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日本の「労働生産性」は低くない

清水 健一

低迷する日本経済への処方箋として、国際的に低い日本の「労働生産性」を上げるべく、様々な提言がなされています。しかし、日本の「労働生産性」が低いというのは統計の誤った解釈で、実のことろ、統計上の根拠がない思い込みに過ぎません。日本経済の本当の問題点は、「労働生産性」の低さではなく、生産年齢人口が急速に減少していることにあります。/文・清水健一(22世紀数理統計研究所チーフアナリスト)

(おことわり)本稿は2021年11月19日時点の最新データに基づき書かれています。お読みになる時点によっては、より新しいデータが発表されている可能性がある旨、悪しからずご了知ください。

日本の「時間当たり労働生産性」はG7で50年連続ビリ

退屈な会議。深夜までの残業。気は進まないが参加しないわけにもいかない職場の飲み会。わが社のこんなところが非効率だ、という話題は尽きることがありません。こうした仕事の効率性を評価する指標の一つに「労働生産性」があります。「労働生産性」の数値は効率的に働く場合に高く、非効率な場合に低くなります。 

国家単位の「労働生産性」を議論する際には、公益財団法人日本生産性本部が作成する「時間当たり労働生産性」がしばしば登場します。この指標によれば、公表されている1970年以降、実に半世紀にわたり、日本はG7諸国の中で最下位を続けています(図1)。

図1 主要先進7カ国の時間当たり労働生産性の順位の変遷(出所:公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2020」図8)

図1

図1を見ると、誰もが「やはり」と思い、自社のような非効率な仕事の進め方が日本全体にまん延し、その結果日本の「労働生産性」が長期にわたり低迷しているのではないか、と考えます。とはいえ、少し冷静になり、半世紀もの長きにわたり、日本人の生産効率が常に低かったのかと考えたときに、さまざまな疑問が生まれます。

例えば、日本経済が絶好調だった1980年代、日経平均株価が38,915円の史上最高値を記録した1989年も、日本は最下位です。英国の通貨価値が暴落し、翌年にはIMF(国際通貨基金)の緊急支援を受けることとなる1975年も、欧州債務危機でイタリア政府の債務不履行が危惧された2011年も、やはり日本は最下位です。

一方で、米国は2002年と2019年を除いて一貫してトップです。フランスは1970年を除き、一貫して英国より上位にあります。

この指標を注意して見ると、米国の数値が相対的に非常に高く、フランスがやや高く、英国とカナダがやや低く、日本が非常に低い、という傾向に気付きます。これらの数値を単純に「各国人の仕事の効率性を示す指標」と捉えた場合、「最近数十年間の一貫した傾向として、フランス人の仕事の効率性はイギリス人やカナダ人よりも高い」ということになります。こうした指摘を耳にしたことのある読者の方はおられるでしょうか。

このように注意深く検証すると、この指標にはクセがあるのではないか、ひょっとすると国際比較が不適切な形で行われているのではないか、という疑問が生じます。

そもそも「労働生産性」とは何か

「労働生産性」とは、広辞苑(第七版)によれば「産出量を生産に投入された労働量で割った比率」と定義される数値のことです。この定義から明らかなように、「労働生産性」は工場単位や会社単位での測定も可能です。

日本での議論ではしばしば、国際比較した「労働生産性」として、先に紹介した日本生産性本部の指標が用いられます。ここでは、名目GDPを就業者数で割ることである国の「就業者1人当たり労働生産性」を、さらにこの数値を平均年間労働時間で割ることで、その国の「時間当たり労働生産性」を算出しています。

国際比較に当たっては購買力平価という考え方を用いて、各国の物価水準を反映した為替相場で米ドルに変換しています。つまり、日本生産性本部の「労働生産性」は、名目GDP、就業者数、平均年間労働時間、購買力平価の4つの要素に分解される指標です。

これらの4要素のうち、名目GDPと就業者数は、計測対象が国際的に統一されている統計です。しかし、平均年間労働時間と購買力平価には計測対象などの違いに応じさまざまな統計があり、それぞれの統計の数値が大きく異なります。

このように複数の統計を組み合わせて作られる日本生産性本部の「労働生産性」は、単純に他国と比較することが可能なのでしょうか。日本の「労働生産性」は、本当に長期にわたり低迷を続けているのでしょうか。本稿では、日本生産性本部の「時間当たり労働生産性」と「就業者1人当たり労働生産性」を取り上げ、それぞれの抱える根本的な問題点をわかりやすく、具体的に説明します。

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日本の「労働生産性」は低くない

清水 健一

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清水 健一
数理統計を専門とする理学博士。日本政府(財務省、内閣官房、外務省、厚生労働省など)での勤務経験あり。現在はドイツ政府系シンクタンクのドイツ国際政治安全保障研究所で研究活動に従事する傍ら、政治、経済、統計などに関する執筆やコンサルティングを行っている。