見出し画像

偏差値教育の弊害?

「偏差値教育」や「競争の教育」には、いくつかの弊害が存在すると考えられます。

この教育方法は、他の人よりも上に行かなければならないというプレッシャーがあります。

なんとか上手くなるために一生懸命頑張ることは良いことです。
しかし、残念ながらこの教育方法が原因で、大人になってから何かに取り組む時に、すぐに結果を求めてしまう癖がついてしまうことがあるのです。

自分がすぐに上手くなることを期待してしまうため、なかなかうまくいかないと自信をなくし、やる気を失ってしまいます。

成長や上達には時間がかかるものです。例えば、一年間何かに取り組んだとしても、最初からすぐに上手くなるわけではありません。でも、結果を急いでしまうため、なかなかうまくいかない自分に落ち込んで、最終的にはやめてしまうこともあるのです。

人によって成長のスピードは違います。例えば、一年前と比べて自分が成長していることに気づくこともあります。でも、自分が求める結果に達していないと感じると、がっかりしてしまうのです。

そうなると、次第にすぐに結果が出そうなものばかり選ぶようになってしまいます。でも問題なのは、それが、自分が「本当にやりたいこと」ではなくても、結果が早く出そうだからという理由で選んでしまうことなのです。そして、「やりたくないこと」をしてしまって、最終的にはやめてしまうこともあるのです。

「本当にやりたいこと」に取り組んでいても、自分の理想に追いついていないと感じると、がっかりしてやめてしまうこともあります。

これらの現象が起こる背景には、子ども時代の「偏差値教育」や「競争の教育」の影響があるのかもしれません。また、日本の学校では落第という制度がないことも影響しているかもしれません。例えば、小学校5年生までにはこれができないといけない、中学3年までにはこれができないといけないという目標が設定され、中学では偏差値によって順位がつけられます。

このような環境が長く続くと、「無難な道を選ぼう」という考え方につながります。

「無難な道を選ぼう」という考え方自体は悪いわけではありません。ただし、その結果、挑戦する意欲が損なわれてしまう可能性もあると言えます。

「偏差値教育」や「競争の教育」は、社会で必要なスキルや知識を身につけるためには必要なものでもあります。しかし、それが全てではなく、自己実現や人生の充実には、他にもたくさんの要素があります。そうした要素にも目を向け、本当にやりたいことや成長できることを見つけることが重要だと思うのです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?