探偵に向いてない先生 第3話
◇
「この間、僕が清水先生のことを聞いたときのことだけど……」
校内の廊下を歩きながら、奈良が話を向けると、リカは首を傾げて、なんのことだっけ、という顔をした。
「大嫌いって…そう言ってたよね」
「その話か……うん。言ったよ」
「なんか嫌いになるような出来事が、あったのかな」
リカは、うーんと唸り、そのまま立ち止まって黙ってしまった。
「あ、いや…話したくなかったら、全然話さなくていいんだ。…ごめん、変なこと聞いちゃったね」
奈良が慌てて謝ると、リカは笑いながら、
「優しいなぁ、先生は」と言った。
リカはまた歩き出した。奈良もリカに合わせて廊下を歩く。
「何かのきっかけで、優しいと思ってても、突然嫌いになることがあるんだよ」
リカはそう言うと、奈良の方を真っ直ぐに見てきた。
「でも……先生のことは嫌いにならないと思うけどね」
◇
「何ニヤついてるのよ」
楓の言葉に奈良は我にかえった。楓を見るとこれ以上ないくらい片方の眉が上がっている。
「いや……別にニヤついては……」
奈良がしどろもどろに答えると、楓は理事長室の机を思い切り叩いた。
「奈良先生、あなたに頼んだ仕事は何だったかしら?」
口調が丁寧なのが逆に怖い。
「清水先生がなぜ突然いなくなったのか、調査をすること……」
「分かってるじゃない……特定の生徒と仲良くなりなさいなんて言ってないわよ」
楓には見透かされているなと思いつつも、奈良は、
「調査はちゃんとやってるよ」と言った。
「どうだか。清水先生が残したメッセージの意味も分かってないのに」
奈良は大きく息を吸い込んだ。楓に今の時点でどこまで話すか思案したが、奈良は結局こう言った。
「清水先生の謎を解く鍵は、書き直される前のメッセージにあると思っている」
「どういうこと?」
「もう少しだけ待ってくれないか。謎が解けたら、楓に真っ先に言う。それは約束する」
奈良の言葉に楓は頷いた。
よかった。やっと眉が下がった。奈良は心底ホッとしていた。
◆
林くんが話したいことがあると言ってきたとき、私は嫌な予感がした。
「清水先生がいなくなったときのことなんだけど…」
辞めたんじゃなくて、いなくなったか。何か掴んだのだろうか。
「あの日バスケ部が朝練してたこと思い出して……」
やっぱりまずいことになってきた。あのとき、林くんに黒板のメッセージを聞いたのはうかつだった。意図的に誰かが消したとは思ってなかったから仕方ないが。
「それで香苗に、あ、朝日のことだけど…聞いてみたら…」
その次の言葉はだいたい分かる。
「…新任の奈良先生にも同じこと聞かれたって」
林くんは何か言いたげに私のことを見る。
「そう。ありがとう教えてくれて。バスケ部のメンバーには私からも聞いてみるよ」
私がにっこりと笑うと、林くんは安心したようだった。
◇
「探偵がもう一人いるみたいなんだよねー」
リカがグラスを持って、奈良のテーブルにやってきた。
ブルーフォレストの店内は空いていて、奈良以外の客はカウンター席に一人座っているだけだった。
奈良が頼んだコーラをテーブルに置くと、リカはそのまま奈良の前に座った。
「ビールじゃなくていいの?」
「さすがにお酒は頼めないかな……それより探偵って?」
「林くんがバスケ部のメンバーに聞き回っているよ」
林は、守や舞にも清水が残したメッセージのことを聞いていた。
「斉田さんも聞かれたの?」
「うん。私は朝練の前には教室入ってないって言っても、しつこく聞いてきて…」
「林くんは、誰に頼まれて聞き回ってるんだろ?」
「それ聞いてみたんだけど、依頼人のことは言えませんだって」
「へぇ、本当に探偵みたいだね」
「そうなんだよ……私も何か飲もっかな」
リカは席を立つと、カウンターにいって何やら作り始めた。
奈良のテーブルに戻ってきたリカは、カクテルのような飲み物を手にしていた。
「まさかお酒じゃないよね」
奈良が驚いて聞くと、「ノンアルコールですよー」とリカは笑った。本当だろうか?
「メッセージの謎は解けたのかな?」
リカが唐突に質問してきた。奈良は少し考えこう言った。
「林くんと話してみたいな。そうすれば答えが少し見えてくると思う」
「了解。明日林くんに声かけてみる」
「ありがとう。助かるよ」
「私は助手ですから」
リカはそう言うと、奈良のグラスに自分のグラスを軽く当てる。グラスが触れ合う音が、店の中に小さく響いた。
◇
「ええ、バスケ部には清水先生のこと聞きに行きましたよ」
リカは早速林と話してくれて、昼休みのグラウンドの隅で、奈良を含めて三人で会っていた。
「朝日さんと田原さんが、黒板のメッセージを見たそうです。奈良先生も知ってますよね? 二人とも前に先生に聞かれたって言ってました」
林は奈良が質問することを予想していたかのように、よどみなく答えた。
「他のバスケ部員にも聞いたの?」
「ええ。でも黒板のメッセージを見たのは、二人だけでしたね。リカも教室に行かなかったそうだし」
林はリカを疑い深そうな目で見て答える。リカは頬を膨らませて不服そうな顔をしていた。
「先生も他のバスケ部員に聞いたんですか? やっぱり見たのは二人だけでしたか?」
「二人だけだね……だけどもう一人、いや二人は他に見た人がいるはずだ」
林は驚いて、奈良の顔を見る。
「…誰なんですか?」
「一人は君の依頼人さ」
奈良の隣でリカが目を丸くしていた。
◆
放課後の2年A組。
部活動を終えた生徒が引き上げていくのを、窓から眺めながら、私は彼を待っていた。
時間を指定され、2年A組の教室で待っていてくれと彼から言われたとき、私は覚悟を決めた。
すべてを彼に話そう。
私は教室の後ろの方の席に座った。
しばらくして足音が聞こえてきた。
教室の扉が開く。
「ごめん。待たせちゃったかな」
彼は笑顔を見せる。たぶん黒板に書かれたメッセージの意味も、もう分かっているんだろう。
「謎解きの時間かな。探偵の奈良先生」
私が聞くと、彼は真面目な顔に戻って、こう答えた。
「真相にやっと辿り着けそうだよ……楓」
◇第4話につづく◇
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