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わたがし。

「ねぇ!」
女の子をデートに誘うなんて人生で初めてだった。経験が少なすぎるせいで、ただ呼ぶだけの声がものすごく大きくなってしまった。
「…なに?」
ほらみたことか。でかい声に反応した君は、すごく怪訝な表情をしている。
「あの…その…」
頑張れ、自分。言うんだ。誘うんだろ、お前の目の前の女の子を。
「僕と…夏祭り一緒に行ってくれない…?」
恐る恐る君の方を見る。
「なんだ、そんなことか。いいよ。特に約束もないし。」
「え?」
「え?ってなに?聞こえなかったの?」
「あ、いや、ま、また連絡するね!」
信じられなかった。君が僕の誘いをOKした。

やった。君と夏祭りに行ける!人生最大の賛辞を自分に送った。


                           ***


当日は近くの神社の前に集合。
時間より少し早めに着いた僕は君を待つ。
緊張で吐きそうだ。何を話せばいいのやら。
「おまたせ!」
水色にはなびらの浴衣姿。この浴衣がこの世で一番似合うのはたぶん君だ。いや、絶対君だ。
「どう…かな?」
少し不安そうな顔で君が僕の方を見てくる。
「…べ、別に、普通にいいんじゃない?」
なにが普通にだ。本当はこんな可愛い君を誘えたことに涙が出そうなのに。そんな君を目に焼き付けようと心に決めた。


                            ***


今日は夏祭りの最終日だ。
たくさんの人で溢れる道と、それを両脇から見守る屋台。君が選んだのはわたがしだった。
「いくつになっても美味しいねぇ」
そう言ってわたがしを口で溶かす君を見つめながら、心の底から「わたがしになりたい」と思った。我ながらきもい。きもすぎる。


「ねぇ」
「ん?なに?」
「お祭り、楽しいね」
「う、うん!そうだね」
君のとなりを歩くということに緊張しすぎて、まともな返事もできない。そんな中でも君から出た楽しいという言葉を耳に焼きつける。脳内再生。


夏祭りが楽しいのであって、決して僕との時間が楽しいというわけではないと分かっていても、その言葉がとても嬉しかった。


                           ***


「ふっふふふーんふふふん、ふふーんふふふーん」
君が口ずさんでいる歌は、少し前にはやったラブソングだ。たしか片思いの男の子が女の子に向けて歌った歌だったような気がする。


少し目があったり、鼻歌が恋愛ソングだったりするだけで、「ひょっとして君も」なんて思ったりするが、きっと深い意味はない。


世の中そんなに上手くは行かない。


                            ***


君はよく笑う子だった。
僕の言うしょうもない一言で、君はけたけたと笑った。弾けるような笑顔が愛おしかった。その笑顔が見れるだけで、僕は心から幸せだと思った。


日が暮れた。辺りは闇に包まれている。
夏祭り最終日。花火の時間だ。
「もうすぐ花火があがるね」
「うん、そうだね」
「どんな花火が好き?」
「僕はね、しだれ柳って花火が好きだよ」
「あ!わかる!弾けたあと垂れるやつでしょ!」
「そう!よくわかったね」
得意げな君を見つめながら僕は心の中で呟く。


花火なんて見てられねぇよ、ってね。


                            ***


「たまやー!」
無邪気に花火を喜ぶ君を見ていると、胸がきゅっと締め付けられた。
かわいい。この子のことが大好きだ。彼女にしたい。彼氏になりたい。この子を公然と守れる立場を手に入れて幸せにしたい。
この胸の痛みはどうやって、君にうつしたらいいんだろうか。君は知らないままなのか。こんなに僕が君を思っていることを。


花火が終わった。
素敵な時間が過ぎるのはあっという間で、一瞬で終わってしまった気分だ。
きれいだったね。どの花火がすごかったね。なんて何気ない会話で間を繋ぐ。
もう君の気を引ける話題なんてとっくに底を着いていた。次は何を話せばいいんだ?経験がなさすぎる僕には難しい話だった。


いや、違う。本当は分かっているんだ。分かっていて目を背けている。横にいるだけじゃ駄目だ。そう思っているなら、残されてる言葉はもう1つしかない。 

好きって言うんだ。言うしかないんだ。
どう見ても柔らかい君の手を、そっと掴んで。
君の目を見て言うんだ。頑張れ、僕。
もう残された時間はあと少しだ。時間がない。
いけ、いくんだ自分―。


                            ***


夏祭りの最後の日。
さっき買ったわたがしを口で溶かす君に僕は言う。
「楽しかったね」
「うん!すごく楽しかった!」
「ねぇ、あのさ、聞いて欲しいことがあるんだ」
「ん?なになに?」
僕は君の目を見つめる。


「僕ね、君のことが―」

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