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心臓植込み型デバイスの最新動向と医工連携システム開発


心臓植込み型デバイス(CIEDs)における遠隔モニタリング(RMS)


 心臓植込み型デバイス(CIEDs)の遠隔モニタリング(RMS)が本邦に導入されて10年が経ちます。関連学会の学術大会の抄録を見ると、導入当初は一部施設の報告に限られていましたが、近年では診療報酬アップのおかげか、学術大会で遠隔モニタリングのセッションが設けられるなど、全国的に普及する医療技術となりました。世界的にも新たなEvidenceの確立やコロナ禍での対面診療削減への活用などにより、CIEDsに対するRMSは今日のCIEDs日常診療に欠かせないものとなっています。

全国遠隔モニタリング診療報酬算定件数
厚労省NDBオープンデータから著者作成

※厚労省NDBオープンデータを元に遠隔モニタリング加算算定データを可視化

RMSの利点

 医学的なEvidence としては、外来診療の負担軽減(診療時間短縮、診療回数削減)、不整脈や機器不良の早期発見および早期介入生命予後の改善が挙げられています。
 2020年5月に藤田医科大学からRMSの研究論文が発表されました。ペースメーカ患者において、半年おきの対面外来群と比較し、RMS導入の2年間外来なし群において、全死亡・脳梗塞・心血管治療イベントにおける非劣勢が証明されました。さらに、この研究によってRMS群は医療コストを低く抑えられることが判明し、財政難に陥っている本邦の医療制度を持続可能なものとするためにも必要な技術として新たに認知される結果となりました。

 また、日本不整脈心電学会はコロナ禍の2020年4月と5月に、「CIEDsにおけるRMSは直接の対面を必要としない最も強力な感染対策」と明言し、積極的なRMS導入を推奨しています。

新型コロナウイルス感染拡大に伴う心臓植込みデバイスフォローアップの実際について

― デバイスフォローアップによる感染機会の減少を目的として ー
http://new.jhrs.or.jp/pdf/others/info20200514.pdf

 このようにCIEDsにおけるRMSの活用は、生命予後をも改善する医学的メリット、対面と同等の質を担保しつつ医療費削減が可能となる経済的メリット、さらにコロナ禍における最も強力な感染対策として、今後さらなる発展が見込まれる技術と考えられます。

RMSの欠点

 患者目線では有益性の高いRMSですが、利点に隠れた泥臭い裏の仕事があります。それは、遠隔で送信されてくるデータの確認やメーカー各社が別々に構築しているWebシステムの運用といった業務であり、大抵の病院では、医師やコメディカルが日常診療の合間に実施しています。日々増加するRMS情報の確認は、医療従事者の労働負担増加として重くのしかかり、論文においても課題として認識されるようになりました。

 このRMS労働負担問題ですが、2019年に発出された厚労省の「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会」の資料内にも医師の負担となる業務として記載されています。
 資料内では、現行法下でコメディカルへの移管が可能と判断されていますが、移管が進んだとしても負担先が変わるだけで根本的な解決策ではないため、さらなる解決策の模索が必要と思われます。

第3回 医師の働き方改革を進めるための タスク・シフト/シェアの推進に関する検討会資料抜粋
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000568229.pdf


米国のRMSを含めたCIEDs情報ソリューション


 米国では、民間企業による医療機関経営の恩恵を受けてか、早くから民間企業を巻き込んだ形での効率的なRMS運用の施策を講じてきました。

米国不整脈学会の主導

 米国不整脈学会から2015年に発出されたRMSのエキスパートコンセンサスでは、RMS情報の一元化は、臨床業務の効率化、患者安全、市販後調査、リコール情報管理、臨床研究に有用と述べられています。

 また、2019年には、CIEDs情報の相互運用性に関する白書をリリースしており、エキスパートコンセンサス同様に情報の一元管理化の有用性を説いています。CIEDs情報の標準化を推進し、HL7を用いた情報の相互運用性向上により、電子カルテ、民間のデータプラットフォーム、米食品医薬品局(FDA)および患者自身への情報共有が可能になるとのことです。
 余談ですが、HL7においては、厚生労働省がHL7の後継規格であるHL7 FHIRを新たな厚生労働省標準規格として制定したことから、今後国内での活用と認知が進んでいくと思われます。

 このように米国では、産学官連携でCIEDs情報の相互運用性およびデータベース化を推進しており、データ社会に対応するための具体的な施策が学会主導で行われています。

米国におけるCIEDs情報システム

 米国のCIEDs情報統一システムの歴史は古く、以前からMedtronic社が扱うPaceartやScottCare社のONE VIEWが商用展開しています。


 近年では、LINDACAREのOnePulsePaceMate、GENEVA HEALTH SOLUTION、Ninety Oneなどのスタートアップ企業が新規参入しています。その中でLINDACARE社はPhilips社と2019年に業務提携しており、「企業価値創造に重要な提携」としてプレスリリースしています。


 また、新規参入企業はクラウドシステムを採用しており、他施設情報の収集によるCIEDs情報のビッグデータ化を実現し、さらなる利便性を追い求め、機械学習技術を用いたソフトウェア開発を推進しています。
 Medtronic社は、CIEDsのリーディングカンパニーとして、世界中の患者にCIEDsを提供し、遠隔モニタリングシステムを用いて医学的に有益なサービスを展開しつつ、世界中の患者の心電図情報を自動収集しており、2021年にとうとう心房細動および心停止を識別する人工知能(AccuRhythm AI)のFDA認可を取得しました。クラウドシステム上で機能することにより、患者や医療従事者は特に人工知能の存在を意識することなく、心房細動のFalse Eventを97.4%、心停止のFalse Eventを74.15%削減しつつ、正確に心電図を識別してくれます。


本邦のRMSソリューション


 国内においては、医療従事者による自作システムの報告が散見されていましたが、民間企業の参入はなく、CIEDs情報の管理は医療従事者任せにしているのが現状でした。当院でも筆者である私が自作したシステムによって、RMSを含めたCIEDs情報を管理していました。

 2015年以降は、ソフトクオリティ社のCardioAgent Proを含めたいくつかの企業がCIEDsデータベースの製品開発に着手し、医工連携という枠組みで開発が活発化しています。メハーゲングループは東京大学病院と共同でORFICEを開発、株式会社トーチは三重大学病院と名古屋市立大学病院と共同でFileMakerデータベースシステムを開発、豊橋ハートセンターは独自にシステム開発を手掛け、グループ病院のCIEDs情報を統一するクラウドシステムを構築しています。最近では、ニプロ(旧株式会社グッドマン)もREVOLVERというシステムをローンチしています。

キヤノンメディカルシステムズ株式会社との共同開発

 当院は自作システムでの管理を継続していましたが、自作システムであるが故のデメリットである保守や開発が個人に依存してしまうこと、本業片手間開発のために開発時間を確保することができず、3省2ガイドラインの担保が難しいことなど、新たな課題に直面しており、それら課題を解決してくれるであろう民間企業が開発・提供するシステムの必要性を感じていました。

 新たな課題に悩んでいたところ、学会活動を通じて知り合ったキヤノンメディカルシステムズ株式会社の方から共同開発の依頼があり、キヤノンメディカルシステムズ株式会社およびキヤノンITSメディカル株式会社とのシステム開発が始まりました。
 新たなシステムは、米国のスタートアップ同様にクラウドで構築し、サブスクリプションの料金体系を設け、開発期間約1年を経て、Cardio Agent Pro for CIEDsとして2021年1月にプレスリリースされました。

 企業の方との共同開発によって、末端の医療従事者として、日々目の前の治療のことしか考えていなかった自分の視野を広げる良い機会となりました。ビジネスを展開していくことの難しさや、特に保険診療内での新規ビジネス展開のハードルの高さを実感し、多くのことを学ばさせていただきました。
 日本臨床工学技士会主催の医工連携Awardにも応募の機会をいただき、惜しくも受賞は逃しましたが、応募を通じて新たな出会いもあり、今後に繋がる通過点として良い経験になったと思っています。

第5回医工連携Award https://ja-ces.net/renkei/info/2002awardproducts/


医療機器(関連システムを含む)開発に投資することについて

 キヤノンメディカルシステムズ株式会社およびキヤノンITSメディカル株式会社と共同開発を実施していく過程で、新規事業をビジネスとして成立させることについて深く考える日々が続きました。その中で、私自身の心境の変化があり、最初の目的である「院内の課題解決」から、「国家としての課題になり得るのか?」「社会全体に必要とされているのか?」といった問いが生まれ、最終的には、課題の普遍性と社会実装の実現を強く意識するようになっていきました。
 私が抱えた「目の前の課題に普遍性があるのか」という問いに対して100%の答えにはなりませんが、ここからは、無理矢理後付けで探してきた大義をご紹介したいと思います。


我が国医療機器・ヘルスケア産業における競争力に関する調査報告書


 まずは、首相官邸の健康・医療戦略推進本部の資料「令和元年度補正予算調査事業 我が国医療機器・ヘルスケア産業における競争力に関する調査報告書」をご紹介します。この資料でわかるように、日本の医療機器産業は世界2位の8%を占めていますが、全体の54.6%を輸入に頼っており、輸出との差異は毎年1兆円を超えています。ものづくり大国として製造業を主体とした経済発展を遂げてきた日本ですが、医療機器産業は弱く、特にCIEDsやステントなどの生体機能補助・代⾏機器においては、4000億円/年の輸入超過となっています。

日本の医療機器の輸出入状況
(首相官邸 健康・医療戦略推進本部 資料)

 CIEDsのみにフォーカスを当てると、国内企業は参入できておらず、全てを欧米企業に頼るといった非常に残念な結果となっています。その中において、資料内には日本の主要プロジェクトとして、キヤノンメディカルシステムズ株式会社と共同開発したCardio Agent Pro for CIEDsが記載されています。日本の産業活性化においても少しは貢献できたのかなと思いつつ、今後も日本の医療機器産業の発展を意識した医療機器開発(システムも含む)を継続していきたいと考えています。

CIEDsにおける研究開発の競争力は低く、国内企業は関連機器の開発のみ
(首相官邸 健康・医療戦略推進本部 資料)


国民が受ける医療の質の向上のための医療機器の研究開発及び普及の促進に関する法律


 続いて、「国民が受ける医療の質の向上のための医療機器の研究開発及び普及の促進に関する法律」についてご紹介します。
 この法律は、「医療機器の研究開発及び普及の促進に関する施策を総合的かつ計画的に推進することを目的」として制定されました。
 第五条には、「医師等の責務」として、「医師その他の医療関係者は、国が講ずる医療機器の研究開発及び普及の促進に関する施策に協力するよう努めなければならない。」と記載されており、医療従事者が国策としての医療機器開発に協力することが求められています。
 2022年5月に閣議決定された第2期基本計画では、中長期的な目標として、(1)医療機器研究開発の中心地としての我が国の地位の確立
(2)革新的な医療機器が世界に先駆けて我が国に上市される魅力的な環境の構築
(3)あらゆる状況下での国民に必要な医療機器へのアクセシビリティの確立
を設定しています。
 さらに、内閣府・文科省・厚労省・経産省は、以下の5 分野を重点分野として設定し、社会変革をもたらす医療機器の研究開発の活性化をより一層図ることと定めています。また、「医療従事者の業務の効率化・負担軽減に資する医療機器」については、他の重点分野と比較して、喫緊の課題に対応するものであることから、当該分野については特に注力するとしています。
 また、厚労省は、医師をはじめとする医療従事者の働き方改革を着実に推進し、医療従事者の健康を確保しつつ地域における安全で質の高い医療を提供するため、特に「医療従事者の業務の効率化・負担軽減に資する医療機器」については医療機関への導入を推進する方策にも取り組むとしています。

重点5分野
① 日常生活における健康無関心層の疾病予防、重症化予防に資する医療機器
② 予後改善につながる診断の一層の早期化に資する医療機器
③ 臨床的なアウトカムの最大化に資する個別化医療に向けた診断と治療が一体化した医療機器
④ 高齢者等の身体機能の補完・向上に関する医療機器
⑤ 医療従事者の業務の効率化・負担軽減に資する医療機器

第二期基本計画における重点5分野

 これにより、医療従事者の労働負担軽減を目的にキヤノンと共同開発していたシステムが、国の政策に則したシステムかつ今後5年間で特に注力するものに含まれることになりました。完全な後付けの大義になりますが、今後もキヤノンメディカルシステムズ株式会社およびキヤノンITSメディカル株式会社とは、医療従事者の労働負担軽減のために、新たなCIEDsに対応するためのアップデート等を含めて、更なる利便性を追求した共同開発を継続していきたいと考えています。

CIEDs遠隔診療の展望

 寄り道をしましたが、本題に戻りたいと思います。今後のCIEDs遠隔診療の展望について少しだけ触れていきたいと思います。

AI(Artificial Intelligence)


 医療業界のICT化が叫ばれる以前から、CIEDsはルールベースのアルゴリズムであるものの、不整脈を自動的に検知し、自動で治療するという人工知能のような機能を搭載してきました。また、上述したようにMedtronicはディープラーニングによる心電図識別機能(AccuRhythm AI)を開発しており、今後は本物の人工知能を搭載したCIEDsが続々と世に出てくることでしょう。 

 実際にMedtrronicは心電図以外にも、機械学習によって心不全の悪化を予測する機能であるTriage HFをリリースしています。複合的なバイタルデータを機械学習によって学習・識別させることで、従来の心不全予測よりも精度の高いものが実現できたようです。

 ただ、Triage HFを実際の臨床で使用したデータでは、心不全増悪を特定するための High HFRSの感度と特異度は、それぞれ98.6%(92.5-100.0%)と63.4%(55.2-71.0%)、全体的な精度は74.7%(68.5-80.2%)となり、偽陽性が多いことがわかりました(Triage~HF Plus)。今後の日本での展開が待ち遠しい機能ではありますが、実臨床での活用には工夫が要るかもしれません。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ehf2.12529


PHR(Personal Health Record)


 また、禁煙アプリの保険収載が記憶に新しいPHR(Personal Health Record)領域にもCIEDsは手を伸ばしています。2019年からMedtronic社はデバイス本体にBluetoothを内蔵してスマートフォンのアプリと繋がる機能をリリースしています。

Boston Scientific社およびAbbott社も同様にスマートフォンとの接続可能なデバイスのFDA認可を取得しています。

 Abbott社は、ICDの遠隔モニタリングデータを患者に共有することの影響を調べるためにStudyを実施しています。
 PHRを通じてICDデータを共有することの影響を評価するため、患者128人を、「グループA:PHR」「グループB:郵便」の2群に無作為に割り付け、6ヶ月のフォロー期間を経て、データ受け取り方法の違いによる患者エンゲージメントレベルを比較検討しています。結果、グループAおよびBの半数は高いエンゲージメントレベルを有していましたが、B群はA群に比べ有意に低い結果となりました(P = 0.0494)。PHRを利用することで、治療に対するエンゲージメントレベルを維持しやすくなるようです。
禁煙アプリもアプリで治療の継続をバックアップし、長期の禁煙への取り組みをサポート可能となった結果、禁煙の継続率が有意に高くなりました。CIEDs情報の患者への共有も患者の病識を高め、行動変容を起こさせることに繋がるかもしれません。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pace.13505 


Wearable Device


 またもや少しCIEDsから脱線しますが、今後の遠隔モニタリングを含めた循環器診療を語る上でWearable Deviceは外せないと考えているので、ご紹介したいと思います。
 Wearable Deviceを語る上で避けては通れない論文と言えばApple Heart Studyです。2019年のNEJMに掲載され、Wearable Deviceによる心房細動検出の有用性が証明されました。Apple Watchによる不整脈通知には遠隔技術が採用され、その後のECGパッチによる心電図で心房細動が同定されたのは450例中153例[診断率34%]であり、Apple Watch陽性かつECGパッチ陽性から導き出した陽性的中率は、0.84(95%CI 0.76~0.92)でした。診断率は低かったものの、日常生活で使用する腕時計タイプのWearable Deviceで手軽にスクリーニング可能な技術は、今後の不整脈診断の基盤として発展する可能性が充分にあると考えています。

 Apple以外にも、Googleに買収されたFitbitはApple Watchと同様の不整脈診断Studyを実施していますし、Amazonは米国の電子カルテと接続可能なWearable Deviceの販売を開始しています。
 巨大IT企業の資本が続々とHealth Techに流れ込むことで、今後はソフトウェアとしての医療機器、サービスとしての医療機器(Software as a Medical Device)といった概念の医療機器が認証されていくと予想されます。体調不良を自覚し病院を受診するといった従来の方法から、未病の段階で早期に発見し、早期治療を促す方法を取ることで、生命予後改善に寄与するだけでなく、医療費を削減し、医療そのものを持続可能にする技術として、Wearable Deviceを含めたSoftware as a Medical Deviceと遠隔医療は、今後ますます注目されていくと思われます。


まとめ


 新型コロナウイルスの襲来により、様々な産業でDX(デジタルトランスフォーメーション)の波が押し寄せています。医療も例外ではなく、外来を含めた遠隔診療の期間限定解禁や遠隔服薬指導の法整備など枚挙にいとまがありません。Apple Watch外来を実施する医療機関も現れています。
 2019年12月に循環器病対策基本法が施行されたことで、今日の日本人の死因の多くを占めるようになった循環器疾患は社会的課題として位置づけられました。さらなる治療の質向上および経済性を考慮した医療体制を実現するために、今後もICTを含めた最新技術が投入されていくと予想されます。
 事実、2022年6月に閣議決定した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」において、政府は医療DXを掲げ、「全国医療情報プラットフォームの創設、電子カルテ情報の標準化等及び診療報酬改定に関するDXの取組を行政と関係業界が一丸となって進めるとともに、医療情報の利活用について法制上の措置等を講ずる。」としています。
 末端の医療従事者としてどこまでできるかわかりませんが、患者への有益性、医療従事者の生産性向上、新たなエコシステムの創造を目標に掲げ、今後も自分なりの社会貢献を模索していきたいと思います。

 冗長と思いながらも、論文ではないので、好きなようにふらふらしながら執筆しました。次はどうするかわかりませんが、新たな取り組みが一段落したら、また書いてみるかもしれません。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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