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メタバースの経済学

メタバースの誕生

メタバース(Metaverse)とは、リアルな世界=宇宙(Universe)に対して、インターネット上に構築されるバーチャルな世界を指す造語。
2021年10月29日、Facebook社CEOのマーク・ザッカーバーグはConnect 2021の席上で、コーポレートブランドを「Meta」(正式社名はMeta Platforms, Inc.)と改め、メタバースのビジネスに今後1年で100億ドル(1兆1,000億円)を投資すると発表した。
(参考)Meta社公式YouTubeチャンネル:「Horizon Worlds」紹介映像

にわかにメタバースに注目が集まっているが、各国政府や経済界からの明確な態度表明は行われていない。現状は、3次元の仮想世界で行うゲームやエンターテインメントの新市場という程度の理解しかされていないようだ。
本稿では、メタバースの紹介や解説ではなく、主にメタバースの経済学的な意味について論じていく。さらに議論を進めて、メタバースと同じくブロックチェーンを背景としたスマートコントラクトにより設立される「DAO(Decentralized Autonomous Organization)」が、従来の国家や企業の意味を問い直す新しい状況について論じる。


メタバースは新しい生存圏

リモートワークが定着する

前稿「イリイチ没後20年、ポストコロナへの予言」の中で、コロナ禍の結果としてリモートワークが広がったことについて触れたが、ポストコロナにおいても、このままリモートワークが定着する可能性がある。

物理的に従業員を同じ場所に集めなくとも、リモートでzoomやGoogleミートで会議できるし、グループウェアで業務管理ができる。
既に、実際にオフィスに一緒にいる感覚が持てるバーチャルなオフィスとして「oVice」のようなサービスを導入している上場企業も多い。もっともoViceの技術環境は3次元ではなく2.5次元レベルの段階にあるが、少しだけリアルを感じることができ、潔く無理のないバーチャル空間になっている。
一歩進んで、Meta社が提供を開始した「Horizon Workrooms」はかなり3次元に近づいている。
(参考)oVice - Business Metaverse
(参考)Horizon Workrooms|ビジネス会議用VR

近い将来、会社に自分のデスクはなくなり、出社するのも毎月1回あるいは年に数回という会社も出てくるだろう。

越境リモート就労とメタバース(DAO)就労

リモートワークが当たり前になると今後出てくるのが、日本に居ながら海外の企業で働き、現地通貨で給与を得る「越境リモート就労」である。
これがさらに進んで、個人の就労が、海外企業でもなく、どこの国にも属さないメタバース上の「DAO(Decentralized Autonomous Organization)」で働く場合も出てくる。

ここで、働き方によって個人の所得税と住民税がどうなるか整理しておく。

まず、海外赴任については、赴任が1年以上に及ぶ場合の当該個人は所得税法でいう「非居住者」となる。そのため、日本国内で所得税は発生しない。住民税についても毎年1月1日の住所を基準に課税されるため(地方税法)、1月1日時点で日本に住所がなければ納税義務は発生しない(単身赴任で日本に家屋を持っていると、均等割のみ課税される場合がある)。
(参考)国税庁「海外勤務と所得税額の精算」

次に、越境リモート就労とメタバース(DAO)就労の場合、居住地は日本のままなので、当該個人は所得税法でいう「居住者」。したがって、給与支払者が海外の法人で、国内で給与所得が発生していなくとも、所得税と住民税は発生する。
ただし、海外法人やDAOが源泉徴収をしてくれるわけではないので、毎年、個人で税務署に確定申告する必要がある
現行の税法では、実際に仕事が行われる場所ではなく、物理的な身体の所在が重視されているようだ。「居住者」か「非居住者」かどうかが課税の基準となっている。

やっかいな問題、DAOは国家になり得るか

「仮想通貨」から「暗号資産」に呼び方が変わった理由

ブロックチェーンは、2008年にサトシ・ナカモトという名前を使った人物(またはグループ)が、仮想通貨ビットコインの公開取引台帳として作ったものである。その後、サトシ・ナカモトの正体は現在まで不明のままである。
この正体不明のサトシ・ナカモトが作ったブロックチェーン、並びに仮想通貨は、従来の各国政府が発行する法定通貨の存在理由を問い直すやっかいな存在となった。
当初各国政府は、仮想通貨を電子マネーの一種のように考えて高をくくっていたが、論理的に仮想通貨の違法性を証明できず、2018年に国際決済銀行(BIS)や各国の中央銀行などが申し合わせて、呼称を「仮想通貨」ではなく「暗号資産(Crypto Assets)」とし、通貨ではないが法定通貨と交換可能なデジタル資産として法的に位置付けることとなった。
日本においては、2019年5月に新たな規制を盛り込んだ資金決済法および金融商品取引法の改正法が成立し、2020年に施行された。
なんとも苦しい言い訳、対応のように見えるが、現実的な対応だと思う。認めるわけにもいかないし、認めないわけにもいかない。現在の政治経済システムを維持しつつ、新しい状況にも対応するための叡智だ。

DAO(自律分散型組織)

ここに来て、メタバースという新しい言葉の普及と並んで「DAO(Decentralized Autonomous Organization)」、日本語では「自律分散型組織」という言葉を耳にするようになった。メタバースもそうだが、DAOも言葉だけが独り歩きしているようなところがある。
DAO(ダオと読む)の定義は一定ではないが、ブロックチェーン上で人々が協力して管理、運営する組織のことで、多くの場合、次のような特徴を持つ。

  • 中央管理者がおらず、参加者どうしで管理

  • 透明性が高く、誰でもソースを閲覧できる

  • 世界中の誰でも組織に参加できる

中中央集権的な管理者がいないため、組織の意思決定はブロックチェーン上に書き込まれたスマートコントラクトにより自動的に行われ、意思決定やルールの変更が必要な場合は、投票権の機能を有するガバナンストークンの保有者の投票により決定される。
最初のDAOとされるのは、2016年4月にイーサリアムのブロックチェーン上に構築された「The DAO」で、ドイツのIoTベンチャー企業であるStock.it社により設立された。
The DAOは、世界中の投資家にトークンを販売し、約1億5,000万ドルの資金を集めることに成功したが、技術的要因から約1/3の資金を盗まれる事件となった。まだまだ課題の多い組織形態である。

2022年8月現在のDAOは、各国の法令上は「権利能力なき社団(Association without rights)」という位置付けであり、社団としての実質を備えていながら法令上の要件を満たさないために、法人として登記されていないし、法人格を有しない状態にある。
これを、仮想通貨が2008年のビットコインの誕生から2019年までの約10年あまりの間、法的に位置づけられなかったように、このままDAOを宙に浮いたような状態のまま放置しておいてよいのだろうか。
さらに今後、DAOが法人になり得るかどうかという議論を飛び越えて、DAO国家が出現する可能性さえも十分にある。

国家の三要素を備えるDAO

近代以降、国家とは「国家の三要素」を持つものを指す。これは、ドイツのゲオルク・イェリネックの学説に基づくもので、一般に国際法上の「国家」の承認要件としても使われている。
国家の三要素とは、「領土」「国民」「主権」である。
DAOにも同じ三要素が備わっている。すなわち、「メタバース」「参加者」「スマートコントラクト」の3つだ。

まず、空間レイヤーにある「領土」は、DAOにおいては既存のSNSをはじめとしたインターネット・メディア(Web 2.0)とブロックチェーン技術や3D技術を用いた「メタバース」(Web 3.0)が相当する。メタバースにおいては、必要があればデジタルに空間を拡張することができ、国家における領土紛争のような問題は起きない。
次に、主体レイヤーにある「国民」は、DAOにおいては「参加者」ということになる。ここで参加者は、もともとどこかの国の国民であるし、複数のDAOに参加することも可能で、いうならば二重国籍、三重国籍も可能、退出も自由であり、国家における国民のような縛りはない。
最後に、制度レイヤーにある「主権」は、DAOにおいては「スマートコントラクト」に置き換えられる。国家における主権は、実行力を持った政府、法律に基づいた官僚機構に委ねられるが、DAOでは参加者一人一人が主権の行使をスマートコントラクトに基づいて行うことができる。
以上の国家とDAOの三要素の対応を見れば分かるように、物理的な意味での「領土」的性質を除けば、国家とDAOは同じ次元の存在になり得ることが分かる。

いま(2022/08/11現在)、時価総額4,793億ドル(63兆5,647億円)のMeta社がDAO国家化を宣言したらどうなるのか、時価総額4,702億ドル(62兆3,635億円)のビットコインがDAO国家化を宣言をしたらどうなるのか。
ビットコイン以降の仮想通貨を無視できず最終的に認めたように、最終的にはDAO国家も認めざるを得ないだろう。着地点としては、「仮想通貨」を「暗号資産」と呼び替えたように、「DAO国家」を「暗号○○」と呼び替え、あくまでも国家と呼ばずに実質は国家と同列な存在として受け入れ、国連への準加盟も許し、その代わりに相応の責任を課す流れになるかもしれない。
「暗号○○」の「〇〇」という言葉を何にするかは、誰かが決めてもよいし、皆で決めてもよいと思う(それほど大事ではない)。

メタバースの経済学的な意味

メタバースを見ずして、メタバースを語るなかれ

本稿の表題でもある「メタバースの経済学」、経済学的な意味について整理する。
メタバースの誕生は、新大陸発見と同じ、あるいはそれ以上の経済効果をもたらす。もはや、インターネット上のゲームや、SNSによるコミュニケーションというレベルではなく、生活空間そのもの、新しい生存圏となる。
少し進んで、数年後から10年以内のメタバースをイメージするなら、映画『レディ・プレイヤー1』(S. スピルバーグ監督作品、2018年公開)を観ておくべきだ。

人々は、朝起きて寝るまで、全ての時間をメタバース空間「OASIS」の中で過ごす。仕事も遊びも恋愛さえもメタバース空間内で自分自身のアバターを通じて行うような近未来が描かれている。

新大陸発見とメタバースの違いは、新大陸には天然資源があり、食糧の生産が可能だったのに対して、メタバースには何もない。ただし、メタバースでは天然資源や食糧といった物理的なもの以外であれば、何でも作れる。
リアルな世界で障害となった国籍や人種、性別、身体的ハンディキャップはなくなり、アバターを通じて自分自身がイメージするとおりにあらゆる活動ができる。
現時点でメタバースには、何もないに等しいが、無限の可能性が広がっている。

この新しい生存圏で何をやるのか。それが問題である。
ひとことでメタバースと言っても、さまざまなタイプ、ビジネスモデルがある。具体例を実際に見てみて体験していくしかない。
(参考)西村あさひ法律事務所「メタバースにおける法律と論点(上)」

メタバースを取り込むことで経済が動き出す

経済活動の空間的な拡大は、個人消費を拡大、企業においては設備投資の拡大を生む。それに伴い、新たな雇用を生み、所得拡大、個人消費拡大と繋がる好循環が生まれる。
メタバースは、ポストコロナで余儀なくされる業態転換や働き方の変化に伴って予想される大量の失業者の受け皿にもなる。
新しく生まれる雇用は、本稿で先に紹介した「oVice」や「Horizon Workrooms」のようなオフィスワークばかりではない。
先端技術を駆使した開発を行うプログラマーや、空間をデザインする建築家やインテリアデザイナー、プロダクトデザイナーなど、多様な業務が発生する。
また、対人スキルが必要となる営業職やメタバース旅行ガイド、ディズニーランドのメタバース版ができる際にはディズニーの世界を体現するキャスト達(もともとディズニーランドは仮想的でメタバースと相性がよい)、夜になればキャバクラやガールズバーのキャストも必要になる。
メタバース内の出来事を伝える新聞や雑誌、テレビの制作者も必要になる。学校ができ、アパレルのデザイナー、オーダーメイドの仕立て屋、美容室も必要になる。産業分類で第三次産業に分類される職種のほとんどがメタバースに移住可能だ。

メタバース開発庁

かつて北海道開発庁や沖縄開発庁があったように、国としてメタバース経済に取り組むためには「メタバース開発庁」を作るくらいの大掛かりな取り組みが求められる。
2021年9月に新設されたデジタル庁は、国や地方行政のIT化やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を目的としていて、ここで提起するメタバース開発庁が担う領域、役割とは異なる。
メタバース開発庁は、明治期の北海道開拓使が担ったように、メタバースという新大陸の空間的な開発と産業振興を担う。

Meta社のマーク・ザッカーバーグは、従来の企業経営者では考えられない挑戦的な大きなビジョンを打ち出した。圧倒的な知名度があるコーポレートブランドFacebookを捨ててまで、メタバースの開拓に経営資源を集中している。Meta社の動き、メタバースの動きは、国家という現在の秩序を脅かすことにもなる。Metaへのコーポレートブランドの変更は、マーク・ザッカーバーグの不退転の決意と解すべきだ。

一方、各国政府と同様に、日本政府のメタバースへの反応は鈍い。
想像力が不足しているのか、計算ができないのか、現時点でMeta社におおきく遅れをとっている。本稿の議論の中で「やっかいな問題、DAOは国家になり得るか」として検討を加えたとおり、Meta社はいつでも国家と同等のレベルでメタバース上に「DAO国家」を建国できる。
Meta社が年間100億ドルを投資するのであれば、Meta社の年間純利益の100倍規模のGDPを持つ日本であれば、1兆ドルの投資があってもよい。

それと、明治政府が岩倉使節団として総勢107名を欧米各国に送ったように、先進的なメタバース企業各社に1社10名程度の派遣も必要だろう。
並行して、明治期の北海道開拓における「屯田制」(明治6年から明治37年の間に7千人以上の武士たちを北海道に送り込んだ)のように、今後ポストコロナに生じる余剰人員を再教育した上でメタバースに移住させる計画もあり得る。

政府が新型コロナウィルスに関連して行った中小事業者と個人事業者向けの支援策は、「持続化給付金」として始まり、その後も名前を変えて「一時支援金」「月次支援金」「事業復活支援金」として続いている。
また、内閣府はコロナ禍における「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」として、「住民税非課税世帯に対する臨時特別給付金」(1世帯当たり10万円)を支給しているが、中長期的な視点に立った経済対策とは言い難い。

ポストコロナの処方箋として、メタバース開発の有効性について、今後も詳細に検討していく必要がある。

(KM)


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