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図書の時間 #シロクマ文芸部

白い靴、汚したくないなぁ…。

中学生のアキは降り出した雨を、教室の窓越しに恨めしそうに見る。
下駄箱にある、買ったばかりの白いスニーカーを思いながら、アキはため息をついた。

校内のどこかで時間をつぶそうかなぁ…。

図書室に足を向けたのは、単なる気まぐれだった。
「あ…」
図書室に入るとカウンターから声がして、アキはそちらに顔を向けた。
カウンターの奥にいたのは、同じクラスだが全然目立たない子だ。
名前は確か…。
「…こんちは。図書委員なんだね……山下さん」
名字は思い出したが、下の名前は覚えていない。
「うん……めずらしいね、片岡さんが図書室に来るなんて…」
「初めてかも……ねぇ、何かおすすめの本とかある?」
中学に入学し、同じクラスになってから三ヶ月。
図書室に入るのもそうだが、彼女と会話するのも初めてかも。
「……いつもはどんなジャンルを読んでるの?」
「マンガばっかりだからなぁ……、読みやすそうな本ない?」
「……ちょっと待ってて」
山下さんはカウンターから本棚の方に向かう。

しばらくすると、山下さんは一冊の本を手に戻ってきた。
「これなんか面白いと思うけど…」
「結構ボリュームあるね。読めるかなぁ」
アキが普段読んでいるマンガよりも厚い本だ。
「大丈夫だと思う。私は小学生のときに……あ、いや…とにかく読みやすいよ」
慌てたように山下さんは言い、アキに本を渡す。

図書室の空いている席に座り、アキは本を開いた。
うわぁ文字ばっかり。小説だから当たり前か。
最初の数ページだけ読んで、面白くなかったら、やめようかな。
そんなことを思いながら、アキは読み始めた。

不登校になった子の話だった。
元々は明るい子が、ある出来事をきっかけに、クラスの中で浮いてしまい、学校にあまり行けなくなる。
家族以外の誰とも話せない日々が続くが、中学に入ったタイミングで、勇気を振り絞り、また学校に通い出す。
でもやっぱり馴染めず、友だちも作れない。
そんな時に、クラスの中心的な存在の子が、突然彼女と……。

「片岡さん……もう図書室閉めなくちゃいけなくて…」
本に没頭していたアキは、山下さんに話しかけられて、慌てて時計を見た。
「え? もうこんな時間? やばっ」
「よかったら、本借りていけば…」
「…そうしようかな」

図書室のカウンターで、山下さんに貸し出しの手続きをしてもらう。
「山下さんさぁ…」
「…え?」
「……下の名前、なんだっけ?」
山下さんが、戸惑いながら、それでいて嬉しそうに答えるのを聞いたあと、アキは図書室の窓の外を見た。
雨はすっかりやんでいた。

小牧幸助さんの企画に参加させていただきました。

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