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過去の8月に撮った写真を振り返ってみた

毎日毎日、体温に近い気温に怯えて外出を控えていたらもう、8月も終わりを迎えた事に、少しだけ愕然とする。
 
日々、特にしなくてはならない事が無くなると時間の流れが変わり、人との会話が減る生活に慣れると、他人が居る空間に身を置く事に苦痛を感じるようになるらしい。
「何もしないって飽きないの?」と質問されれば「幸せだよ」と返すけど、実際これほど楽な生き方って過去に無かったなぁ・・とあらためて感じている。

9月1日は防災の日。
関東大震災が発生した9月1日にちなみ、また台風の襲来が多いと言われる二百十日にもあたるからと昭和35年に制定された。 
 
ほぼ全域が焼け野原となった横浜の中心部は、横浜スタジアムがある横浜公園で水道管が破裂して水浸しになったために火災から逃れる事ができ、多くの人々の命が助かったと言われている。

鎖国を解いた時期に開港した横浜・長崎・函館は似たような雰囲気があり、長崎と長崎にはカトリックとプロテスタント、函館にはロシア正教の教会が多数あった。

函館ハリストス正教会

横浜には、こういった古い教会は少ない。
それはまさに関東大震災による倒壊と火災によるもので、江戸から明治にかけて建築された教会などは尽く倒壊と焼失に遭ったのだ。
異国情緒が残っている山手も、明治の姿をそのままに残しているワケではなく、移築したり再建したものがあるだけのこと。
あまりに有名な「カトリック山手教会」が建てられたのは昭和8年(移築)。プロテスタントの教会として山手にある「横浜山手聖公会・教会」は昭和6年(再建)。「横浜指路教会」は大正15年(再建)となっていて、戦前の建物がどうにか残ったと考えるべきだろう。

私の家は真言宗なのでキリスト教に興味は無いが、その建物には歴史的建造物としての価値と魅力があって、写真に収める事が多かった。

8月の過去データを整理していて気付くのは、終戦記念日があるって事もあるけど鎮魂に関わる写真を多く撮っていること。
一年に一回くらいは戦争の事を考える旅をしようと考え、広島・長崎をはじめとして鹿児島の特攻基地があった知覧や鹿屋へ行くなどして、史料館であまりにも悲しい記録に触れながら、未来に向けて自分ができる事を考えてきた。

横浜も大空襲があり死者は1万人に届いたとの情報もあるが、広島や長崎の様な大規模な慰霊行事はない。
そしてそれを伝える人達はあまりに少なく、見れば思い出せるような遺構があるわけでもないのは、戦後の復興に生きる人達が前を向いて生きるしかないと思っていたからなのかも知れない。

浦上天主堂の被爆遺構(石像)

長崎には、広島の原爆ドームになり得る遺構が存在しない。
浦上天主堂は爆心地から約500mの位置にあり、原爆ドームに匹敵する遺構ではあったが、長崎市議会の決議による保存要請も空しく1958年より解体工事が始まった。(爆心地公園に外壁の1部が移築されている) 
 
何故そうなったかは諸説あるが、一部では「キリスト教の国アメリカ」が自ら落とした原爆で教会を遺構にしてしまった、という現実に耐えられなかったからと説く人もいる。
勿論、現地に行けば多くの遺構は今も残っていて見る事ができるのだが、シンボルとなるような物が無いからか8月9日に広島の街全体が祈念するような空気感は、存在しないと感じてしまう。

8月に撮った写真は、かように重い感情が乗っかっているものが多かった。
そんな気持ちで撮るから、写真にもその影響があるのだとは思う。
でも、今ある幸せを築いてくれた人達への感謝と、未来を託すべき人達への何らかのアウトプットは、これからも続けていこうと思っている。

旅行先では、「その地でしか食べられない」もしくは発祥と言われる料理を食べる事が大事、と思っている。
 
函館では海産物や塩ラーメン、はたまた鶏唐が入ったバーガー等を楽しんだけど、長崎だったらやっぱりチャンポンか皿うどん。そして皿うどんには専用とも言うべきソースをかけて、味変を楽しむのが面白かった。

「皿うどん」とあるのに何故か中には揚麺。
これは店によって色々で、細い揚げ麺ではなくチャンポンに使う太麺を使った焼きソバを出す店もあるし、両方あって細麺か太麺かの指定が必要だったりもする。
 
横浜中華街でも焼きソバと言うと揚げた細麺か普通の麺を茹でてから具材と炒め(もしくは麺だけ焼いてから)るパターンが混在していて、焼きソバだけ食べ歩いたら面白そうだと思った事もあった。
 
いずれにしろ、食べ物を選ぶ事ができる幸せを噛みしめる旅行でもあるので、両手を合わせて「いただきます」と言う際には、平和を祈念する事は忘れないけど。

横浜在住としては「これが横浜らしい食べ物だ」と言い切れないほど幅広い料理があるので、旅行者に「コレを食べてけ〜」と指定できないのが心苦しい。
強いて言うなら、横浜にのみあった料理として「生碼麺(サンマーメン)」というモヤシを使ったトロミ餡かけソバが唯一あげられるけど、それも既にカップラーメンにも登場しているので、今更感が強い。
発祥と言われる聘珍樓は既に閉店しているので、オーセンティックなバーで横浜発祥の「ジャックター」というカクテルを飲んでいただきつつ、誤魔化したいと思っている。
 
それにしてももう9月ですか。
時の流れが早く感じるのは、新鮮な事が起きていないって証拠。
身体に相談しつつ、ちょっと出歩いて写真撮りますかね。


 

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