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エンジニアとして挫折した話

前置き

TwitterやNoteでいろいろ実名で発信しているので、ときどき社内の人にもNote見ましたと声をかけられます。で、そのときに「すごい経験とキャリアですね!」と、自分とは違う世界の人であるかのように、距離を取った感じで言われることがあります。実名で発信されている方って、だいたい、皆さんそうだと思うのですが、基本的にTwitterとかNoteに「いい話」のことしか書かないので、そういう風に見られてしまうものなのかなと思いました。ただ、私は自分自身がすごいとも思っていないですし、むしろこのように思われていると、自分が発信している目的に沿わないなと思っています。

私がいろいろ発信しているのは、自分が恩恵を受けているIT業界をよりハッピーな場所にしたいという思いなので、できれば自分事として読んでもらいと思っています。イメージとしては「へー、そんな人も居るんだ」とか「自分だったらどうだろう」とか、欲を言えば「IT業界ってそんないい所もあるんだ」とか思ってもらえたら、最高です。

前置きが長くなりました。ということで、今後は失敗談なんかも発信していって、そんな大したことない人(私)がそれなりにハッピーにやっていけるんだということを理解してもらえればと思っています。

この記事を書くきっかけ

今回は「エンジニアととして挫折した話」です。これは先日G's ACADEMYでビジネスモデルの講義を行っているときに、受講生から出た質問です。(記事を書くきっかけを与えていただき、ありがとうございます。)

「先生は最初システムエンジニアでキャリアをスタートしたのに、なぜビジネス側に移られたのですか?」

というような質問だったと思います。余談ですが、講師をしていると違和感あるのですが、「先生」って呼ばれるんですよね(笑)。少しだけ補足すると、G’s ACADEMYはみんなプログラミングを学びに来ているので、私の経歴を話した後、そういう質問が出たのだと思います。

で、そのときに答えた内容を膨らましたのが下記です。

2年目に配属されたプロジェクト

文系SEとして新卒で大手SI企業に入った私は1年目こそ大炎上プロジェクトで死にそうな目に会いながらも生き残り(その話はまた今度)、2年目はもっとだいぶ平和なプロジェクトに配属され、課長に「佐野君は最初は現場を知ったほうがいいから、開発会社のメンバーに混ざって開発(プログラミング)をやって」と言われました。通常、日本の大手SI企業に入ると、大手建設会社の現場監督とかと一緒で、新卒でもいきなり(形だけ)プロジェクトマネージャーにさせられ、顧客との折衝やプロジェクトの管理の仕事に付きます。開発は下請けや子会社の開発会社にお願いするんですね。でも、当時の課長を始めとしたマネジメントの考えや、安定した、大口の顧客のプロジェクトに配属されたおかげで会社としても余裕があり、私を管理の仕事ではなく、現場に割り当ててもらうことができました。これは本当にありがたかったし、とても良い経験になりました。

↑(参考になりそうな情報を検索して見つけたので貼っておきます。)

さて、文系SEとはいえ大学時代から多少プログラミングに親しんでいて、新卒のSE/プログラミング研修でもそれなりにできていたほうだったので、そこまで不安もなく、開発会社のメンバーと一緒に開発作業に入りました。最初は見様見真似でお手伝い的なことからやっていたと思うのですが、いよいよ、自分一人であるプログラムを作ることになりました。

割り当てられたプログラム

開発会社のリーダーからに声をかけられて

リーダー「じゃあ佐野くん、ここのウェブフォームの入力チェックのJavaScript作ってみて、大量の注文をさばくフォームだから、なるべく早く終わるようにね」
私「わかりましたと、やってみます」

と伝えて、まあ多少調べながらコーディングしてみて、何とか15秒で入力チェックが終わるコードが1週間の納期以内にできました。

私「がんばって、作ってみましたが、どうしても、15秒かかりますね」
リーダー「うーん、それだとちょっとまずいからもう1日がんばってもう少し短くできないかやってみて」

と言われてしまい、もう1日、取り組むことになりました。で、周りの方にも多少相談しながら、たしか12秒ぐらいまで改善できて、翌日意気揚々と

私「3秒短くして12秒でできるようになりました!」
リーダー「そっか、ありがとう、でもちょっとそれではまだ遅いなあ、じゃあ、Nさん、ちょっと佐野君から引き継いでやってみてくれる?」
Nさん「わかりました」

実力の差にがく然とする

で、私が書いたコードをNさんに引き継いで、わずかたぶん30分ぐらいで、

Nさん「佐野さん、3秒でできるようになりましたよ、ちょっとテスト手伝ってもらえます?」
私「ええ?もう?そして、さ、3秒!?(自分が1週間以上かけて12秒がやっとだったのに)」

実際にコードも見せてもらって、(うろ覚えですが)確かにそういう並列処理で、その関数を使って処理すれば、そうか全然早くなるんだあって思って、悔しいような、悲しいような、何よりも恥ずかしいような、気持ちになったことを覚えています。

Nさんは子会社の開発会社の社員とはいえ、某有名大学の数学科の修士までいった「できる」エンジニアなのでプログラマーとして、超優秀なのは間違いないのですが、このときに、「あ、この土俵(プログラミング)で自分は戦っちゃダメだ」ということを痛感しました。

今となって思うこと

私はテクノロジーで人の役に立つことに関わりたかったので、なんとなく、この頃はプログラミングとか技術でエンジニアとして、ものづくりを、やっていくぞーと意気込んでいたような気がするのですが、やっぱりコミュニケーションとか英語とか、そういう能力を活かして、同じテクノロジーを活かす仕事でも、ビジネス側で生きていこうと、思うようになりました。人生に正解は無いのでその判断が正しかったかどうかはわからないですが、やっぱり今考えてもあそこで、プログラミングで挫折して、エンジニアの道を中途半端に目指さなくて良かったなと思いますね。

とはいえ、20代でプログラミングを経験させてもらったことはIT業界で生きて行くのに、間違いなく重要な糧になっているし、そのような経験をさせてくれた当時のマネジメントと現場にはとても感謝しています。

最後に

いかがでしたでしょうか。私のキャリアが順風満帆ではなかったということが少しでも伝わればいいなと思っています。仕事やキャリアに限らず、人生は選択の連続です。この記事が読んでくださった方の何か参考になる、あるいは何か考えるきっかけになった、とすれば幸いです。

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