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人にやさしい政策

引っ越し、納税、年金、補助金の申請、
まちづくりの方針、ダイバーシティやサステナビリティに関する政策。

行政手続きをする時や政策と接点を持った時、一度はこんなことを思ったことがあるかもしれません。

どうしてこんなに分かりにくいのだろう…。
もっと国民の声を聞いたら良くなりそうなのに…。
もうちょっと自分の悩みに寄り添ってもらいたい…。

すべての政策は、省庁が社会にある課題を解決したいと考えたり、より良い未来を創りたいという想いを持って、公正・公平に考え、仕組みを設計し、日々改善を重ねながら実施されています。しかし、使い勝手が悪いままになっていたり、分かりづらくなっていたりすることもあります。

企業の担当者や国民一人ひとりが何に困り、どんな悩みを抱えているのか。それを深く理解して、一緒に解決方法を考えていく、という共創による政策づくりは、どうしたら可能になるのか。官僚組織の中で働く省庁の公務員が、政策づくりに対してもっと前向きにトライアンドエラーできるようにするにはどうしたらいいのか。

KESIKIが今回考えるのは、
「どうしたら、人に寄り添うやさしい政策をつくることができるだろう?」
という問いです。

この2年間、KESIKIは、日本の行政にデザインアプローチを取り入れる国家公務員のプロジェクト「JAPAN+D(ジャパンプラスディー)」と一緒に、政策のあり方について考えてきました。

伴走する中で見えてきたことは、政策の使い手・受け手(ユーザー)に寄り添う手法として政策立案にもデザインアプローチが有効であるということ、そしてもう一つが、デザインアプローチによって政策のつくり手(公務員)自身が日本の未来を想像し、政策づくりに情熱をもって取り組むことの大切さでした。


日本の政策づくりの現在地

高度経済成長期から現在に至るまで、日本の省庁などでは「いかに多くの人に安定して政策を届けていくか」「国民全体に均質に政策を行き渡らせるためにはどうすればいいか」といった視点や発想から政策づくりが進められてきました。

しかし近年、社会はより複雑になり、ニーズも多様化しています。それに伴い、人によって、政策に使いづらさや分かりづらさが生じてしまっていたり、多様なニーズに応えきれていないこともあります。

公務員の中でも、そういったズレに疑問を感じている人たちがいました。

「これは誰のための政策なのだろうか?」
「本当にこの政策は根本的な課題を解決できているだろうか?」
「政策だけでなく、その裏側に込めた想いまで届けられているだろうか?」

そうした課題意識を持った公務員の方たちが会話する中で、これまでの「できるだけ多くの人に届ける」という思想に基づいた政策のつくり方だけではなく、他のアプローチを模索してみてもいいのではないか、というムーブメントが徐々に生まれてきました。

その中で注目が集まったのが「デザイン」の手法。人の潜在的なニーズに向き合い、形を作りながら検証していく。そのアプローチが、政策づくりのプロセスのヒントになりそうだと、経済産業省を初めとした有志メンバーが中心となって、2021年に「JAPAN+D」という有志プロジェクトが生まれました。

“+ D ” =「日本の政策にデザインをプラスする」。

これまで積み上げてきた方法や実績を受け継ぎながらも、他の選択肢として新しい時代に対応する政策づくりを考えようという取り組みです。


日本の「政策×デザイン」を考える

そんなJAPAN+Dの志ある公務員の方々からKESIKIへ相談があり、一緒に「政策×デザイン」を具体化していくプロジェクトがスタートしました。

2021年度は、まずJAPAN+Dの活動目標やミッション・ビジョン・バリューを考え、目指す方向性を定めました。「政策づくり」「組織づくり」「仲間づくり」という3つ領域でのアクションプランを立案しました。


JAPAN+Dのミッションと行動指針

また、「政策×デザイン」というアプローチがまだ一般的ではない日本において、どうやってそれを浸透させるかを考えるため、海外の先行事例リサーチも実施。たとえば、デンマーク・イギリス・スウェーデン・チリ・シンガポール・台湾の6カ国・地域を対象に、実際に政策づくりの現場にデザインアプローチを導入した取り組みについて調査しました。そこから考察し、日本にデザインアプローチを浸透させる道すじを議論してレポートにまとめました。

政策デザインの海外事例

2022年度には、セカンドフェーズとして、さらに3つの取り組みを行いました。

まず行ったのは、より具体的に「日本において政策×デザインをどのように実践していくことができるか」という問いについて引き続きリサーチの実施です。とりわけ、前年度に調査した国の中から特に先進的なデンマークとイギリスの事例にフォーカスし、デザインアプローチを政策立案に浸透させていった過程をさらに詳細に分析しました。

2つ目に行ったのは、全国の公務員の方々が現場でデザインアプローチを活用できるようにするための、研修コンテンツをつくること。様々なスペシャリストの方々にゲスト講師としてご協力いただいて、制作デザイン研修コンテンツ「JAPAN+D Schoolを制作し、いつでも誰でも学べるようYouTubeで公開しました。


3つ目に行ったのは、実際に省庁内の政策立案の現場でデザインアプローチを活用した政策づくりをサポートすること。いくつかの省庁での政策づくりで、ワークショップやディスカッションを重ねることで、既存の政策の目的や目指すべき未来を明確にし、またそこに至るためのステップや必要なメッセージを言語化しました。

たとえば、経済産業省・経済社会政策室が担当する政策である「ダイバーシティ推進」について、次なるビジョンや方針策定を支援しました。ジェンダーに限らず真の多様性を実現するための転換期にある中、今後の政策においてどのような方向性を目指し、どう進んでいくべきかという問いについてデザインアプローチを用いて検討を行いました。

最終的にこの案件では、経済社会政策室からのヒアリングを通じて浮かび上がった、同組織の目指す姿・成し遂げたいこと・行動指針・それを実現する具体的な問いなどを、「ダイバーシティ・コンパス」という概念図に落とし込み、政策検討ツールとして利用可能な形に整理しました。

(こちらに関しては、追ってまた詳細レポートを掲載予定です)

これらの具体的な手法や検討過程などについては、2023年3月末に公開したJAPAN+Dの成果報告書『人に寄り添うやさしい政策へ 政策立案におけるデザインアプローチの可能性』にて誰もが参照できるように公開しています。

https://www.meti.go.jp/policy/policy_management/policy_design/Japanese/assets/pdf/japanplusd_20230412_02.pdf


使う人にとってやさしい政策づくり

さて、ここまで2年間のJAPAN+Dとの活動を見てきました。

ここからは、「人にやさしい政策デザイン」とは具体的にどのようなものを指すのか、それを実現するには何が必要なのか、を考察していきたいと思います。

まず考えるべきなのは、政策を利用する人、すなわち国民の視点に寄り添うことです。大多数の人を対象にアンケート調査やデータ収集を行って政策づくりを行うのではなく、政策を使う一人ひとりと直接対話し、その人の困りごとや悩みを深く理解し、それに対する解決策を考えていきます。

このアプローチは、近年の民間企業のサービスデザインの世界においては一般的なものとして普及しています。しかし、日本の政策立案の現場では適切な政策立案を行うために担当者が現場に出向いて数日間のリサーチを行うことは現状ほとんどありません。

この文化を変えるために、JAPAN+DとKESIKIでは今後、人類学者と公務員のチームを組んで政策立案のためのフィールドワークを企画しようとしています。直接現場に行って人々の生の声を聞き、インサイトを得るというもの。この「人にやさしい政策デザイン」の所作は、先述した海外での先進事例において効果が実証されはじめています。

例えば、イギリスで「政策×デザイン」を研究・実践している英国政府の組織「Policy Lab」では、ホームレス対策にデザインアプローチを応用するプロジェクト「Preventing homelessness」を実施しました。この事例では、公園でホームレスの人たちが寝泊まりしてしまう社会問題について、人類学者を中心としたリサーチチームを結成。ホームレスの人たちに対して約2ヶ月間の聞き取り調査を実施し、あるべき政策の姿を探りました。

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その結果、ホームレスになってしまう人たちの共通原因として、「人間関係のネットワークの欠如」が浮かび上がりました。就労して働きたいという意思があっても、社会的に孤立しているとホームレスの状態から抜け出せなくなってしまう。従来のホームレス支援政策では一時的な簡易宿泊所を設けることでホームレスを自立させられると考えていましたが、それに加えて必要であるのは、いつでも誰かと相談できるようなネットワークを再構築すること。この発見があって以降、イギリスのホームレス支援政策は変わりました。

このように現場で人々の生の声を聞き、それを政策立案に活かしていくアプローチは、これまで日本における事例が少ないのが現状です。それゆえに、うまく成功事例が生まれれば、政策づくりのあり方が変わるポテンシャルも大きいと考えています。

“作る人”にもやさしい政策デザイン

JAPAN+Dのプロジェクトを進める中で、「人にやさしい政策デザイン」のもう一つの側面の重要性が見えてきました。それは、政策を“つくる人”である公務員自身の想いです。

「この政策で社会をこんな風に良くしたい」
「どうしたらこれを実現できるだろう」
「自分が使い手だったらこんなサービスだと嬉しい」
と、公務員が自ら課題を見つけ、創造性を発揮し、ワクワクしながら政策を作ること。

社会的なインパクトを生み出す上で、組織の中の人たちがまずクリエイティビティを発揮することは、KESIKIがカルチャーデザインでいつも大切にしていることでもあります。

JAPAN+Dのメンバーは、これを「ワタシからはじめる政策デザイン」という言葉で表現しています。昔から"公務員”というと、機械的に仕事をする人のようなイメージを持たれがちです。実際、簡単には失敗が許されない官僚組織の中で任務を遂行するという責任感から、「自分は何をやりたいのか」「何を目指しているのか」という想いやモチベーションを見失ってしまうこともあります。

だからこそ、「ワタシからはじめる」ことが大切。自分がどのような未来を目指していて、どんなことをやりたかったのか、忘れかけていた想いを確認することで、政策づくりが自分ごと化されていきます。

実際に伴走した省庁内でのワークショップでは、まず初めに一人ひとりの想いを掘り起こし、自分たちの目指す社会の姿を想像するところからスタートします。たとえば、JAPAN+Dがサポートした法務省の「HOUMU MADEプロジェクト」では、これからの法務省がどうあるべきかというビジョンを、ワークショップ形式で議論しました。

使う人に寄り添う政策を作るためには、まず作る人が情熱を持ち、ワクワクすることから。自分の気持ちと向き合えない人に、人の気持ちと向き合うことなんてできませんよね。

ユーザーのことを考えようということに必死になると忘れられがちな側面ですが、この「ワタシ」もユーザーの一人であり、「ワタシからはじめる」という考えがベースにあることが何よりも大切だと考えます。


「人にやさしく寄り添う政策」の実現に向けて

「人にやさしい政策デザイン」は、政策や行政サービスを利用する人に寄り添う政策づくりであり、それと同時に、それを作る公務員自身もワクワクするものであること。そしてそれは、デザインアプローチによって実現できるということ。

ここまでで見えてきた新しい政策デザインの在り方を、JAPAN+Dとともに模索していきたいと考えています。それは、KESIKIの掲げる「やさしさがめぐる経済をデザインする」というパーパスを実現するひとつの要素でもあるからです。

一方で、課題もあります。JAPAN+Dメンバーの活動の多くは、あくまで有志のメンバーが集って、本業の時間外で進めている状況です。また、今のところはJAPAN+Dに興味を持ってアプローチのあった省内・省外を含めた政策担当部署のプロジェクトをサポートするという形で進められています。実際の政策づくりの現場全体の中では、まだまだ草の根的な活動です。

JAPAN+Dとしては、さらに大きな政策立案の場にデザインアプローチの手法を導入していきたいと考えています。また、同時に官公庁の外の人にもワークショップなどを試してもらい、共感を集めて仲間を増やしていく必要があります。

人にやさしい政策をつくるために、デザインの力をどれだけ“本流”に乗せていけるのか。これが今後のチャレンジです。

ご興味のある方(特に行政・政策関係に携わっている公務員の方、企業の方などなど)は、ぜひこの輪にジョインしてください!

JAPAN+Dのサイトとnoteはこちらから!


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