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君がいた世界に。

今日、僕の最愛の人が亡くなった。
信じられなかった。
受け入れられなかった。
涙も枯れ果てて、頭がぼんやりしている。
君の弾けるような笑顔を見つめながら僕は呟いた。
「似合わねぇよ…」
聞いたことないぐらい掠れた声だった。
鼻の奥がツンとする。
どんな服も似合う君だったけれど、遺影に映る姿だけは全くだった。


「もう!なに泣いてんのー?」
これは全て夢で、起きたらまた隣に寝ている君がそう言って笑ってくれるんじゃないか。
そんなことを考えながらただ時間を過ごした。


                            ***


葬儀が終わると友達が声をかけに来てくれた。
「大丈夫か?」
「あぁ…なんとかな」
気を使ってくれているのが痛いほどわかった。僕は今上手く笑えているのだろうか。
「一緒に…ちょっとずつ受け入れていこうな」
我ながらいい友人をもったものだ。
ありがとう、とだけ言い残して、僕は席を立った。


屋上に出て空気を吸った。
何も変わらない空に苛立ちを覚えた。
風に当たっていると、いつしか君とした会話が思い出された。
「ねぇ、ロミオとジュリエットって知ってる?」
「あぁ、知ってるよ。原作読んだことある。あんまり好きじゃないけどね」
「え!?なんで!?あんなに素敵な愛の物語なのに!」
「僕は作者のシェイクスピアは、理想の愛の形じゃなくて、ロミオの無責任な行動を風刺していると思うんだ。ロミオが後を追うことなんて、ジュリエットも望んでいなかったはずでしょ?」
「ほー、なるほど。理想の愛の形とか言ってるけど、君はそんなことしたらだめだよ?」
「しないよ。無責任とか今言ってんのにできないでしょ?」
「それもそうだねぇ」
そう言って君は笑ってたっけ。


でも今になってすこしロミオの気持ちが分かる気がした。
最愛の人がいない世界に生きる意味はあるのか。
「無責任とか…言ってたのにね」
君に言ったら怒られそうだなと思い、再び溢れ出した涙を拭った。


                            ***


「あぁ、やっと見つけた」
彼女の両親が僕を探していたようだった。
「あ、どうも。ご無沙汰しております。」
2人とも疲れきった顔をしていて、より一層僕に現実を突きつけた。
「君に1つ言っておかなきゃいけないと思ってね。」
お父さんはそう言って僕の目をまっすぐ見つめて言った。
「あの子の後を追うなんて絶対してはだめだよ?」
「えぇ、わかってます。ありがとうございます。」
少しだけ言葉を交わして2人は屋内へと戻って行った。
心の中を見透かされているようでどきっとした。


                            ***


彼女にも、彼女の親にも、みんなに言われた。
彼女の分まで生きろ。
後なんて追うな。
生きてればいいことがある。
そんなの居心地のいい綺麗事だ。
生きる意味のない世界に価値なんてない。
綺麗事にも君がいないこの世界にもさようならを。


                            ***


「ねぇ、もうお昼だよ?早く起きなよー」
「んー、起きなきゃかぁ」
「休みだからっていつまでも寝てちゃだめだよ?ほら、体も訛っちゃうって。」
そう言って僕の体を起こそうと腕を引っ張る君ももう見ることはできない。
何気ない毎日を一緒に過ごしたいなんて思えたのは君が初めてだった。
ありふれた言葉や暮らしでも、一緒なら笑い合えた。


君はすぐ寂しがるもんなぁ。
電話してても、少し席を外しただけで「どこにいるのー!」って叫ぶような子だもんなぁ。
大丈夫だよ。絶対1人になんてさせないからね。
だってずっと一緒って言ったじゃないか。


そう言って僕は少し涼しい風の中、ゆっくりと重力に身を任せた。

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