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「解像度」と「スピード」の優先順位

たいていの物事は、二者択一じゃなくて、グラデーションだったり、ケースバイケースだったりします。

まあ実際にそうなので、『グラデーションだ!』とか『ケースバイケースだ!』とかって言ってたりすると、いかにも正しいことを言っている感を楽に出すことができます。

けど、大事なのは『グラデーションだ!』とか『ケースバイケースだ!』とかと断言してドヤ顔をすることではなく、それを大前提としてじゃあどういった感じでグラデーションなのかとか、どういったときにAの選択肢を取るべきで、どういったときにBの選択肢をとるべきなのかとかっていう、解像度を高めることだなと、自戒の念も込めて感じます。


ただ、それと同時に(きょうの話は二転三転しますが)、解像度を高めることはもちろん大事なんですが、解像度を高めることに固執して、身動きが取れなくなることは、もっと良くないです。

だからここはケースバイケースの話になってくるんですが、という無限ループ、、、

AかBかの二択を取れるくらいの、ある程度の解像度になったら、思い切ってAだ!と決めきってしまったほうが、良くも悪くも次のステップに進めるて、なんらかの展開が起きるので、結果的に解像度が高まるということも往々にしてあります。

このあたりの話は、特にキャリア関連がイメージしやすいかなと思います。


例えば『自分のやりたいことってなんだろう』ってことを考えていたとして、いろいろと要素分解をしたり分析をしたりして、解像度を上げることももちろん1つの手です。(こっちが丁寧に解像度を上げるやり方)

でも一方で、『そういやおれ文章を書くのが好きだから、ライターになろう!』とメディアで働き始めてしまうやり方もあります。

これだと、『実は全然合ってなかったわ!』と失敗する確率も高いかもしれませんが、逆にその過程で『実はライターの、インタビューというプロセスで、人の話を聞くのが好きだったんだな』と気づいて(解像度が上がって)、例えばカウンセラーに転職するみたいなこともあるかもしれません。


『自分はライターという業務の人の話を聞くという工程が好きなんだな』と丁寧に要素分解して気づくこともできますが、どっちのほうがより早くそのことに気づけるのかなということです。


ここまで聞くと、『じゃあとりあえず解像度が低い状態でも動き出しちゃったほうが得じゃん!』というイメージがあるかもしれません。

しかし、再びケースバイケースという単語を使ってしまうのですが、例えば結婚を例に取れば、お互いに相性が良いのか悪いのかよくわからないまま結婚して、『ダメだったときは離婚すればいいじゃん!』という考え方も、もちろんあるかもしれません。

しかし、一度法律的に結婚したあとに離婚しようと思ったときに、相手によっては裁判が起こったり、お金を払うことになったりして、解像度が低い状態でしたことによる損失が非常に大きくなってしまう場合があります。

こういうときは、いろんな人と付き合う経験を重ねたり、結婚したいと思った人と丁寧な話し合いをして価値観のすり合わせをしたほうが、いいかもしれません。


ということで、最近考えている『解像度を丁寧に高めるべきときと、思い切って意思決定しちゃったほうがいいとき』についての話でした。

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