見出し画像

【野球】東京オリンピック・侍ジャパン総括

日本中が固唾を呑んで見守った日米決戦から一夜明けた。夢のような確かな現実。いまだ余韻から冷めやらぬところもあるが、だからこそ今このときに東京オリンピックの野球競技を振り返っておきたい。


不安を覚えた選手選考

まず、メンバー発表の際には率直に疑問の方が多かった。本職のセンターは柳田悠岐(ソフトバンク)しかおらず、近藤健介(日本ハム)と栗原陵矢(ソフトバンク)は役割が被る。順当にスタメンを並べていけば内野の控えは1軍では遊撃以外経験のない源田壮亮(西武)のみになり、北京オリンピックの悪夢再来が頭をよぎった。
投手陣も直前に〝タオルの呪い〟にかかった岩崎優(阪神)、怪我明けの千賀滉大(ソフトバンク)らがメンバー入りする一方、今シーズン絶好調の柳裕也(中日)や宮城大弥(オリックス)は選考漏れするなど、実績偏重ともとれる顔ぶれとなった。

もちろん裏では様々な調整が行われていたであろうことは想像に難くない。選手のコンディションや所属球団との折り合いもあり、水面下での打診を断られたケースもあったのではないかと思う。しかし、それでも外野から見ている分には疑問を持たざるを得ない選考であった。


開幕しても不安の日々

予選リーグが始まってからも、不安は払しょくしきれなかった。開幕戦となったドミニカ共和国戦。先発のエース・山本由伸(オリックス)は期待通りのピッチングを見せたが、早めの継投に入った首脳陣の采配が裏目。7回、あとを受けた青柳晃洋(阪神)が連打を浴び2失点。役割を果たせなかった。
その後の継投も微妙だった。セットアッパーとして期待された平良海馬(西武)、国際大会経験豊富な山﨑康晃(DeNA)につないだのはよしとして、1点ビハインドの9回表に広島のルーキー・栗林良吏(=トヨタ自動車)を投入。ストライクをとることに苦労し1点が限りなく致命傷に近いマウンドでその1点を失った。
チームはその裏、相手のミスに連打と小技を絡め、逆転サヨナラの劇的な幕切れに至るのだが、ネット上では「首脳陣のミスを全て選手が尻拭いした」との声も大きく、手放しで喜べるものではない、いわば薄氷を踏む勝利であった。

その後も敗北が許される予選リーグのうちに梅野隆太郎(阪神)や大野雄大(中日)らに実戦の機会を与えない、山田哲人(ヤクルト)の調子がいいにもかかわらず不調の菊池涼介(広島)をスタメンから外さないなど、不可解な采配は多かったと言わざるを得ない。


決断する首脳陣、まとまる選手たち

しかし、これがノックアウトステージになると様子が変わってきた。より1敗が重くなる今後の戦いで、24人の選手のうち誰を中心に据えて戦うのか、一気に役割がはっきりとしてきたのだ。
まずはいきなりの正念場、1回目のアメリカ戦。イマイチ調子の上がらない田中将大(楽天)を4回途中で諦めた。球数69。メジャー経験豊富な彼であれば決勝の中4日は十分に登板可能な日程であったが、ついに稲葉監督は田中をマウンドに送ることはなかった。試合展開によっては当然選択肢としてあったはずだが、決勝では肩を作る姿すらテレビに映らなかった。それだけ決勝での優先順位は低かったのだ。

一方、田中の後を受けた岩崎には一定の目途が立った。次戦の韓国戦でこそランナーを背負った状態でのリリーフで同点打を浴びたが、それもスイングは完全に崩しきっており、対左打者に関しては絶大な信頼を置けた。
さらに続いた青柳は誤算だったが、「捕手が梅野かつ得意の右相手でも使える状態にない」ことで見切りをつけた。
病み上がりの千賀は回をまたぐ見事な投球で健在ぶりをアピール。ホームでの登板となった山﨑は良くも悪くもいつも通りだった。大野は多少コントロールにばらつきが見られ、対左要員としては岩崎の優先度が上がる結果に。大野はそのまま先発が早期降板した場合の第二先発や、負けて試合数が増えた場合の先発要員へと回った。栗林はタイブレークとなった10回に見事0封。侍ジャパン守護神の座を不動のものとした。

そのほか予選から好投を続けた、こちらもルーキーの伊藤大海(=苫小牧駒沢大・現北洋大)はふてぶてしさすらすら感じる投球で回またぎのできるセットアッパーとして君臨。森下暢仁(広島)も2回の先発でしっかりと仕事をやり切った。

野手もソフトバンク勢を中心に、代表常連の坂本勇人(巨人)、山田らも好調を維持。吉田正尚(オリックス)や浅村栄斗(楽天)も欲しい仕事を完璧にやってのけた。上位打線が固まり、結果的に下位でのびのび打たせた村上宗隆(ヤクルト)が気を吐いたことも好循環を生んだ。代走からサードに入ることがルーティーンとなった源田も慣れない三塁守備を無難にこなし、近藤は守備面でやや不安が露呈したものの得意のバットコントロールで貢献。栗原も唯一の打席で値千金の代打バントを決めて見せた。

菊池と鈴木は最後まで本調子に戻ったとは言えなかったが、短期決戦は全員が絶好調とは限らない。特に鈴木は全試合4番に座り、その重圧と戦い続けた。野球というスポーツは原則として「勝っているときには動いてはならない」と言われている。鈴木を外し別の選手を4番に入れるということは、鈴木が復調しないまま新たに4番に座った選手も重圧に潰されてしまうという可能性を生むことに他ならないのだ。菊池にしてもその守備力は健在で、坂本との二遊間は12球団を見渡しても右に出るものはない。投手はさぞ安心できたに違いない。

個人的には投打のMVPとして厳しい場面でも踏ん張り続けた栗林と、数字もさることながら献身的なサポートに徹した甲斐を挙げたいが、トータルバランスという面では全員に役割があった代表だった。

謝らねばならない

さて最後に、私は稲葉監督をはじめとした首脳陣に謝らねばならない。配信でもたびたび話していたが、やはり私はおそらく決勝戦が始まるころになっても首脳陣への不安を払しょくしきれていなかった。

でも不思議なもので、決勝で繰り広げられた好ゲームを前に、いつしかそんな感情も消え失せ、ただいち野球ファンとして心より応援するだけの私がいることに気づく。チームが一丸となっているのが画面やSNSを通して伝わってきて、本当にいいチームになったんだなと実感できた。それゆえに優勝を決めた瞬間は、久方ぶりに心を震わせることができた。

稲葉監督はこれにて契約満了。勇退だそうだ。代表監督で「勇退」できる監督のなんと少ない事であろう。ほとんどは「引責辞任」の形であとを追われる。勝てば官軍、稲葉監督は最後まで勝って見せた。御見それいたしました。本当に申し訳ございませんでした。


閉会式もいよいよ終わり、明日からはみな敵同士に戻る。私も、配信、オリンピック、裏の作業と睡眠を削る日々とはおさらばだ。でもやはりどこか寂しさは残る。選手たちにはこの寂しさを紛らわせるためにも、レギュラーシーズンでのさらなる激闘に期待したい。ありがとう。稲葉ジャパン。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?