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夕暮れ時に(「森での一夜」より)

森での一夜」より

足の指先にチリチリとした痛みを感じる。目を開けようとするが、瞼が重い。ゆっくりと目を開けると暗闇が広がっていた。頭の上に手を伸ばし、ヘッドライトをONにする。手元がパッと白い光で照らされる。腕時計を見ると、既に1時を過ぎていた。気づかないうちに少し眠っていたようだ。上体を起こそうとするが、思うように動かない。バキバキと音を立て、折れてしまうのではないか。重い身体をスローモーションのように動かす。横になった時、眼鏡をどこかに置いたはずだ。しかし、頭がぼおっとしてどこに置いたのか見当がつかない。マットレス代わりのもみの葉の中に落ちてしまっただろうか?それとも、バックパックの中だろうか?バックパックに手を入れ、しばらくガサゴソしていると、底のほうで眼鏡のフレームに触れた。安堵のため息をつく。少し落ち着いた。眼鏡をかけ、スゥッーと大きく息を吸い込む。肺に入ってくる空気は鋭い針のようだ。ぼんやりしてた頭が徐々にはっきりとしてくる。そうだ、僕は森で一晩過ごしているのだ。

寝る前に大きく揺らめいていた焚火が、今は小さな赤い煌めきになっていた。焚火に近づくと、まわりの空気は温かいことに気づく。もっと火の勢いが必要ではないだろうか?地面に落ちていた枝を何本か拾い、ぽきりと折る。小さくした枝を火に放り込む。パチパチッ。白い煙がただよう。パチパチッ。目がしぱしぱする。落ち葉や白樺の皮も拾い、火の中にくべる。一瞬、ゴオォッと火の勢いが増す。闇の中にオレンジ色の炎の柱が立ち上がる。今のうちにと、大きめの倒木をいくつか焚火の中に入れる。
倒木に座り、オレンジ色に揺らめく炎をぼんやりと見つめる。確か、6時が学校に戻るバスの集合時間のはずだった。あと、4、5時間ぐらい。もう寝ないで起きていよう。頬のまわりがじわじわと温かくなってくる。それにしても、靴下の中がヒンヤリとして気持ちが悪い。寝る前に靴下を乾かしたが、中まではしっかり乾いていなかったようだ。防寒用の服の替えは持ってきていたが、靴下の予備は用意していなかった。そう言えば、夕暮れ時にクラスメイトのジョンがふらりと現れたが、彼から乾いた靴下をかりておけばよかったと今更になって後悔する。

夕暮れ時、焚き火用の枝や葉を集め終わり、倒木に座って呆けている時だった。急に背後から「ヘイ、キミ。シェルターは出来たか?」と声をかけられた。一人だと思っていたので、急にかけられた声にビクッとして飛び上がる。背後を振り返るが、森の中は薄暗く、声の主が誰なのか判別がつかない。声が聞こえた方向にジッと目を凝らす。すると、大柄でごつい冬用のジャケットを着たジョンが現れ、こちらに向かって手を振っている。「おう」と手を振り返すと、こちらに向かって歩いてくる。ジョンは、僕の作ったシェルターを横目に近くの木に寄りかかる。普段、彼とあまり話したことがないから、何をしゃべったら良いのかわからない。やはり、ホッケーの話が盛り上がるだろうか?ジョンは、どのチームのファンだっけ?頭の中がぐるぐるしてきた。彼も手持無沙汰のようで、手で小枝をいじっている。ふいに「森の中ってやることないな」とジョンが言う。薪用の木を集め、シェルターを作ったら、やることがなくなったらしい。こうやってクラスメイトのところを歩き回って時間をつぶしているそうだ。森で一人で一晩過ごすというのが、今回のブッシュクラフトのクラスのルールだったはずだが。沈黙が訪れてしまう前に、何かしゃべらなければと四苦八苦する。「夕方に薪を探していたら靴下がびしょびしょに濡れてさ。散々だよ」と無理矢理に話題をつくる。「そうか、良かったら予備の靴下持ってきたからかそうか?すぐに持ってくるよ」とジョンが言う。予期しない答えに慌てながら、「大丈夫だ。自分で乾かせるから」と断ってしまう。ストレートな優しさに上手く甘えることができない。せっかく靴下をかしてくれると言ってくれたのだから、かりればいいのに。ジョンは、断ったことに怒っていないだろうか?うじうじと考え込んでしまう。そんなことで考え込んでいるとは気づかずに、ジョンが「隣のエリアのクラスメイトにちょっかい出してくる」と、来た時と同様に唐突に去っていった。嵐が過ぎ去り、あたりが静まり返る。木々が風に揺れ、ザアッと音を立てる。また一人になれてほっとした。いや、もう少し話していたかったような、いたくないような。森での一夜は長い。

to be continued.








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