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再生 8話

国枝良子は学校に通い続けた。
この時間もあと少しで終わる。あと半年すれば高校を卒業する。そしたら一人暮らしを始めよう。
じきに親戚とも疎遠になっていって、生きていても死んでいてもどちらでもいい存在になるんだろう。
私は生まれ変わって、今までの誰とも今後は関わらずに自分の人生を始めよう。
今度こそ、幸せになれるかな。

教室に入り、足につけられた痣を隠すために履いている長めのスカートを整えて席に着いた。
席に着くと、後ろから複数の視線を感じた。
クスクスと笑い声が聞こえる。笑い方で、直感的に私のことを蔑んでいるんだろうと感じた。
「あいつが殺したと思ったのに」
「援交相手の親父に頼んだ可能性あるくね?」
そんなセリフが聞こえた。
あー、私が父を殺したと思われてるんだ……
援交なんてしてないし。
あと少しの辛抱だからと良子は言い聞かせて、心の奥で生まれそうになる薄暗い感情を眠りにつかせた。

上の空で授業を聞いていた。
進学する予定はないし今さら勉強なんてしても意味がないと思った。
(結構好きだったんだけどな、勉強するの)
家には娯楽がなかった。好きなテレビを見ていてもチャンネルを変えられるし、父の趣向に合わないものを見ていると機嫌が悪くなるのがわかった。たとえば勧善懲悪のアニメとか、ホームドラマとか、父が嫌いそうなものを避けて父が好きな野球やニュースだけ見ていると、父への憎悪に比例してそういったジャンルも嫌いになっていくのだった。
父の機嫌を損ねずに、会話をしないで済む勉強ばかりしていたら勉強が好きになっていた。
良子はいつも夜になると、部屋の隅で床の上に教科書とノートを広げて黙々と勉強をしていた。
中学の時にはテストの成績が学年で一番になったこともあった。
父は常々、「お前は早く働いて家に金を納めろ」と言っていた。高校に行かせてもらうために先生からの後押しを受けるためにも、学校のテストは良子にとって真剣勝負の場になっていた。
その結果、先生からの推薦もあり公立の進学校に通うことができた。父は「そんなに勉強が好きなら行け」とバイトをして家に金を納めることを条件に渋々進学を許可した。
将来性を考えると進学させた方が利益につながるだろうとの計算で進学させたのだと良子は思った。
でももう必要ない。私は大学には通えない。
新生活のために、今してるコンビニのバイトの時間をもっと増やそう。
家に納める分の金がなくなったから今までより貯められると考えていた。

藤井草介が今日からまた学校に通っているということは、良子にとっては気にする意味もない情報だった。

***

給食の時間になった。
教室で給食を食べていると、女子生徒の春花が聞いてきた。進学校の中では派手な化粧をして今どきの雰囲気に近いタイプの女子だ。
「国枝さん。国枝さんのお父さん殺した犯人、捕まって良かったね」
声色と表情で、それが侮蔑や嫌味の類で言っていることはすぐにわかった。
良子はチラとそちらに目をやり言った。
「うん。これから公判とか大変だけど、犯人がわかって少しだけ安心した」
無機質に、機械的にそう答えていた。
感情が揺れないその返答にイラついたのか、春花は吐き捨てるように呟いた。
「安心したでしょうね」
そう言って春花は別の女子グループの中に入っていった。
その言葉には、“捕まらなくてよかったね”とでも言いたげな皮肉が込められていた。
あと半年。半年くらい我慢する。
私は十七年間我慢してきたんだから、あと半年くらいどうってことない。
それまでの間は人形劇を演じ続けてみせる。

良子は暗い瞳をして、未来のために意思を固めた。

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