見出し画像

日本の「労働生産性」は低くない

低迷する日本経済への処方箋として、国際的に低い日本の「労働生産性」を上げるべく、様々な提言がなされています。しかし、日本の「労働生産性」が低いというのは統計の誤った解釈で、実のところ、統計上の根拠がない思い込みに過ぎません。日本経済の本当の問題点は、「労働生産性」の低さではなく、生産年齢人口が急速に減少していることにあります。/文・清水健一(22世紀数理統計研究所チーフアナリスト)

(おことわり)2024年2月19日に加筆修正を行いました。それ以前の版から内容は変わりません。悪しからずご了知ください。

(おことわり)本稿は2021年11月19日時点の最新データに基づき書かれています。お読みになる時点によっては、より新しいデータが発表されている可能性がある旨、悪しからずご了知ください。

日本の「時間当たり労働生産性」はG7で50年連続ビリ

退屈な会議。深夜までの残業。気は進まないが参加しないわけにもいかない職場の飲み会。わが社のこんなところが非効率だ、という話題は尽きることがありません。こうした仕事の効率性を評価する指標の一つに「労働生産性」があります。

例えば、ある工場で、2人の労働者が2時間で12個の商品を製造する場合に、「労働者1人1時間あたりの労働生産性は3個」と計算されます。

「労働生産性」の数値は効率的に働く場合に高く、非効率な場合に低くなります。先の例では、より効率的に働き、2人の労働者が2時間ではなく1時間で12個の製品を製造する場合には、「労働者1人1時間あたりの労働生産性は6個」となります。逆に、働き方が非効率で、2人の労働者が2時間ではなく3時間で12個の製品を製造する場合には、「労働者1人1時間あたりの労働生産性は2個」となります。

ここで「効率」とは、広辞苑(第七版)によれば「一定の時間にできあがる仕事の割合。仕事のはかどり方。」をいいます。こうした目に見えない概念を可視化して、具体的な目標に落とし込むために、「労働生産性」という数値(指標)に置き換えるという技術が使われているのです。

このように、働き方の効率性を測るために有用な「労働生産性」ですが、国家単位の「労働生産性」を議論する際に、公益財団法人日本生産性本部が作成する「時間当たり労働生産性」がしばしば登場します。この指標によれば、公表されている1970年以降、実に半世紀にわたり、日本はG7諸国の中で最下位を続けています(図1)。

図1 主要先進7カ国の時間当たり労働生産性の順位の変遷(出所:公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2020」図8)

図1

この指標は、例えば以下の記事のように、新聞、テレビなどで引用され、報道されており、毎年、師走の日本に暗い話題を提供し続けています。

日本の労働生産性、G7最下位 OECDで21位

日本生産性本部は23日、日本の労働生産性が主要7カ国(G7)で最低との国際比較を公表した。労働生産性は1時間あたりの仕事で生み出す付加価値で示す。経済協力開発機構(OECD)のデータに基づき、2019年の日本では47.9㌦と試算した。米国(77㌦)の6割にとどまり、統計を遡れる1970年以降、日本はG7最下位が続いている。

OECDに加盟する37カ国では日本は21位だった。日本の1人あたり労働生産性は8万1183㌦と同26位。1人あたりでも米国の6割弱の水準で、トルコや韓国より低い。少子高齢化により人口が減少していくと、それぞれの働き手の生産性を引き上げなければ国全体の経済規模も縮小する。

日本経済新聞(電子版、2020年12月23日)

ここで、読者の皆さんに質問です。

統計クイズ1 公益財団法人日本生産性本部が作成する「時間当たり労働生産性」では、公表されている1970年以降、半世紀にわたり、日本はG7諸国の中で最下位を続けています。これにはどのような意味があるのでしょうか。以下の選択肢から一つを選んでください。
 ① 日本人の仕事の効率は、G7諸国の中で一番低い。
 ② 日本人の賃金はもっと下がるべきだ。
 ③ 「時間当たり労働生産性」の数値を単純に国際比較することは不適当であり、この国際比較に意味はない。
 ④ 日本人はもっと長時間、働かなくてはG7に残れない。

意外に思われる方もおられるでしょうが、正解は、③です。先の日本経済新聞の記事は、日本生産性本部の発表を無批判に受け容れて書かれているために、無用な混乱を助長してしまっています。なぜ①ではなく③が正解なのか、以下、理由を説明します。

先の日本経済新聞の記事を読み、また、図1を見ると、誰もが「やはり」と思い、自社のような非効率な仕事の進め方が日本全体にまん延し、その結果日本の「労働生産性」が長期にわたり低迷しているのではないか、と考えます。クイズ1の選択肢①、②、④のように、より深刻にとらえる方もおられるでしょう。とはいえ、少し冷静になり、半世紀もの長きにわたり、日本人の生産効率が常に低かったのかと考えたときに、さまざまな疑問が生まれます。

例えば、日本経済が絶好調だった1980年代、日経平均株価が38,915円の史上最高値を記録した1989年も、日本は最下位です。英国の通貨価値が暴落し、翌年にはIMF(国際通貨基金)の緊急支援を受けることとなる1975年も、欧州債務危機でイタリア政府の債務不履行が危惧された2011年も、やはり日本は最下位です。

一方で、米国は2002年と2019年を除いて一貫してトップです。フランスは1970年を除き、一貫して英国より上位にあります。

この指標を注意して見ると、米国の数値が相対的に非常に高く、フランスがやや高く、英国とカナダがやや低く、日本が非常に低い、という傾向に気付きます。これらの数値を単純に「各国人の仕事の効率性を示す指標」と捉えた場合、「最近数十年間の一貫した傾向として、フランス人の仕事の効率性はイギリス人やカナダ人よりも高い」ということになります。こうした指摘を耳にしたことのある読者の方はおられるでしょうか。

このように注意深く検証すると、この指標は国ごとに違うグループの仕事の効率性を比較しているのではないか、ひょっとすると国際比較が不適切な形で行われているのではないか、という疑問が生じます。

そもそも「労働生産性」とは何か

そもそも「労働生産性」とは、広辞苑(第七版)によれば「産出量を生産に投入された労働量で割った比率」と定義される数値のことです。

日本での議論ではしばしば、国際比較した「労働生産性」として、先に紹介した日本生産性本部の指標が用いられます。ここでは、ある国において一定期間に生み出された付加価値(新たに付け加えられた価値)の合計である名目GDPを、就業者数で割ることである国の「就業者1人当たり労働生産性」を、さらにこの数値を平均年間労働時間で割ることで、その国の「時間当たり労働生産性」を算出しています。

図2 「就業者1人当たり労働生産性」と「時間当たり労働生産性」の算出方法

この指標のように名目GDPを「労働生産性」の「産出量」として用いる場合、インフレーション(インフレ)があると、その分、数値がかさ上げされ、仕事がはかどったかのように勘違いしてしまいます。このため、通常は、インフレによる影響を取り除いた実質GDPを参照します。報道で目にするGDPは、ほとんどの場合、この実質GDPのことです。

日本生産性本部の「労働生産性」では、国際比較に当たり購買力平価という考え方を用いて、各国の物価水準を反映した為替相場でそれぞれの通貨を米ドルに変換しています。この購買力平価は、2国間の通貨の購買力(各種の財・サービスを購入する能力)が等しくなるような為替レートをさします。例えば、A国にもB国にもマクドナルドのビッグマックしかないという極端な仮定を置くと、A国ではビッグマック1個が100円、B国では1個1ドルである場合に、1ドル=100円が購買力平価となります。

つまり、日本生産性本部の「労働生産性」は、名目GDP、就業者数、平均年間労働時間、購買力平価の4つの要素に分解される指標です。これらの4要素のうち、名目GDPと就業者数は、計測対象が国際的に統一されている統計です。しかし、平均年間労働時間と購買力平価には計測対象などの違いに応じさまざまな統計があり、それぞれの統計の数値が大きく異なります。

例えば、平均年間労働時間に関し、厚生労働省が発表する「毎月勤労統計調査」の「総実労働時間」(事業所規模5人以上)は1633時間(2021年)ですが、総務省が発表する「労働力調査」の「平均年間就業時間」は1817時間(同年)です。また、購買力平価については、国際通貨基金(IMF)は1米ドル=96.79円(2021年)と算定していますが、OECDは1米ドル=102.05円(同年)と算定しています。

このように複数の統計を組み合わせて日本生産性本部が作成する「労働生産性」を、指標として、単純に国家間で比較することは可能なのでしょうか。日本の「労働生産性」は、本当に長期にわたり低迷を続けているのでしょうか。

本稿では、日本生産性本部の「時間当たり労働生産性」と「就業者1人当たり労働生産性」を取り上げ、それぞれの抱える根本的な問題点をわかりやすく、具体的に説明します。

ここから先は

10,806字 / 18画像

¥ 500

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?