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高潮[短散文]

最後に純粋なまま心が震えたのは、
もういつのことだろうか。
声は縮み上がり、胸は鳴り止まず、
それでも想いを伝えられたあの時は、もう来ない。
身体だけが大人になり、心は瘡蓋だらけ。
傷みにも優しさにも鈍くなってしまった。
きらめく街と人々から目をそらし、一人で何を焦るのか急ぎ足。
強がりと言えばそれまでだが、これは抵抗だ。
もう二人で歩む人生はないという事実から、悟られないように、
できる限り静かに、早く、遠ざかりたいのだ。

「名前は?」
今まで通り、本を読んでいた。休み時間に席を立つことも、誰かと楽しくおしゃべりすることもなかった。しかし、あの日は違った。
「瀬戸……」
名前を聞いてきた人は、僕の斜め前に座る佐々木さんだった。
「知ってるよ」
じゃあなんで聞いたんだろう、変な人だ。
「キミって変わってるよね」
心臓が少し跳ねる。顔に出ていたのか。

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