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森をさまよう(上)

重いカフェテリアのドアを手でグッと押す。ギギッと音がしてゆっくりと開く。まだ11時前ということもあり、カフェテリアの人はまばらだ。今の時間帯は、林業学校の教官や学校に隣接する市の林業課に所属するレンジャー達がコーヒーを飲んだりして休憩している。Tim Hortonsのコーヒーとドーナツも置いてあるので、僕もクラスの合間に時々休憩に来る。今日はカフェテリアに休憩しに来たのではなく、テイクアウト用のランチを取りに来た。ランチが準備されているはずだが、どこにだろうか?キョロキョロと見渡すと、食器の返却棚近くにテーブルが設置され、茶色の紙袋がうず高く積まれている。あれが今日のランチに違いない。テーブルに近付いて、自分の名前が書かれた袋を探す。奥の方に青いマジックペンでkimiと書かれた紙袋を見つけた。袋を開けて中を確かめる。サンドイッチが二つ。小麦の食パンにチキンを挟んだものともう一つはローストビーフが挟んである。それと林檎が一つ。あとはシリアルバーが一つ。テーブルの隅の段ボールからペットボトルの水を一本掴み、バックパックに詰めてカフェテリアを出た。

学校を出発するのは11時の予定なので、まだ5分ほど余裕があるはずだ。トイレに寄っておいたほうが良いだろうか?ひょいと校舎の裏口のドアを見る。ドア越しに何人かのクラスメイトの姿が見えた。バスの席がなくなるから、早く行っておいた方が良いかもしれない。トイレによるのはあきらめて裏口に向かう。鉄製のドアを押すと、入り込んできた冬の空気が顔を刺す。むき出しの頬がチクチクする。ニット帽を中途半端にかぶっていたので耳がチリチリする。今から森に行くのに、この青いダウンジャケットで十分に寒さを防げるだろうかと不安になってきた。僕らを乗せる黄色のスクールバスが裏口から少し離れた所に止まっている。既にクラスメイト達はバスに乗り込んでいるようだ。急いでバスの昇降口まで走った。

バスの中に入ると暖房の温かい空気がムワッと押し寄せてきた。周りを見渡し、空いている席を探す。視線を移動させると、真ん中の席にジムが座っていた。隣の席が空いている。バックパックをぐいっと担ぎあげ姿勢を整え、早足でジムの横に移動する。「ヘイ、ジム」と手を振り座る。厚着をしているので座りにくい。ジムがこちらを見て「ヘイ、キミ」と笑顔を返す。他のクラスメイト達の顔を見渡す。皆、緊張と興奮を顔に漲らせている。僕達はこれからNavigationクラスの最終試験に向かう。地図とコンパスだけを使い、森を一人で歩き、5時間内に教官から指定された5本の木を探す。今週から始まる一学期の期末試験ウィークの中でも、このナビゲーションの試験は他のクラスと比べて異質だ。普段の実習では教官やクラスメイトと一緒に森で実習を行うが、今回は森の中を一人で歩く。視線を隣に戻すと、ジムは地図を広げて真剣に見つめている。僕も慌ててバックパックから自分の地図を取り出す。前回のクラスの最後に配られた森の地図。昨日、図書館で磁北線を書き加えた。それから、与えられた位置情報を基に試験で見つけ出す自分の5本の木の位置にマークを入れた。森を一人で歩くのに、こんな紙の地図だけで大丈夫だろうかと急に不安がこみ上げてくる。

ダダッという足音とともにナビゲーションの教官のロブが乗り込んできた。こちらを見て、唇の端をつりあげニヤッとする。「緊張してるか?」と大きな声で言いながら、ジップロックを頭の上に掲げる。「森に着いてバスから降りる時に君たちのスマホをこのバッグに入れてくれ。今回の試験では、地図とコンパスのみ使うことが許されている。もし森の中でスマホで誰かと連絡を取ったり、マッピング機能を使ったことがわかった場合は、その時点で退学となるから注意してほしい」と告げる。前回の講義で伝えられていたことなので、驚きはしない。クラスメイトの何人かがロブの声にブーブー文句を言っている。乗り遅れていた数人のクラスメイトがバスに乗り込んでくる。ようやく、バスが動き出した。

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