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制服が擦り切れるほど

小さな調光室から見下ろす舞台。
緞帳が上がると60分間の戦いが始まる。
カラーフィルターと埃の匂い。
客席のざわめき。

帰りたくなるような、胸がきゅんとするような、
まるで恋のような瞬間。

音楽!

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高校生になったらどうしても文化部に入りたかった。
明るくて「メジャーな」文化部に。

中学では母の言いつけで運動部に入った。
バスケ部のメンバーは気の強い子ばかりで、先輩は厳しく、訳の分からないルールで下級生を締め付けた。
体の小さな私にとって練習はハードでついていくのがやっと。
特に思い入れはなかったし、受験勉強を理由に途中で辞めた。

今度は失敗するわけにはいかない。

ブラバンは体育会系、新聞部には「メジャー感」が欠けるような気がする。
吸い寄せられるように演劇部のデスクへ足が向かった。

ーーー

入部すると演劇部はなかなかの強豪校で、ある意味「体育会系」だった。
私の在籍時にも関東大会に出場している。

それでもバスケ部とは違う自由があった。
先輩も優しく面倒見がいい。
校内での評判は恐らく「変人軍団」だ。

脳が溶けそうなくらい甘い午後ティーを飲んで、くだらないことで内臓がねじれるくらい笑って。

朝の発声練習から夜のシャノアールまで、ずっと仲間と一緒にいた。
帰宅するのは21:00過ぎ。土日も夏休みも学校へ。

ぼろぼろの台本を片手に、制服が擦り切れるほど学校にいた。

クラスの人間関係のバランスが崩れて息苦しくなったときも、私には居場所があり、自分らしさを保っていられた。

仲間に借りた本やCDをむさぼるように吸収してサブカルを知った。
演劇部の一員としてのアイデンティティーがその後の私のキャラクター形成に少なからず影響を与えているのではないだろうか。

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変人集団も秋の大会が近づいてくるとピリッとする。
シナリオは毎日書き換えられ、立ち稽古が遅くまで続く。

そして、緞帳が上がり、ぴったり60分後に再び降りてきた瞬間、連帯感で胸をいっぱいにしながら、袖で役者たちを迎え入れる。

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創作演劇のシナリオを練れば練るほど、人間関係も煮詰まっていった。

トラブルも恋も諍いもわだかまりも、視聴覚室で渦を巻いた。
部を離れていく仲間をまた一人、静かに送り出す。

個性的すぎる仲間に比べて、私は何かで特出することのないごく普通の平凡な人間だと思い知ったのもその頃だ。

あの頃は、昼も夜も、いつも何かを考えていた。
シナリオのことを、仲間のことを、人生のことを…。

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演劇は、見るにも関わるにもお金がかかるし、エネルギーも必要だ。

進学した大学には演劇サークルが数多くあったけれど、「もう、いいかな」と思った。
その後、舞台を観に行くこともほとんどない。

そうか。

私は、演劇が好きなのではなく、演劇部で過ごした愛すべき濃厚な日々と、舞台の裏から祈るような気持ちで演技を見守る、胸が痛くなるようなあの瞬間が好きだったんだ。


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