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再生 15話

受験が終わった。
おそらく受かるだろうと草介は思った。
一応ここまで勉強してきたことや成り行き上、進学をしようと思ったが大学に通いたい気持ちは全くなかった。

良子の進路だけが気になった。
もし良子が遠くに行ってしまったら、自分も後を追って引っ越さなければならないと考えた。あの不幸体質なブスを放っておくわけにはいかないと思った。
そうしたら、大学はどうしよう。
草介は考えた。母親の顔が浮かんだ。
きっと今日も帰ったら、そわそわして試験の出来がどうだったか気になっているんだろう。今まで自分の勉強を応援してくれ、無償の愛情を注いで育ててくれた両親のことを思うと、大学をほっぽり出して良子の後を追う勇気は出なかった。
また、チラと胸に罪悪感がよぎったが、もう終わった過去をいつまでも振り返って後悔していても何にもならないと思うようにした。
これから、俺は俺の贖罪をしなければいけない。そのために最善を尽くすことだけが今の俺に残された全てだ。死よりも重い贖罪を全うして、生きる意味を果たしたら喜んで死んでやるさ。
試験のあとの帰り道で、受験生が列をなす中に一人混ざりながら流されるように駅に向かい、草介は自分の行く末を考えていた。

***

「良子ちゃん、就職先は決まったの?」
「ううん。まだ決めてないけど、東京に行って一人暮らししようと思うの。向こうなら働き先もたくさんあるかなって思うし」
「そう。力になれるかわからないけど、困ったことがあったらいつでもいいなさいね」
「ありがとう叔母さん。ずっと良くしてくれて本当に感謝してます」
「そんなこといいのよ」
あと少しの間だ。早く一人になりたい。どうせ本当に困ったときに力を貸してはくれないことはわかってるけど、今まで私を家に置いてくれたことは感謝してる。それがたとえ親戚の目や世間体のためであろうと。
良子は恵まれた家庭の中で疎外感を味わう今よりも、自分の身一つで苦労しようと自由に生き抜いていきたいと思った。

「これから私の人生は始まるの」
良子は静かに一人呟いた。

***

三月になった。
クラスで草介は良子に声をかけた。
「国枝さんは、卒業したら地元に残るの?」
誰にも興味のなさそうな草介から話しかけられて良子は驚いた。
なんだか嬉しかった。
「え、私は東京に行くよ。こんな田舎よりも就職先が見つかりそうだしさ」
そういって良子は精一杯微笑んでみせた。
「そう。ここには残らないんだ……」
少し困ったように、残念そうに呟く草介に良子はドキドキとした。
「藤井くんは大学近いもんね。あんなとこ受かってご両親も喜んだでしょ? 親孝行だなぁ」
草介は複雑そうに苦笑いを浮かべて応えた。
どうやら今の発言は失敗らしい。良子は草介の感情が読めずに苦労した。

少し沈黙が流れた。
良子は卒業したらもう誰とも関わるまいと決心していた。そこからまた親戚付き合いや友人関係が派生して面倒に巻き込まれるのはごめんだ。
私は私一人の力でこれからの人生を切り拓いていく。
再生。私は生まれ変わる。
その前に、藤井くんから自分になる術を学びたい。この人だけは、自分を生きている気がするから。
「藤井くん。変なこと聞くけど、藤井くんはたとえば誰かが藤井くんに対して望んでる姿があって、その姿を演じたほうが楽なんだけど、自分はほかにしたいこととか言いたいことがあるって時にはさ、自分の気持ちを優先できる?」
良子からの抽象的な質問に草介は驚いた。
少し思案して、草介は答えた。
「正直、国枝さんはいつも周りに合わせて自分を演じているように見えた。でも今の質問は誰も望んでいないから、国枝さんの自分の気持ちから出た質問なんだと思う。俺にそういうことを聞いてくれるその気持ちが俺は嬉しいし、それが答えなんじゃないかな」
良子は草介のいう真意がわからなかったが、なんだか肯定されたみたいで嬉しかった。
良子のキョトンとした顔を見て草介は補足した。
「つまりさ、誰かのために自分を演じた方が楽だと思ってるのは自分の思い込みで、本当は自分の気持ちを素直に出してもらえるほうが嬉しい人もいると思うんだよ。たとえば、その人の幸せを願ってる相手だったら、その人の素直な気持ちが知りたいしそれに応えたいって思うじゃん?」
たとえば、と言って誤魔化した。比喩なんかではなく、俺が一番お前の幸せを願っているんだよと草介は思っていた。しかし、それは贖罪と罪の意識から逃れるための卑怯な動機だという自覚が頭をよぎるたびに、胸を刺す痛みが走った。
良子は草介の言葉に感銘を受けた。それと同時に寂しい気持ちになった。
「やっぱり藤井くんはすごい人だな。でも、私にはそんな人いないなぁ……」
寂しそうに笑う良子がいじらしく、愛おしいと草介は思った。
愛おしいブスだ。誰からも愛されずに、誰よりも自分を殺して生きてきたんだな。不器用なのに常に気を遣って、バカなくせに必死に勉強をして、挙句大学には通えずに就職するのか。誰の力も借りれずに、東京の中でやっていけるのか?
でも俺が力になるとは口が裂けても言えない。俺はこのブスの幸せを見届けて死ぬべき人間だ。一緒に幸せになってはいけない人間だ。こいつのたった一人の家族を殺して捕まらずに平然と生きている俺がこいつと共に過ごす資格はない。陰ながら、命をかけて国枝良子を守り抜く。
最後の使命。それを果たした時に俺は、笑って死のう。愚か者の一握りの良心を、最後まで貫いたことだけを肯定して。

***

そして二人は卒業した。

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