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建設サプライチェーンの効率化を実現する新しいプラットフォーム「BuildApp(ビルドアップ)」

【はじめに】

前回に引き続き、野原グループ株式会社の井上淳氏のインタビュー記事をお届けします。今回は、BIMを活用したプラットフォーム「BuildApp(ビルドアップ)」のサービス群のなかでも、施設の維持管理に関わるサービスを中心に、詳細をお伺いしています。

■プロフィール

井上 淳
BuildApp事業統括本部 エグゼクティブディレクター
オレゴン大学にて建築学士号を取得後、オレゴン州の設計事務所に勤務。その後、オレゴン大学建築学部のKevin Matthew教授の3Dモデラー、DesignWorkshopの研究開発に関わり日本国内総代理店(3D Innovations, Inc.)の代表取締役(1995年〜2015年)を務める。
2006年〜2008年、オートデスクのAECエバンジュリスト、コンサルタントとして、Revitユーザーガイドラインの発行、Revitユーザーグループの設立運営事務局を務める。BSIのCOBieインターナショナルアドバイザリーボードメンバーの一員として、資格試験問題の作成に関わったのをきっかけに現在、野原グループにてBIM・デジタルツインを利用したソリューション開発に携わっている。

大江 太人
Fortec Architect株式会社代表
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築と経営の視点を掛け合わせて、建築資産の課題解決と価値創造を行っている。過去の主要プロジェクトとして、「フジマック南麻布本社ビル」「ヤマト科学技術開発研究所」「プレミスト志村三丁目」他、生産・商業・居住施設など多数。
一級建築士。

3Dデータを活用した維持管理サービスを提供開始

岡本:「BuildApp」は、建設プロセスをBIMでつないでいくサービスと伺いましたが、ほかにはどんなサービスを提供されているのでしょうか?

井上:現在新しい取組として、「BuildApp」の維持管理サービス群の開発に力をいれています。2023年12月から3Dデータを活用した建築物の維持管理サービス「SIM-ON(サイモン)」の提供を開始し、施主や建物の所有者に向けて「スマートオーナーを目指そう」という提案をさせていただいています。

前編でも申し上げましたが、私たち野原グループは、建設工程における「情報・データの分断化」を大きな課題だと感じています。建設工程では、企画・設計・生産・施工とフェーズが進んでいく段階で、データがどんどん蓄積されていきます。ただ、現在のように紙で施工情報を管理していたり、各工程ごとに別々のシステムで管理していたりすると、工程がシフトする際に、あらためて情報を登録し直すコストが発生します。このコストが最大化するのが竣工から維持管理へ移行するフェーズなのです。

設備台帳や資産台帳、図面、運用マニュアルなどが紙で管理されていると、その内容を施設管理システムに乗せ換えるコストが発生します。また、実際に施設を維持管理するフェーズに入っても、紙で情報管理をしていると、必要な資料を探し出すまでの時間と手間が発生し、工数がかかります。資料が保管してある倉庫まで出向かなければならないのも手間ですし、どの情報が最新であるかを判断するのも容易ではありません。

こうした維持管理にかかる課題を解決するため、野原グループは「SIM-ON」をサービス提供しました。「SIM-ON」は、建物の3Dスキャンデータ上に什器・設備・使用建材のデータを集約し、建物の資産管理や施設管理、IoT機器管理ができるサービスです。この「SIM-ON」を、財務・不動産管理・リース管理・エネルギー管理など、さまざまなデータベースと連動させることで、ファシリティマネジメントの効率化や大幅なコスト削減を実現します。

3Dスキャンデータは、当社が正規販売代理店を務めている「Matterport」が提供する撮影機材で空間をスキャンして作成します。このデジタルツインに、BIMデータに含まれる、または連携するアセット情報を埋め込むイメージです。

井上:「SIM-ON」はリアルの空間に紐づいたデジタルツイン上で設備や建材の情報がわかるので、資料をひっくり返す手間もなく、非常に効率的に情報を取得できます。また、平面の図面だとわかりにくい実際の位置や高さなどの情報も把握しやすいです。

そのほかにも、施設管理に必要な各種点検・メンテナンス作業のスケジュールもデジタルツイン上で可視化できます。例えば「消防点検が必要な設備が建物内に何カ所あるか」といった情報もすぐに検索でき、円滑に業務を遂行できます。近年設備点検やメンテナンスに携わる人材の不足も課題になっていますが、「SIM-ON」はビルマネジメント業界の人手不足にも貢献できると考えています。

さらに「SIM-ON」は、建物内のIoT機器を集中管理するシステムとのインターフェースも備えています。例えば、デジタルツイン上で室温を感知するセンサのスイッチを切り替えたり、水漏れを検知したセンサからの警報を受けて、スピーディーな修繕対応につなげたりする機能を備えています。そのほかにも、温度や湿度、照度、煙などを検知するセンサー、人の動きを検知するモーションセンサーなど、さまざまなベンダーのIoTセンサーの稼働状況や設定をデジタルツインのダッシュボード上で可視化、コントロールすることも可能です。今後は、このセンサーやAIなどを掛け合わせて、人間が快適に感じられる空間をつくり、建物の付加価値を高めることもできると考えています。

施主へのアプローチによってBIM活用を推進していきたい

大江:海外では、ファシリティマネジメントにBIMを活用していく人材が施主側にいることが一般的ですが、まだ日本ではそういった施主は少ないと感じています。実際のお客様の反応はいかがですか?

井上:最近では施主側から良い反応を得られることが増えています。例えば、「照明の交換」という作業を、「SIM-ON」のダッシュボードをもとに行う場合と、紙の台帳をもとに作業する場合とで、どれだけ作業時間を削減できるのか、実証実験を行いました。その結果、「SIM-ON」を使えば、紙の台帳で作業する時間の20%ほどで対応できることがわかっています。設備のオペレーション・メンテナンス業務のうち、3分の2が情報を探し出す時間に使われているとも言われていますが、この事実をオーナー様に提示すると納得していただけることが多いですね。

大江:「SIM-ON」は、どんなお客様からのニーズが高まっているのでしょうか?

井上:同じような作りの建物を多拠点で展開している企業が多いです。具体的にはデータセンターや交通機関、エネルギー施設、工場などからのお問い合わせが増えていて、実証実験に取り組むチャンスが増えています。また、とある政令指定都市において、昭和40年代に建築した小学校・中学校をリノベーションする際に、野原グループが3Dスキャンをしてデジタルツインを構築したところ、「施工で活用したデータを維持管理にも活用できないか」といった話が現在進んでいます。「デジタルツインを作成したけれど活用方法がわからない・こんな風に使いたい」といったご相談は増えていますね。

大江:設計から施工までBIMを使うとなると通常よりコストがかかりますが、BIM活用によって施主に経済効果がもたらされるとわかれば、施主側の反応も変わってきますね。

井上:そうですね。やはり施主側への働きかけは続けていかなければならないと考えています。海外では、BIMの採用が発注要件になっているのが当たり前になっている国もありますし、国内でも既に同じ動きは生まれています。スマートに発注することで具体的にどこに経済性的バリューが生まれ、どんな維持管理業務において働き方の改善につながるか実際に検証して行くことが重要と考えています。施主側のバリューが可視化され、体験されていくこと、その機会が増えることで、日本でもBIMでの維持管理が前提の発注要件が当たり前になれば、世の中が変わっていくと思います。

【おわりに】

後編では、「BIM 設計-生産-施工支援プラットフォーム『BuildApp』」のサービスのうち、維持管理サービスを担う「SIM-ON」の機能や、施主や建物の所有者が「スマートオーナー」となるために必要なアプローチについてお伺いしました。
「SIM-ON」では、設計から施行までを通して蓄積されたデータを管理・活用するだけでなく、建物の資産管理や施設管理、IoT機器管理までできるという点に非常に驚かされました。
また、「SIM-ON」のサービスを通じた建物の維持管理の効率化など、BIMに起因するメリットを施主の方々も実感しやすくなるのではないでしょうか。

本研究所では、今後も建設DXに係る様々なテーマを取り上げてご紹介しますので、引き続きよろしくお願いします!