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【連載小説】堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第三章 苦痛の葬送曲(レクイエム)
588.ありふれた光景

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 翌朝である。

 昨日は結局誰一人言葉を発しないままに話し合いの場はお開きとなった。

 僅かにオールスターズのメンバーが遠慮がちにコユキに握手を求めた位が起こった出来事の全てである。

 マーガレッタ様とか姫様とか、殿下光栄ですっ、だとか何とか騒いでいたが、それもこれもあの人達の知性が絶対的に足りていないせいだろう、そう思い込む事にしたコユキの目覚めは慮外に爽やかな物だったのである。

 ザッサクッ! ザッサクッ! ザッサクッ!

 裏庭の広い畑から聞こえてくるリズム感のある耕作音は、祖母トシ子のくわによる物であろう。

「よいしょぉ! おお、採れたぞっ! トシ子ぉこれ見てくれよ? え? 駄目なの? マジで? う、うん、ごめんな…… シュンっ……」

 時折聞こえる素っ頓狂な声はアスタロトの失敗を恥じる声だろう。

 相変わらず農業には向いていないんだろうな、そんな風に思ったコユキは苦い笑みを浮かべた。

 中庭では男性陣がジャンケンをしている様だ。

 それはそうだろう、これぐらいの時間には女性陣は本日の食事のメニューを何にするかの攻防戦を激しく競い合い戦っている時間に違いない。

 男どもは少しでも楽をしたい一心で、ジャンケンも討論もまるで命懸けの様相で喧々諤々けんけんがくがくやり合う時間なのである。

 誰がトイレ掃除で誰がお風呂掃除、はたまた庭掃除遊びなのか?

 そんな事に必死に向き合っているのだろう。

 いつも通りのいつもの目覚めの音。

 そんな、何一つ、変哲の無い朝を迎えたコユキなのである。

「ふわあぁーあぁ、全くぅ、賑やかだわねぇ相変わらずぅー、目が覚めちゃったわよぉ! あーあー、んじゃ仕方ない、起きるとするかなぁー、ふぁあぁー、ネムネムゥー」

 パジャマのままで顔を洗う為に洗面所に入ったコユキを出迎えたのは、三面ある鏡の前に陣取れたルクスリアとアヴァリティア、アルテミスの三人と、手鏡で一所懸命に顔を作っていた、グローリア、インヴィディア、ちょっと微妙な感じのカルラである、顔は良いのだ顔は……

「あ、おはよー、姉様ぁ」

 洗面所の奥で一所懸命に歯をガシガシ磨いていたバアルが泡だらけの口をニッカッ! と広げて言った。

「うん、おはよう皆! ほらほら、バアルちゃんっ! ぶくぶくしてからだよ! ブクブクっ! 奇麗奇麗しなくちゃねっ!」

「はーい」

 いつもとなんら変わらない朝の風景である。

 しかし、コユキにはこの一見何ら変わらない朝の日常が、やけに脳裏に焼き付いて離れなかったのであった。

 洗面所が混んでいた事で、洗顔を後回しにしたコユキは廊下を進みながら僅かな動悸に襲われていた。

 どこか落ち着かない様な…… これが最後だと言わんばかりの心に生じた喧噪けんそうを押し込めながら、目ヤニを付けたままで台所に辿り着いたコユキは、中で働いているメンバーに声を掛けるのであった。

「おはよー皆、今日もありがとうね♪」

 グラとイラが今日のお味噌汁の具の準備だろうか?

 イラがじゃがいもをグラは涙目になりながら玉ねぎを刻み、こちらを見て返した。

「コユキ様、おはようございます!」

「ゴユギィ、オバヨウダボォっ! シックシック」

 本日のメニュー権を持っているのであろう、可愛らしいポニョッとしたリヴィアタンがコユキの方をチラッと見てから二人に言った。

「コユキ様おはようございます、ほらイラはシャケを焼く作業に移って、グラはお味噌汁に具材を投入よ!」

「へいへい」

「シック、ワガッタドォ」

 横合いからアセディアが普段と変わらない風情で言う。

「おはようございますコユキ様、今日はお早いお目覚めですね! お飲み物に致しますか? それとも、作り置きのアンコをお食べになりますか? どう致しますか?」

 コユキはいつも通り何も変わらない風景に満足そうに頷いてから言うのであった。

「ありがとね、皆! 今は何もいらないわ、まだ顔も洗っていないのよ…… ちょっとお寺の周りでも歩いて来るわね! 善悪は? まだ寝てんのかな、アイツったら」

 アセディアが答える。

「いいえ、今日はヤケに早くお起きになられまして、諏訪原すわはら城を見ると仰りまして歩いて行かれました……」

 コユキは普通である。

「へぇー? 諏訪原城址すわはらじょうしに善悪がねぇー、んじゃアタシも久々に行ってみるかな、ありがとうね」

「はい、お気を付けて」

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拙作をお読みいただきありがとうございました!

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