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「時間を再定義」する時計を買った話

2年ほど前に検討していた製品の関係で「時間とはなにか?」という話に興味をもち、色々と調べていたらこの製品に行き当たりました。
https://thepresent.is/

今は3種類の時計があるシリーズ物なのですが、当初は「1年時計」のYearがクラウドファンディング・サービスのKickstarterのプロジェクトでした。製品としての特徴を簡単に挙げると:

・電池駆動する単体の壁掛け時計
・針は一本だけ
・それが365日間かけて一周する
・四季を表す色のグラデーションがある

以上です。
え?って感じかもしれません。
あるいはコンセプトは分かるけど、アプリでよくない?って思うかもですね。

Yearのフェイス

結論から言うと、これは機能性を求めて買う物ではないのです。基本はアートであり、哲学。そして物理的な単体製品だからこそ意味があるもの。作者のScott Thrift氏の「時間という我々にとって当たり前のようでいて、実は狭いフレームでしか理解していないものを再定義しよう」という熱意から産まれた作品であり、それに意味を見出し、共感するファンが購入するもの。決して単純に「便利だから」で買うものではないですね。と言っても全く意味がないというわけでもなく、これについてはまた後ほど。

このThe PresentシリーズはYear, Moon, Todayの三兄弟で構成されています。  Yearは1年時計、Moonは月の満ち欠けを示す時計、Todayは一日を24時間で表します。どれにも共通している哲学は「漠然と流れている時間を通常とは違うスケールで感じとり、『今』を実感する」というところでしょうか。このプロジェクトで最初に作られたAnnual Clock(1年時計)のYearは比較的分かりやすいと思うのですが、1年間かけてゆっくりと回っていく針の位置で今年がどのくらい経ったのか、残りはどれくらいなのかを可視化してくれつつ、また繰り返す季節の周期的な要素も実感させてくれます。しかしそれだけを聞いても「ふーん」とか「で?」と思う方もいるかもしれません。

WebサイトにもあるThrift氏のこちらの動画を観ると彼のインスピレーションがどこから来たのかが伝わってきます。彼は元々はドキュメンタリー映像作家だったらしく、なかなか素敵な動画クリップになっています。

多少ポエム要素が入っていると感じる方もいるかもしれませんが、顧客が寄せた感想を読むと彼の意図を組み、想像以上の共感をしている方が結構いるようです。

いくつか抜き出しますが:

IT GRANTS ME ACCESS TO A LARGER SENSE OF NOW, RIGHT NOW.
(今の「この瞬間」を実感させてくれる)


OUR WHOLE FAMILY NOW HAS A SENSE OF RESPECT AND IS CONSCIOUS OF TIME IN A HOLISTIC WAY.
(時間に関して、家族全員の敬意が増し、より大きな視点から捉えるようになった)

その他も結構興味深い感想が多数サイトに並んでいます。結構マニアックさがある作品なのにここまで作者の想いに共感している人がいるんだ!というのは結構感動しました。

プロジェクトの終了後は購入できない状況が結構長く続いていたのですが、最近思い出してたまたま検索したら、サイトから購入できることが分かりました。正直クラウドファンディングの時の値段から2.5倍以上に価格が設定されており、通常のガジェットのように機能性という観点からは、なかなか躊躇する感じです。しかし最初に書いたようにこれは一種のアートです。そしてなによりこういう「ニッチかもしれないけど、特定の人には意味が深く伝わり愛される」という製品はウェブで説明だけを読んで「はいはい、理解した」で終わらせていると本当に理解したことにならないのでは?ましてや自分も今そういうジャンルの製品/メディアアートと言えるような物を作っている途中です。ここまでコンセプトに共感しているのに、オーナーにならないと自分も頭でっかちで口だけの人間になるのでは?と考えたわけです。ブルース・リーじゃないけど、Don't think, feel (and buy)ですね。

丁寧に梱包されて、作者からの手紙もついてきました
場所は悩んだのですが、正面玄関のところが空いていたのでここにしました

開封後、電池のシールを引っ張って剥がして起動すると、まず針が真上に移動してから、現在の時間にススっと動くのですが、7月12日時点ですでに1年が半分以上過ぎているのが可視化されて軽いショックを受けました笑。ちなみに真上の位置は12/31ではなく、冬至になる12/21 (これは多少違う年もある)だそうです。

まだ設置して1週間も経っていなく、そこまで劇的にこの作品を愛し始めたとまでは言いませんが、なんか毎日チラ見はするので、じわじわと生活の一部になってくる感覚はあります。もちろんこういうのは買ったことを自己正当化しようという心理が働くので、多少はバイアスがあるかもですが。(ちなみに1年以内なら返品しても良いというなかなか思い切った方針です)

やはりこれはアプリとかデジタル画面だとかなり違う体験になってしまうので、物理的にそこに常に存在しているのは必須です。またシンプルが故にこれを見てどう感じるかは個人に委ねられているのだと思います。私は4歳の息子に説明すると、季節の周期をわかりやすく説明できるのかもしれないという副次的な効能にも期待しています。(全く興味を持たない可能性もありますが笑)。あと、これは「便利」を追求してはいけない物だとわかりつつも、外見を損なわないように外周に小さなシールを貼って、家族・親族の誕生日が近づいているのを分かるようにしてみようかなと先程思いついたりしました。色々と入れ始めると煩雑になるし、Google Calendarにしておけって話になっていくので、あくまで本当に大事なことだけにするミニマリズムの感覚が大事ですね。今は情報過多で処理しきれない時代だからこそ、伝えたいことだけに絞る機器というのが凄みを持つのだと思いますし。

あと、「アート」の面に加えてこれは「自己啓発」的な要素もあると思いました。思い浮かべるのは一部のシステム手帳ですが、機能性を超えた「より良い生き方」へと導いてくれる約束、という意味で少し似ている面があるかなと。やりすぎるとカルトっぽくなったり胡散臭くなりますが、機能と便利に溢れた現代において、人の心を動かすのはやはりそういった根本的な生きる意味を提供してくれる存在じゃないか、という点で興味深いです。

いずれにせよ、こういうコンセプトをちゃんと形にするのは作者の熱意と、それをサポートしているファンの存在が大きいんだろうなとひたすらリスペクトです。365日かけて一周する心臓部のムーブメントを作ってくれるところを探すのに苦労したようですし、乾電池だけで10年間動くようにしたり、組み立ても全部作者の手作業らしく、愛と熱意がないとできません。そう、ハードウェアはどんなに単純に見えても結構大変なのです!我々がひっそりとやっている製品もそういった理解者とファンができるといいなと願っています。素晴らしい作品を出してくれたThrift氏に感謝です。


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