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森をさまよう(下)

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進むべき道を失ってうろたえる。地図が頭の中をスルーしていく。しばらく、呆然としていると、ATV(四輪バギー)がゆっくりとこちらに向かってくる。運転しているのは教官のロブ。こちらに気がついたようだが、にこりともしない。「試験中に見回りに来た教官とは口を聞いてはいけない」がルール。しかし、テンパっていたので彼に話しかけた。ロブは、No. No.というように首を横に振る。しゃべりかけてはいけない。君が困っていたとしても、ヒントも教えることはできない。そんな声が聞こえてくるようだった。がっくりとうなだれ、ロブに背を向けてその場を立ち去る。一体どこに向かえばいいのだ?思わず、「くそっ」という日本語が漏れた。闇雲に駆けだそうとした瞬間、背後からATVが近づいてくる音が聞こえた。ロブが「大丈夫か?」と尋ねてくる。「くそっ」と呟いたのが聞こえたらしい。普段は大人しい僕の様子が気になったみたいだ。「くそっ」ってどんな意味?と少し笑いながら聞いてくる。ロブがアドバイスをくれる。「もう一度、落ち着いて自分の周りを観察してみるんだ。目の前に川があって、あそこには崖がある」と崖の方向を指さす。「そして、地図をもう一度見るんだ。今、君がいるこの場所はどこだ?」と僕に分かるようにゆっくりとはっきりとした発音で伝えてくれる。息を大きく吸う。OK、一人じゃない。くしゃくしゃになった地図を広げる。目を大きく開け、川と崖のサインを探す。「今はここにいると思う」と伝える。ロブが笑顔で頷いた。自分がどこにいるのか、ようやくわかった。「一番近い木まで30分あれば楽に行ける。最後まであきらめるな」とATVにまたがりながら言う。「それと、試験中にしゃべったことは他のクラスメイトには言うなよ」と付け加えて、去っていった。

腕時計を確認すると、もう16時近い。制限時間までは、残り一時間。何とかあと1本見つけたい。このクラスの単位を絶対に落としたくない。地図の上にコンパスを置いて調整する。立ち上がり、コンパスの回転盤の矢印と赤い矢印が平行になるように地図を動かす。方向がズレたりするのは怖いが、一歩一歩ゆっくり歩くわけにはいかない。コンパスを信じて前を目指す。どんどん進んでいくと、猟の対象地という警告のテープが張られているエリアに当たった。さすがにこんな細かい情報までは地図に載ってはいない。この道をまっすぐ進まなければ、4本目の木がある場所までたどり着けない。警告のテープを無視して、猟のエリア内に入る。どうか撃たれませんように。しばらく走っていると、4本目があると思われるエリアに到着した。木の幹を注意深くチェックする。ここにあるはずと信じて木の幹を見て回る。あった!プラスチックのカードが打ち付けられている。4本目を見つけることができた興奮と安堵でメモを取る手が震える。残り時間は30分。後は、林業専用道に戻るだけ。

コンパスをセットし、森の中をひた走る。途中、何度も転びそうになった。体勢を立て直しては、走り続ける。時計を見ると、既に17時を過ぎている。まだ林業専用道は見えない。枝が服に引っ掛かるが、気にしてはいられない。息があがる。もう限界だ。あともう少しだけ。足を必死に動かす。視界が開けた。林業専用道に辿り着く。息はなかなか整わない。周りを見渡す。もうバスは行ってしまったのだろうか?置いてけぼりということはないと思うが、間に合わなかったのかとがっくりとくる。とぼとぼと歩き出す。林業専用道を歩いてればバスに追いつくかもしれない。少し歩いていると、前方にクラスメイトのエミリーが見えた。「ヘイ、エミリー」と声をかける。彼女もこちらに手を振る。すると、前方からバスが近づいてきた。ほっとしながらバスに乗り込む。ほとんどのクラスメイト達が疲れ切った顔で座っていた。ジムの顔を見つけ、隣に腰を下ろす。「どうだった?」と聞くと、「4本見つけた。1本しか見つけられなかったやつもいるらしいぜ」とクラスメイトに目線を動かす。つられて僕も目をやった。



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