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再生 12話

給食の時間の前に草介と春花は教室に戻ってきた。
春花は良子の方へ近づいていき声をかけた。
「国枝さん、ごめんね。ごめんなさい。国枝さんって勉強もできるし、なんかいつも周りに流されてなくてかっこいいなって思ってたんだ。だから嫉妬しちゃってて…… 大変そうなのにいっつも平気な顔してる国枝さんを見てると、私の悩んでることとかってすごくバカらしい気がしちゃって。つい意地悪な気持ちになって、怒らせてみたかったの。本当にごめんなさい」
申し訳なさそうに春花は良子の目を見て謝ってきた。
良子は冷めた感情のまま、「ううん。気にしないで。それより大丈夫だった? 頭だから心配……」と言った。
「うん。多分大丈夫。あんなに酷いこと言ったのに、私のことを心配してくれてありがとう」
「そう、ならよかった。だけどお大事にしてね」

良子は言葉がスラスラと口をついて出てくることに、自分で自分にがっかりしていた。
私は私の言葉を持ってないんだ。こう言えば一番この場が丸く収まるかなって、それだけを気にして喋ってる。
違う。私はかっこよくなんてない。なんにも平気なんかじゃない。ずっと死にたいと思って生きてきた。ただ、誰よりも自分を殺して生きてきただけ。
自分の希望が通ったことなんてない、自分の意見を言えば殴られた。だから、いっつも自分を殺してその場の正解だけを考えて演じてきたの。可愛いお人形を目指してたの。

だからあんたの本心なんて簡単にわかる。もっともらしい理由を言えば納得されると思ってる。持ち上げるような言葉を使えば許してもらえると思ってる。
本音は自分が可愛いだけ。これ以上問題を大きくしたくないだけ。所詮お嬢ちゃんなのよ。安全圏から石を投げて楽しみたかっただけ。
でも私も卒業するまで穏やかに過ごしたいだけだから、お互い様なのかな。

良子は席に座る草介を見ていた。誰も話しかけることはなかったが、男女共に草介を見る目には晴れ晴れとした敵意が宿っていた。
迷いのない正しさを感じて悪を責める時のような、揺るがぬ暴力性が心の中にあるようだった。
敏感に空気を感じとっていた良子は、いつも通りここでの正解を見つけていた。
“草介とは関わらない” どう考えても、それが正しかった。
けれど良子の足は草介を見つけた時から、草介の方へと無意識に向かっていた。
「藤井くん、私のためじゃないかもしれないけど…… 私の代わりに怒ってくれてありがとう。少し嬉しかったよ」
良子は周囲に聞こえないようにヒソヒソと話しかけた。
「いや…… そんなことは気にしないで」
草介は良子の言葉なんてまるで聞いてないように、目を合わせずに化学反応のように機械的に言った。
良子はこちらを見ずに言う草介に寂しさを感じながら自分の席に戻った。
(この人は私のためなんて全く思ってなかったんだ。多分、自分の正義を当たり前に貫いてみせただけ……)
(それでも、この悩ましい顔はなんだろう。信念を貫いたにしては、とても苦しんでいるような……)
正解を演じる人形劇に参加していないような草介の姿に、良子は強い興味を抱きはじめていた。
良子は生まれてはじめて、意思のままに話してみたいと思っていた。

「藤井、お前許さねえからな」
春花と仲のいいクラスメイトの祐一が草介に言った。
その目は真っ直ぐに草介を睨みつけている。その光景を良子は眺めていた。ほかのクラスメイトも同じように眺めていた。
祐一の真っ直ぐな瞳から打算の色を見つけたのは、果たしてこの中で何人いるだろうかと良子は考えていた。
祐一はきっと草介と取っ組み合いの喧嘩をしたりはしない。祐一が仕掛けなければ草介もなにもしないことを祐一はきっとわかっていて言っている。それでクラス中に、自分が正義感の強い人間であること、仲間思いの情が深い人間であることをアピールできるのだから楽な仕事だ。
草介は祐一の声がほとんど聞こえていないかのように表情一つ変えずに、「うん…… 」と小さく頷いた。
拍子抜けして続く言葉が思いつかないような祐一は、「ざけんなよ! やったことわかってんのかよ!?」と声を荒げた。
「うん…… そうだね」
「お前……! 最低だな! 女子に手出すとかそれでも男かよ!?」
「……」
祐一は当初からの目的を達成できたような満足感のある声で、草介を倫理的な言葉で責め続けた。
春花が止めに入る。
「祐一。やめてよ。藤井くんだけが悪いわけじゃないから」
「だけどさ…… こいつのしたことは最低だよ」
「いいの。もうやめてよ。私なら大丈夫だから」
春花は春花で、慈悲深い被害者の立場を手に入れたのかと、良子は刺々しい感情で思っていた。
(全部、茶番劇…… )
良子の目には、草介だけが本当の人間な気がした。

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