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[ちょっとした物語] 花火の降る夜

ふと、スマホを見ると通知があった。メッセンジャーアプリを開くと、ある女の子からのメッセージだった。

「あの曲最高でした。いい夢見れそうです」

なんてことはない。飲み会で知り合った彼女とのやりとりの中で、音楽の話になり、自分の趣味趣向を語った結末に今がある。なんの目論見もなしに、呆れられることを前提に話しただけだった。

「そんな気に入ってくれてこちらもうれしいよ。いい夢を!」

反射的な言葉を並べて返事をした。特段、この先どうしようなど考えることもなく、僕はソファに横たわった。テレビでは、今年は昨年を超える猛暑なんだと、どこかで聞いた言葉を話している。真夏のピークはまだ先だ。するとピロンとスマホが鳴った。

「今日は暑いですね」

突然のなんの脈絡もない一言だった。確かに暑かった。普段は家では汗をかかないのだが、なんだか今日は蒸し暑く感じた。エアコンの設定温度をいつもより少し下げ、注ぐ風を感じて心地よくなった。返事に困る。たぶん、僕は君とはすれ違っているんだろう。
これは僕にとって、点滅のような落ち着かない、ただの悪ふざけのようなものだ。この世界における僕の立ち位置は理解している。慰め合うことでしか、僕は生きていけないこともわかっている。もう人生は後半に差し掛かっているのだ。だから躊躇した。しばらく返事をしないでいると、またスマホがピロンと鳴った。

「外で花火が見えますよ! 夏ですね」

会話は一方通行になってきた。最後に花火を見に行ったのはいつだっただろうか。
まぶたを閉じて、花火の明滅を浮かべてみる。いつか見た、関西での花火大会を思い出した。何年経っていても、あの盛大な花火大会は思い出してしまう。
君は、何を思って僕なんかにメッセージを送るのだろうか。窓を開けて外を見る。かすかに花火の爆発音が聞こえるが、それ自体は目に見えなかった。それはそうだ。住む場所が違うからだろう。でも、今僕と彼女は同じ空を見上げているのかもしれない。

「私、こんなに浮かれてていいのでしょうか?」

スマホに届いたメッセージ。2〜3度読み返す。何に浮かれているんだろう。僕は何の返事もしていない。でもそんなことは君には関係のないことのように思える。そして今更ながら返事をしなくてはならないと思った。ちょっと考えながら、返事をした。

「浮かれていないより、浮かれていた方がきっと楽しいよ」

何という方便だ。たぶん僕は、これまで浮かれないように生きてきた。だけど、自分で打ち込んだ文字を見ると、こちらもなんだか浮かれくるような気がした。

「そうですよね。楽しいですもんね」

なんだろう。あまりにも無邪気で、あまりにも純真なその言葉が、偽りの酩酊のようなノイズとともに、僕の心を揺さぶった。いつの頃だっただろう。ずいぶん昔のあまりにも浮かれていた時だったと思う。その感覚と感情を消さないように、忘れないようにと誓ったことを思い出した。

「ありがとう」

窓辺に出て、タバコを燻らせながらスマホで打ち込んだ。蒸し暑さの最中であっても、夜空には星が燦然と輝いてみせる。まるですべてがこの空の存在しているかのように。しばらく自分の打ち込んだ文字を見ながら送信しあぐねていると、

「もう少し、浮かれていますね。でも神様にしかられないくらいに」

僕が送信するよりも先に届いたメッセージ。今夜君が星になり、僕の街を照らしてくれているのかもしれない。そして君はリスクと感情のバランスをわかっている。すてきな女性だ。でも僕は、君のような女性には不釣り合いだろう。君は、あの時、店のエアコンの温度に少し寒そうにしていた。僕は心地よく涼んでいた。それくらい、僕らの設定温度は違うんだ。そんな寒がりの君と僕は、一緒にいることはできないだろう。それは、気遣いややさしさだけでは、乗り越えられないすれ違いなのだ。

僕は先ほど打ち込んだメッセージを送ることなく、部屋に戻った。時間は平等のようで、そうではない。浮かれたメロディーが乱れながら流れて消えていく。耳に残ったノイズは、リズムを少し攪拌し、僕は愛より切なさを求めようとしている。失うにしては、たいした時間はかけていない。だが、そこにある確かな感情と感覚を大事にしよう。じっとりと額から汗がでてきた。
だから今夜は、エアコンをつけるのはやめようと思った。

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