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やっぱり苦労は買ってみるモノ⁉

「苦労は買ってでもしろ、は嘘である」というのが現在は一般的なのでしょうか?

検索してみると、「中年の戯言」だとか「苦労なんてしない方がいい」だとか、まあ…分からなくはないし納得できる内容が多かったりもします。

斯く言う私は、苦労を買ってしまった人間なので、どうか戯言だと思って聞いて欲しいのですが、苦労は買う必要はなくても経験したほうが良いと考えています。

私なりの理論になりますが、楽しいことだけだと「楽しい」のハードルが上がってしまって、勿体ない人生になってしまうのではないかと思うのです。

例えば、毎日高級食材で三食決まった時間に食事を摂取していると、それが「当たり前」や「普通」になってしまいますよね?

ですが、食事が摂れないときがあったり、パンやコメといった炭水化物しか摂れない食事を経験すると、主菜と副菜のある食卓がゴチソウに感じることがあります。

苦労も上記の食事の話と同じように、一見するとマイナスな経験することで、よりプラスを感じやすくなると思うのです。

また、苦労というのは乗り越えることで自信に繋がることがありますし、自力解決が出来ずに時間的解決となったとしても、一つの「未知の苦労」が「既知の苦労」に変容しますから、自身の経験則として大きな学びの機会となります。

ここまでの話で、苦労に遭遇しても、考え方次第でプラスの力になるという理屈が伝わるでしょうか?

では、買ってまで苦労をするということはどういうことなのでしょうか?

さまざまなケースが考えられますが、「買ってでもしろ」というのは比喩的な表現で、「明らかに苦労を背負うことになる状況で苦労する選択をすること」を「買う」と表現しているのだと思います。

そして、実際に私は苦労をする選択をして、本当に苦労に苛まれる経験をしたことがあります。

結果として、どのような経験則に至ったかというと「買ってまで苦労することはない」が正解だと考えています。

ただし、すでに買ってしまっている場合は違います。

買った苦労は、どうにかして「元を取る」必要があります。

泣き寝入るのではなく、苦労した経験を擦り切れるまで使い倒すと、その中から「学び」や「気づき」が顔を出します。

買った苦労というのは、あえて損を取った経験なので、ある意味では「レア経験」です。

せっかくなので、高値で取引できる素材にしてしまいましょうw

…あれ⁉、そう考えると、やはり買うべき…?

ということで、最終判断はあなたに委ねますね(笑)


最後までお読みいただきありがとうございました。

今回の投稿は以上です。

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