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友近賞受賞作「県民には買うものがある」(2/5)

 今しかない、と思った人間はときどき自分の想定以上に突飛なこともやって退けてしまう。私とヒロミちゃんはスマートフォンを使って、それぞれ適当な相手を探すことに決めた。
 流行っていてユーザー数も多いネットサービスではなく、今では寂れてしまったコミュニティ型SNSってところが味噌だった。私もヒロミちゃんも「冬の匂いがすき」コミュニティや「実は寂しがりや」コミュニティに入るだけ入って、受験期間はずっと放置していた。ひさびさに開いたアプリの中はフレンドの最終ログインが軒並み1年以上前で廃墟みたいだった。
 地元にずっといるから車とお金はあるけど、趣味がなくて暇な、若い男。このサイトの「滋賀県コミュニティ」あたりに、そういうのはまだうじゃうじゃいるはずなんだと、ヒロミちゃんは私に力説した。彼女はときどきこういった勘が冴える。
 ポテトを食みつつ、ヒロミちゃんはこんな風にも言った。
「そういう人らはな、あたしのこと『ヒロミ』やなくて、女子高生としてしか見いひんから」
 やからぴったりやろ、と。私はチーズバーガーを咀嚼している最中だったので無言でうなずくことしかできなかったけど、彼女の言ったことは演技じみてるわりに、恐ろしく的を射ている。
 何より相手は、こちらが消耗させられるような魅力ある人ではいけなかった。私たちが求めるのは一人の素敵な男性ではなく、あくまで夜中に待ち合わせる時間や、車での移動や、口内にある性器の感覚、そういうものを提供してくれる「人間」だ。必要なのはそれだけで、それと自分たちの「女子高生」を等価交換するのみなのだ。
 ヤバい人には引っかからんようにしよ、とお互いに言いながらナゲットをぽいぽいつまんで口に入れた。衣が青みがかった紺のプリーツスカートにこぼれて、私たちはそれを手で払う。
「なーんかさみしいなぁ、ほんま」
 ぱん、とスカートを払いながら出る彼女の身も蓋もないようなことばは、考えあぐねて繰り出される壮大な言葉たちより、ずっとずっと良い。

 私たちがそんな風に雑に人を求めるのは、とにかく荒療治でもいいから、今のうちに誰かと感情を潤ませたり、荒立てたりしなければいけないと思っていたからだ。滋賀って高校生がただ一人で存在するには耐え難い場所だ。自転車と電車だけでは可動範囲も狭すぎるし、感受性に訴えかけるようなものがなさすぎて、一人でいるとカラカラに乾いてしまいそうになる。

 ヒロミちゃんはそうならないように、ときどき私という穴に自分の感性を乱暴に放り投げてきた。自分はこんなに多くのものを享受しているのだと、一気に絞り出してみせる。
 ヒロミちゃんは高校に入ってはじめてできた友達だった。
「あたし、電信柱とか空が好きやねんなぁ、なんか切なくなる」
 そう話す彼女のことを、こういうこと人に言って気持ちよくなる子なんだ、って最初のうちは思っていた。でも、彼女がセンチメンタルなことを言うときは何だか切迫したかんじがあることに、私はだんだんと気付いていった。
 いつも彼女は手先をひらひらと動かし、瞳をぱちぱち瞬かせ、まるでディズニー映画のお姫様みたいな所作で話をする。だけど心の中ではまるでゲロを吐くときみたいに涙ぐんで、情けないって自覚して、嗚咽しながらすべてを吐き出しているのかもしれない。そして目の前の私が相槌をうつことで、枯渇しそうな彼女の感性に、潤いがほんの少し取り戻されているのかもしれない。
 そう思えてきてから、私は彼女のことを疎んだりはできなくなった。それに彼女が私の肯定を求めていることに、私のほうが潤わされていたのも事実だったから。

 林田くんは、もうすでに滋賀で干からびきってしまったほうの人間だ。
 彼は高校を卒業するまでの間、若さや感受性のすべてを地元で浪費してきた。飲食店とクリーニング屋と薬局がいっしょになったスーパー、看板が店全体を覆ってしまうのではないかと思うほど大きいホームセンター、どこから行っても遠そうなファミレス。その程度しかないあの街でだ。彼を潤わせるものは毎週月曜の週刊少年ジャンプとモバゲー、あとはセックスくらいのものだった。
 初体験は15歳のときだと言っていた。初めて付き合った同じクラスの彼女と、近所の神社の裏で。それからは毎日ヤりまくって、彼女と別れてからもいろんな人とヤって、幸せだった。らしい。
 林田くんの気持ちも想像できない事はない。こんなに構成する要素が少なくて、きめの粗い世界でも、誰かとセックスできれば何だかぜんぶが上等になるような気がする。夜の風が冷たかったり、稲の匂いがしたりといった、一見何でもないようなことがちゃんと心に音階をもたらすようになる。安っぽいと分かっていてもここではそういう気持ちになれることがなにより貴重で、なかなか手離せない。
 でも、あくまで安っぽい上等だと気付かないままそこに頼っていると、彼みたいにイオンのパーカをずっと着てしまうことになる。しまいには車で女をものにした気になってしまう。彼の世界ではいつの間にか丸眼鏡やニューバランス、それ以外にもいろいろな文化が存在すらしないことになっている。

「エクレアいらんの」
 聞くと、チョコ嫌いやねん、と林田くんは言った。私はしょぼくれてエクレアをかごに入れ、彼はペットボトルのC.C.レモンとソーセージの挟まった長いパンを入れる。林田くんとは食べものの趣味だって少しもあわない。ホテルへ行く前、いつも寄るコンビニではことごとく違うものを選ぶし、それが笑いに昇華されることもない。
「私、ちょっと払う」
「いや、ええよ」
 私が財布を出すのを遮りながら、林田くんはいつものようにすかさずポイントカードを出した。彼はいつ何時だってカードを出し忘れない。もう2000ポイント貯まっているのだと、この前自慢げに話していた。私もコンビニのカードは持っているけど、たいがいモタついて出しそびれてしまう。後から出してもつけてもらえんねんで、ポイント。林田くんは教えてくれたけど、出せなかったらもういいか、って私は思う。
 林田くんは会計を済ませるとありがとう、と笑顔で商品を受け取った。店の人には、いつだってすごく愛想がいいのだ。

3につづく

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