夢の跡

はじめての方はコチラ→ ◆あらすじ◆目次◆

 諏訪原すわはら城、この全国的には誰も知らないだろう戦国の城、いや正確に言えばとりでの類だろう城址はコユキと善悪にとっては特別な場所であった。

 強かった今川家が織田さんに負けて徳川、武田に切り取り勝手となった激戦の地、駿河遠江するがとおとうみ覇権を掛けた血で血を洗う戦場としてでは無い。

 二人にとっては毎年有無を言わされずに只々歩かされ続ける、デブの天敵、遠足の目的地として、特別なのであった。

 考えても見て欲しい。

 茶糖家も幸福寺もこの城址の周囲に位置しているのだ。

 一旦平地の小学校まで降りて行ったあとで、

『さあ、今日は楽しい山登りですよぉ! 頑張って登ってちゃんと帰って来ましょうねぇ! いいですか? 学校に帰って来るまでが遠足ですよ? では、出発ぅ!』

コ『ブブゥ』

ゼ『チッィイ!』

とか何とか言われて家の直近の土塁どるい跡を見た後、又もや実家を横目に里まで降りて、点呼の後、再び山を登って家に帰り着くのだ。 

 二人とも本日二度目の自宅に辿り着いて何を思えば良いのだろう……

 教育関連の識者の皆さんには是非、現地解散の可能性を検討して欲しい、大体そんな所だろう。

 そんな感じで子供の頃のみ地、諏訪原城址に一体善悪は何をしに行ったのやら? やれやれ…… そんな気持ちでコユキは歩いて行くのであった。

 のんびりとテクってもご近所である、程なく城跡に着いたコユキは大手曲輪おおてくるわから二の曲輪にのくるわ大手馬出おおてうまだし経由で外堀を越え二の曲輪に立って周囲を見回した。

 目を凝らしてみると本曲輪ほんくるわの中にポツンと立ち尽くしている善悪の姿が見えた。

 どこか所在なく見えたコユキは急いで近付く事に決めたのである。

 この諏訪原城は二の曲輪から本曲輪に至る場合、一本きりの橋を渡る事が唯一の道であった。

 結構遠回りである。

 そりゃそうだ、簡単に内部に侵入出来る城とか物の役に立たない事は明白である。

 コユキは昨夏さっか、オリンピックで目にした器械体操のレジェンドがやる様に伸ばした両掌りょうてのひらを上下に重ねて目測を始めた。

「よしっ!」

 一体何が分かるのかは皆目見当がつかなかったが、どうやら良いらしい。

 次の瞬間、全身の肉を揺らしたコユキは中天に舞い上がったのである。

 そのまま結構な速度で内堀や土塁を飛び越えると、微妙な肉操作を加えて立ち尽くす善悪の目の前へと見事な着地を成功させたのである。

「うわあぁっ! て、何だコユキ殿でござったか、ビックリしたでござる」

「ねえ善悪、引っ張り出してくんない?」

 肩辺りまで本曲輪の中に埋まったコユキは身動き出来無い様だ。

 仕方なく引き上げた善悪は驚いた声を上げる。

「何でござる! パジャマで歩いて来たのでござるか? はぁ、良い歳してぇ、でござるよ、土まみれになっちゃってるじゃん、全くもうっ!」

「戻ったらバアルちゃんに奇麗にして貰うわよ、何しろまだ顔も洗って無いんだからね、アンタこそどうしたのよ、妙にセンチな感じに見えたわよ? なに、ビビっちゃったの?」

 善悪は表情を厳しい物に変えたが、そのまま首を左右に振ってから答える。

「いいや、最善を尽くす! その気持ちに変わりは無いのでござるよ…… 只ね、何となくなんだけどさ、最近ルキフェルの記憶がやけにはっきりして来てる、そう思ってね…… 逆に自分が子供の頃の記憶が何か他人事みたいに感じるような? ねえ、そう言う感じ無いでござるか、コユキ殿」

「あるわよ、ってか前からカギ棒でプスッとやると何か思い出すとかあったじゃない? 最近は滅多にプスらないのに色々思い出しちゃってるからさ、まあ、有って困る記憶じゃ無いし別に良いかなって思っていたのよ」

 善悪は納得顔で頷いた。

「ああ、そりゃそうでござるな…… いつも思い出す切欠きっかけってコユキ殿のプスリであった…… 困る物じゃないか…… 昔さ、ここって遠足で来たじゃん? いつも思っていたのでござるよ、このまま帰りたいなってね」

 コユキも深く頷いて同意だ。

「アタシも同じだったわ…… いつもお弁当だけじゃ足りなくてね…… 家に戻って何か食べたいって思ったものよ、ふっ」

 自分は面倒なだけで別に空腹が理由では無かったが、善悪は流す事にして話を続けた。

「それでここに来てみたのでござるが、やっぱり何か変な気がするのでござるよ、上手く表現できないのでござるが…… 強いて言うならば、『嫌だったな』じゃなくて『嫌がっていたな』って言うのかな? 『帰りたかった』が『帰りたがっていた』とかかな、ねえ、分かる?」

「言われてみれば確かにそんな気もするわね、さっきのアタシの発言も、『何か食べたいって思った』よりも『何か食べたいって思っていた』って方がしっくりくる感じだわ、ううん、正確には『何でもいいから腹がはち切れる程食べたいって思っていたよな』かしら、やや客観的だわね?」

「でそ? 気になって早く起きちゃってさ、それで嫌な思い出の詰まった諏訪原城に来てみたのでござるよ、本当は二度と来ることは無いっ! って心に誓っていたのに、でござる」

 そこまでなのか? 周囲が想像するより嫌な思い出だったらしいな。

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拙作をお読みいただきありがとうございました!

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