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「優しさのエネルギー」を充電しに行く国・タイ

 エアアジアFD237の25Aという席で、2023年8月25日の今、この原稿を書いている。前日の24日に立ち上げた個人事業「人とヒトの幸せ開発研究所」では、いろんなところを訪れ、いろんな方との対話を通じて事業を創り出し、多くの方に幸せを届けていきたいと考えている。その最初の訪問地に選んだのが、タイだった。福岡空港を飛び立ち、バンコク行きの機内にいる。ウクライナと並び、私の存在意義を考えたときに、どうしても外せない国だ。

 数えてみれば、今回で12回目のタイ渡航。「青年海外協力隊ではタイに行かれていたのですよね?」とよく聞かれるが、派遣されたのはフィリピン。もちろん、フィリピンも大切な国だが、協力隊帰国後の仕事でタイを担当し、どうしてもその“沼”にはまってしまった。

 最初にタイを訪れたのは、それこそ青年海外協力隊時代の2016年7月。青年海外協力隊は、派遣前に、2か月強の訓練を行う。その共同生活は、派遣国もごちゃまぜにした「生活班」というものを基礎に行われるが、その11班で仲良くなった隊員同期の任地を訪ねていったのが最初だ。

初訪タイから、この国の魅力にはまった=2016年7月

 マニラ空港からバンコク・スワンナプーム空港へ向かい、降り立ったバンコク。同期とは、繁華街の町で落ち合う予定で、そこに行きつくまでの駅名は教えてもらっていた。まず、空港でSIMカードを購入する。その時、女性店員が、顔の前で手を合わせて、笑顔で「コップンカー」という仕草の美しさに、一気に胸をつかまれてしまった。「これが微笑みの国か!」

 そして、その繁華街までの移動が厄介だった。駅名は聞いていたが、初めてのタイで、どんな交通機関があるかも分からない。トボトボと空港の外に出ると、船のマークが。そして、運航図を見ると、行きたい街の名前も書かれている! 同期が言っていたのは、まさかの船!? 取り急ぎ、船着き場と思われる場所へと歩を進める。

 しかし、まずは切符の買い方も、乗り方も分からない。重い荷物も背負い、冷や汗なのかタイの熱気による汗なのか、混ざった汗がとめどなく流れてくる。おどおどしていると、大学生くらいの男性が英語で声をかけてきた。
「どこに行きたいんですか?」
「サイアム(当時はタイ語もまったくゼロだったので、確か)に行きたいんです」
「それならば、〇〇まで行って、乗り換えて◇◇に行けばいいですよ」

神! いや、仏教国だから、仏!か。初めての国で到着2時間後から迷子になり苦笑、そんな中に声をかけてくれたことが、本当に救われた。

 船は、船着き場に近づくと、スピードを緩めるスタイルで、降りる人は船着き場へとジャンプし、乗る人は文字通り飛び乗るスタイルだ。中で、船頭さん?がお金を徴収しに来る。

 「ほら、一緒に乗りましょう、私が乗るのを見て、後に続いて!」 大学生が、私に乗り方をレクチャーしてくれ、何とか乗り込むことに成功した。ほとんどの乗客が立っていて、一部、座れるスペースもある船。何とか乗り込むことができた。

 その後、乗り換えのところでもまた困っていると、今度は同じ年くらいの女性が、やはり「どうしたの?」と声をかけてくれ、乗り換え方法を教えてくれた。

 その後、何とか同期とも合流でき、これまでの珍道中を話すと、「えーー! その船は、タイの隊員でもあまり使わない、ローカルな奴だよ!」

・・・

 ただ、この珍道中で受けた「優しさ」が、一気にタイという国を好きになったきっかけだった。それ以来、地球市民の会の出張で来たり、タイ人女性との結婚式で来たり。結婚生活はあまり長く続かずつらい思い出ではあるし、観光地でボッタクリやスリの被害に遭ったこともあり。それでも、たくさんのもてなしをしてくれたり、地方の学校への急な訪問でも大歓迎してくれたり、地球市民の会が奨学金支援していた子たちに会えたり。行くたびにタイ人の優しさに触れることができる。だからこそ、通い続ける国なのだ。

 そう、私はタイに、「優しさのエネルギー」の充電に来ているのだ。

 飛行機も少しずつ降下が始まった。あと十数分もすれば、また窓の外に、あの「優しさのエネルギー」に満ちた国が広がるだろう。さぁ、今回もどんな出会いが、体験があるのか。楽しみだ。

着陸直前、機窓から見えるタイの風景=8月25日

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