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既存顧客マーケティングを考えるための新しい視点

これはモバイルアプリマーケティングのアドベントカレンダー2021の2日目の記事です。12月25日まで毎日記事が公開されますので、ハッシュタグ #アプリマーケアドベント にて是非お楽しみ下さい。

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【追記】この記事の続編記事を書きました。確率思考論の視点から既存顧客マーケの核心を解説しています。シンプルなエッセンスはこちらの記事がオススメです。

はじめまして!Reproの岩田です。

このnoteでは、多くの方が悩みを抱えている「既存顧客マーケティング」に向き合うための「視点(フレームワーク)」をまとめています。

既存顧客マーケティングは難しい

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既存顧客マーケティングは重要です。既存顧客に長く利用して頂き沢山のお金を落として頂けるようになればLTVが最大化するからです。

しかし決して簡単ではありません。既存顧客マーケティングはどうしてこんなにも難しいのでしょうか?

RFM分析をしても、FQ5を見ても、AIDMAフレームワークを使って試行錯誤しても、思うように継続率を上げることができない。。。そんな経験は多くないでしょうか?

既存顧客マーケティングの鉄板のアプローチといえばオンボーディングです。新規流入した期待値の高いユーザーに早期に価値を届けることができれば、ユーザーはサービスに定着し新規ユーザーのリテンション率は飛躍的に向上します。全てのサービスにとってオンボーディングは命をかけるべき最重要イシューです。

しかし、多くの方々を悩ませる問題はオンボーディングではありません。オンボーディングフェーズを「終了した後の」一定期間利用してくれているユーザーの維持です。

オンボーディング改善の視点はシンプルです。ファネルやカスタマージャーニーマップといった有効なフレームワークが存在するからです。

しかし(私の観測範囲内では)オンボーディングを終えた後のユーザーへのアプローチ方法はフレームワークが見当たりません。多くのケースで「ロイヤルカスタマー」や「継続利用」と書かれた箱があるだけです。

この箱を見て一体どうやってマーケティング施策を検討すればよいのでしょうか?この箱に対して何をすればよいのでしょうか?難しい。。。。*1

長い間、私はこれに悩んでいましたが、ゲームマーケティングに出会ったことがキッカケとなり、視点(フレームワーク)を見つけることができました。

そもそも既存顧客はどのようにサービスを利用しているのか?

それではオンボーディング以降の既存顧客のマーケティングについて検討していきましょう。これらの顧客は、オンボーディングが完了し、サービスを習慣利用する習慣化ループに入った経験のある顧客です。これらの顧客のことを呼びやすいように以後「既存顧客」と読んで説明していきます。

これら既存顧客へのアプローチを考えるためには「既存顧客は普段どのようにサービスを利用しているのか?」を知っておくことが重要です。

具体的なイメージがつきやすいように、私が2021年もっとも愛用したアプリ「あすけんダイエット」の利用体験を交えて解説させて頂きます。

あすけんダイエット(以下、あすけん)は食事記録と管理ができるアプリです。私は増量のために3000kcal/日の食事を摂取しPFCバランスを把握したいと思い食事管理アプリを検討していました。日本と海外の食事管理アプリの有名所は全てDLして課金を行い、1週間使い続けてシビアに比較検討した結果、あすけんに決まりました。

あすけんは素晴らしいサービスです。食事記録と振り返りが非常に使いやすいシンプルなUIUXで、栄養士の女性キャラのミキさんが「今日の栄養バランスは素敵ですね!」と褒めてフィードバックしてくれます。そして食事バランスが崩れると「脂質とりすぎです!」と叱られます笑。ユーザーはダイエットや増量をキッカケにサービスを利用し始めるものの、気づけば栄養に目が行く設計になっています。サービスの根底に「健康」という思想があり、私が好きな理由です。

【Special Thanks!】あすけんダイエットを題材にこのnoteで詳細に解説させていただくことを株式会社asken 執行役員の天辰さんにご快諾頂きました。天辰さんありがとうございます!

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私は体質的に食べても太ることができず痩せている事がコンプレックスでした。そのため増量したいという思いからあすけんをDLしました。そのため、あすけんで食事を記録し、毎日「1日に3000kcal摂取できているか?」「PFCバランスが適切か?」ということを確認していました。

1日のスケジュールはこうです。

1日5食食事を摂取しなければならない私は、まず朝食を食べます。朝食を食べる前に「あ、あすけんで記録しないと・・・!」と思い出しアプリを立ち上げ記録をつけます。そしてアプリを閉じ、食事をします。

次にお昼前にプロテインを取り出しながら、あすけんアプリを起動し記録の準備を進めます。プロテインを飲みながらあすけんの記録をつけていきます。

さらに昼食、夕食と、ご飯を食べる前にあすけんを起動し記録をつけていきます。そして最後の食事タイミングで、摂取カロリーを確認していきます。

そしてこのルーティーンを毎日続けていくのです。

そうです。これがオンボーディングを終了したあとの既存顧客のサービス利用の実態です。ここに全てが詰まっています。

私は食事を取る前に「あすけんで食事を記録すること」を思い出しアプリを立ち上げているのです。生活サイクルの中で複数回発生する「食事」というシチュエーションをトリガーにあすけんを思い出しアプリを立ち上げていたのです。

つまり、生活サイクルの中にトリガーとなるシチュエーション(=食事)が複数存在しているのです。そしてそのシチュエーションでサービスが想起され、利用されているのです。

これが既存顧客マーケティングに必要な視点です。

もう一つの例を見ていきましょう。30日以上毎日欠かさず記録を続けていた私はある日突然アプリの利用をやめてしまいました。

その日は久しぶりに会った友人との食事会でした。久しぶりに会えたことが嬉しく、食事前にあすけんで記録することが頭から消えてしまったのです。そして食事を食べたら最後、満足感と楽しさから、食事記録のことを思い出すことなく食事会は終了してしまいました。

そして翌日に私は気付きました。連続記録が途中で途絶えてしまったことを。

「あぁ、やってしまった。あすけんで食事記録するのサボってしまった。」

かと言って、今日の食事に加えて昨日の食事を記録するのは面倒です。「面倒だなぁ。あとでやろうか。」

そう思い私はまた記録をサボってしまいました。いわゆる3日坊主現象です。

そうやって数日が経過すると驚くべきことが起こりました。もう食事を取ってもあすけんのことを思い出さなくなってしまったのです。恐ろしいことに完全に記憶から消えてしまいました。食事を取る私は代わりに何をしていたのでしょうか。あすけんの代わりに開いていたのは、SNSでした。

そう。これが高頻度で利用していた既存顧客が休眠する瞬間なのです。


生活サイクルと、トリガーとなるシチュエーション

つまり、あすけんに限らず全てのサービスには、生活サイクルの中で起動されるトリガーとなるシチュエーション(以下、トリガーシチュエーションと呼ぶ)が複数箇所存在しています。*2

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あすけんの場合、そのトリガーシチュエーションは食事です。ほとんどのユーザーは1日に3回食事を行います。つまり1日に3回のトリガーシチュエーションが存在し、あすけんはそのサービス特性上、1日に3回の起動チャンスを有しています。

理想的な既存顧客は全てのトリガーシチュエーションで1日3回あすけんを起動します。起動されるためにはそのシチュエーションで思い出される必要、想起される必要があります。しかしそれは簡単ではありません。なぜならそれぞれのトリガーシチュエーションで他の選択肢と激しく競合しているからです。

皆さんは食事をしているとき何をしていますか?何を考えることが多いですか?

食事をしながらtwitterを見る。食事をはじめたらTVをつける。写真を取りinstagramでアップする。LINEで友人にシェアする。美味しそうだと思う。ヨダレが出る。感情が高まる。身体が先に動いて食べ物を口に運んでしまう。無意識にこのような行動をしていませんか?そんな思考に至っていませんか?

そう。このように行動と思考の無数の選択肢が存在しているのです。あすけんの起動きっかけになる「食事」というトリガーシチュエーションでは、これだけの選択肢が激しく競合しているのです。

あすけんが起動されるためには、これら選択肢よりも優先的に想起選択される必要があります。競合する選択肢に打ち勝つ必要があります。

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どうしたら想起・選択されやすくなるか?

では食事というトリガーシチュエーションで、あすけんが優先的に想起・選択されるにはどうしたら良いのでしょうか?

それを考えるためにも、まずは想起のメカニズム。脳の記憶構造を知っておくことが有効です。

人は物事やサービスを記憶するとき、脳内でネットワーク構造として保管していると言われています。

例えば「Apple」と聞いて何を思い浮かべますか?

・・・

・・・

iPhone、Mac、スティーブ・ジョブズ、リンゴマーク、りんご。そういった事を思い浮かべませんでしたか?

このような想起が発生している理由は、Appleという意味記憶にiPhone、Mac、スティーブ・ジョブズ、リンゴマーク、りんごという意味記憶がネットワーク状に結び付けられて脳内に保存されているためです。

私達はiPhoneという製品名とAppleという企業名をセットで何度も認知接触し続けてきました。このような情報を繰り返し受け取っていることで脳内ではAppleとiPhone間のネットワークが太く強化されていたのです。

このようにネットワークが太く強化されていればいるほど「Apple」という言葉を目にした時に「iPhone」という製品名を想起しやすくなるのです。

「Apple」と太いネットワークで繋がれている意味記憶ほど想起されやすく、ネットワークが細い意味記憶ほど想起されません。

例えば「Apple」と聞いて「青森県」を想起した人は少ないでしょう。これは「Apple」ー「青森県」を結ぶネットワークが細いか、そもそも繋がっていないためです。

これが想起のメカニズムです。*3

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図:脳内で意味記憶がネットワーク上に結びついた形で記憶されているイメージ図 *3

つまりユーザーが「食事」というトリガーシチュエーションに向き合うとき、脳内では「食事」にネットワーク状に紐づく記憶が参照・検索されます。

例えば食事をするときは必ずTVを見るという人は「食事」と「TV」が太いネットワークで結ばれています。

そのため、あすけんが想起を勝ち取るためには「食事前といえば、あすけんで記録!」と思われるほど超強力に、そして「TV」と同等のレベルで太く記憶ネットワークを強化する必要があるのです。

そしてこのようなネットワーク構造があるため、想起は確率的に発生します。

トリガーシチュエーションが訪れるたびに、まるでサイコロが振られるように、あるときは「TV」の目が出て、あるときは「あすけん」が目が出るように、想起が発生します。

ネットワーク構造の理論上、「食事」に紐づく記憶が「TV」と「あすけん」の2つしか存在しない場合、あすけんは50%の確率で想起されます。しかしネットワークに紐づく記憶が「TV」vs「twitter」vs「あすけん」の3つだと想起確率は33%に低下します。*4

これの理論を正確に評価することは不可能ですが。競合する選択肢が多ければ多いほど、あすけんは想起されづらくなる。と説明することができます。

このようにあらゆるサービスは生活サイクルのトリガーシチュエーションの中で、様々な競合と選択確率の奪い合いをしています。それぞれのトリガーシチュエーションでサービスを想起され選択続けることが必要です。そのためには記憶ネットワークを強化し、新鮮な状態に保ち続け、選択確率を高める努力が必要なのです。

ユーザー視点で状況に合わせたコミュニケーションを

お気づきのように「食事」というトリガーシチュエーションの競争環境は激しいです。ともすればユーザーは簡単にあすけんのことを忘れてしまいます。忘れないで想起・選択され続けるにはどうしたらよいか?

そこで必要なアプローチがユーザーへのコミュニケーションです。

あすけんではユーザーが食事記録を放置しているとすかさず「食事を記録しませんか?」とプッシュ通知が飛んできます。私は何度この通知に救われたことか笑。このようなコミュニケーションがあればユーザーは食事を記録することを思い出しサービスを選択してくれるようになります。

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人は常にスマートフォンを手にしています。毎日のように通知センターを目にしています。この通知センターで直接ユーザーに語りかけらるコミュニケーションは、他のどんな広告媒体よりも強力です。これがプッシュ通知が驚くべき効果を生み出す理由です。

あすけんの場合、代表的なトリガーシチュエーションは1日3回の食事でした。この食事のタイミングを狙ってプッシュ通知でコミュニケーションをとることで、ユーザーは忘れずに食事を記録できるようになり、サービス利用率が向上すると考えられます。

あすけんに限らず、サービスにはトリガーシチュエーションが存在します。そこを意識したユーザーへの語りかけ、コミュニケーションが重要です。

Reproでは最近「イベント起点プッシュ通知(ベータ版)」という機能をリリースしました。その名の通り、ユーザーのイベントトラッキングデータを起点にしたプッシュ通知です。

ユーザーのイベントを起点に15分後にプッシュ通知を送信する。24時間後にプッシュ通知を送信する。と行ったマーケティングが可能になる機能です。すでに多くの企業で大きな成果実績が出ています。

例えばあすけんの場合、前日の朝7:00に朝食を食べたユーザーが今日、朝食を食べるのは何時でしょうか?

おそらく今日の朝7:00頃ですよね?

つまり朝食というイベントが発火した23時間50分後くらいにプッシュ通知を配信すれば朝食を食べる前のタイミングでユーザーに声掛けをすることが可能になります。

また「もし既に朝食を取っていたら除外する」という追加のフィルターの掛け合わせ設定がReproでは可能ですので、「朝食を完了していない、朝食直前のユーザー」にコミュニケーションを届けることができるようになります。

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1対1の対面コミュニケーションでも適切なタイミングで声掛けすることは重要です。デジタルなコミュニケーションでもこの視点が重要です。

「ロイヤルカスタマー」とか「継続利用」という箱を見て一斉配信するのではなく、ユーザーを理解し、ユーザーの生活サイクルの中のトリガーシチュエーションに目を向けましょう。そこに合わせて適切なコミュニケーションを届けていきましょう。

多くの方々に「プッシュ通知(メール)は何通まで許されますか?」という質問をいただきますが、このトリガーシチュエーションのフレームワークでものごとを見ると、一定の解が見えてきます。

例えば30日間毎日あすけんの食事記録を行っていた私は、1日記録を忘れてしまっただけでこれまでの努力が音を立てて崩れ、挫折してしまったのです。私は心の中では記録を頑張りたいと思ったのにそこから1ヶ月間アプリを開くことはなくなりました。

このように高頻度で利用している既存顧客の大多数は心の中ではサービスを利用したいと考えていることが多いはずです。例えばそのようなユーザーが食事記録を忘れていたら、数時間ごとに何通も何通もコミュニケーションして問題ないと考えられます。

「食事記録忘れてない?」
「今のうちに記録しておこうよ!」
「ほら、1分だけでいいから!アプリを開いて記録しよう」
「1日くらい穴ができても心配しないで。リセットして頑張ろう!」
「もう、あすけんのこと忘れちゃったのかな(涙)」

と何通も何通もコミュニケーションしても問題ないでしょう。これも人の気持ちに立って考えれば妥当なコミュニケーション数も見えてくると考えられます。

Repro CMOの中澤さんもGDO時代に同じような検証の結果に至ったようです。

ユーザーグループを、利用どのめちゃ高いロイヤル顧客、年に数回は使ってくれるミドル顧客、あまり利用してくれないロワー顧客に分けて行ったのですが、その結果が綺麗に、別れまして。

・ロイヤル顧客の方 → むしろ足りない!もっと送ってこい!毎時間でもいいぞ!
・ミドルの方 → うん、まあ多いよね。大人なんだから、もうちょっと控えてみようか。
・ロワーの方 → ふざけんな!舐めてんのか!もう二度と送ってくんな!

という結果でした。

続・ロイヤル顧客育成の真実*5

コンテンツ型サービスのコミュニケーションの仕方

この記事をご覧になられた方で、この視点(フレームワーク)が腑に落ちない方は、EC・SVOD・メディア・コミック等のコンテンツ型サービスに携わる方々ではないでしょうか?

「うちは、あすけんみたいに繰り返し決まったシチュエーションループがないよなぁ・・・」と。

とても良くわかります。

コンテンツ系サービスは、記事後半で解説する「無意識的なシチュエーション」をトリガーに選択されるため、あすけんのように分かりやすいトリガーシチュエーションが定義できず、トリガーの数も膨大に点在するためです。

例えばSpotifyは「なんか気晴らしがしたい」という、非常に分かりづらい無意識的なトリガーで想起・選択されています。

固定化されたわかりやすいトリガーが存在するわけではなく、これを狙うことができません。(難易度が上がります。)

そのためコンテンツ型サービスは次のような視点が求められます。

・1.ユーザーにコミュニケーションを行いコンテンツに期待してもらう
・2.適切な期待が形成できると無意識のトリガーでサービスが選択されるようになる
・3.ユーザーがサービスに訪れてコンテンツを消化すると期待が満たされ離脱する
・4.この1〜3を繰り返す
・5.すると、脳内記憶に「サービス名」=「沢山の満足するコンテンツ」という結びつきが強化され、さらに無意識のトリガーでの選択確率が高まる。

ユーザーの需要に応えるコンテンツを作り出すことがセンターピンになることは言うまでもありませんが、ことコミュニケーションという観点では「適切な期待を持ってもらい、サービスに訪れてもらい、期待を満たす繰り返し」という視点が重要になると考えています。*6

例えばマンガアプリで「鬼滅の刃が全話無料公開中!」とコミュニケーションを投げかけてみましょう。

すると「え!!!?マジで!?あの鬼滅の刃が!?」と期待を高めることができます。

そしてユーザーがマンガアプリを立ち上げ、鬼滅の刃を読みます。そして期待が満たされたらユーザーは去っていきます。

ここで重要なのがコミュニケーションの質です。

例えば「鬼滅の刃公開中」というコミュニケーションでは、全話公開であることの魅力が伝わらずもったいないでしょう。ユーザーに素通りされてしまいます。

これでは適切な期待を形成することができていません。また鬼滅の刃だと分かるようなクリエイティブ画像がないと適切な期待が形成できないでしょう。

Reproではマーケティング機能にA/Bテスト機能が備わっています。ABテストはコミュニケーションの探索に有効です。

コミュニケーションのカバレッジ(配荷)

生活サイクルの中のトリガーシチュエーションという視点に目を向けると、コミュニケーションのカバレッジ(配荷)の重要性に気付きます。*7

例えばあすけんの場合、毎日欠かさずに食事記録をしていただくことが重要です。そしてユーザーの生活サイクルの中に登場するタッチポイントは、プッシュ通知だけではありません。

例えばカレンダーが挙げられます。もし仮にあすけんの食事記録のtodoをGoogle Calendarに組み込むことができたらどうでしょうか?ユーザーは毎日カレンダー上で、あすけんの食事記録タスクを目にし、あすけんを思い出すことが可能になります。

他にはiPhoneのリマインダーやウィジェットにあすけん食事記録タスクを登録させてみてはいかがでしょうか。ユーザーはiPhoneのリマインダーを見てあすけんを思い出すようになります。

またもっと究極的に考えると、食事を行うと食事が喉に通ります。血糖値が向上します。これらの生体的変化を検知して忘れそうなユーザーに声掛けができるようになれば、常にあすけんを使い続けてくれるようになるはずです。これは技術の到来を待つ必要があります。(ちなみにいちユーザーとしても欲している機能です)

このようにユーザーの生活サイクル上のタッチポイントをカバーしていく視点も重要です。

NetflixがTVのリモコンに「Netflixボタン」を搭載させたように、カバーできる箇所がないか探していきましょう。

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シチュエーションの開発がさらなるロイヤル化を生む

あすけんを習慣的に利用していた私は、iPhoneのヘルスケアアプリに記録された体重と、あすけん上に記録された摂取カロリー量をにらめっこしながら見つめる生活を続けていました。

「2週間前に摂取カロリーを3000kcalキープしたおかげで、体重が0.5kg上がってる!」

ということを確認していたのです。

そんな時に、ある日友人とランチに行きました。その友人は偶然にもあすけんを利用していたのです。

「え!?岩田さん、あすけんで体重と摂取カロリーをグラフで見れる機能と知らないんですか?こうやって設定するんですよ。」

と言われ

「なにー!それもっと早く教えてくださいよ!笑」

と。さっそくその場であすけんの「体重摂取カロリー分析機能」を設定したのでした。

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それ以降です。私のトリガーシチュエーションは大きく変化しました。

これまでは生活サイクルの中の「食事」というトリガーでしか、あすけんを起動する機会がなかったのですが、それ以降は「体重測定」というトリガーでもあすけんを起動するようになったのです。

私は毎日体重測定をしており、お風呂に入るタイミングで体重計にのっていました。そう、そのタイミングでもあすけんを起動するようになったのです。1日5食生活の私は、これまで1日5回しか起動することはありませんでしたが1日6回記録するように変わりました。

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さらにあすけんを使いこなすユーザーの中には「日記を投稿するコミュニティ機能」を使いこなしています。そこで自分の食事写真をアップして、いいねやコメントを返しながら、ダイエットのモチベーションを高めています。予想ですがこのコミュニティ機能を利用しているユーザーは1日5~10回くらいは起動するのではないでしょうか?

このように習慣的に利用しているユーザーであっても、まだ気付いていない価値がサービスにはあります。ユーザーニーズを高め、このような機能への期待を形成し、使っていただくことができれば、サービスはもっと沢山のトリガーシチュエーションで選択されるようになります。

つまり既存顧客をさらにロイヤル化させるための視点は「トリガーシチュエーションの開発」にあると言えます。

「銭湯ぐらし」というサブスクのD2Cブランドを開発する Ito Naokiさんも「シチュエーションの開発が重要だ」ということを発信されています。

"商品開発ではなくモーメント開発 and ポジショニング開発"、すなわち顧客が自社商品を利用するシーンを明確にすること、他の代替手段ではなく自社サービスを選ぶ理由を明確にすることが重要

特にリピートを前提とするサブスク型D2Cにおいては"繰り返し""飽き"等がキーワードとなるため、顧客の日常(多くは日次or週次)に発生するルーティンに組み込まれることが必須条件。不定期に発生するモーメントを捉えても意味はない。日常に迎え入れられないサービスは必ずチャーンする

そのため、サービス利用中や利用直後の行動と感想だけを聞くのは不十分で、起きてから寝るまでの1日や月曜から日曜までの過ごし方、一か月に数回は必ずやっていることなど顧客の日常を深く理解し、自社のサービスが日常生活のどこに入りこんでいるかを知ることが重要。こここそがアンケートでは代替できないユーザーインタビューの価値だと感じる

サブスクD2Cのユーザーインタビューことはじめ(※PMFフェーズ) *8

ユーザーが潜在的に欲しているトリガーシチュエーションはないでしょうか?それを開発していく視点がさらなるロイヤル化を生む秘訣ではないかと考えています。

顧客体験サイクルの回転:コアとサブ

さてそのようなトリガーシチュエーションをよく見てみると、ユーザーが毎日毎日、同じ体験を繰り返していることに気付きます。

「朝食記録」→「昼食記録」→「夕食記録」→「朝食記録」→「昼食記録」→「夕食記録」→「朝食記録」→「昼食記録」→「夕食記録」→・・・

という体験を繰り返しています。まるでこれは繰り返されるサイクルです。

1人1人のトリガーシチュエーションを別の確度で俯瞰すると、そこには繰り返される顧客体験のサイクルが存在している事に気が付きます。

「顧客体験サイクル」

私はこれをそのように命名しました。

つまり生活サイクルのジョブシチュエーションで想起選択され続けることは、顧客体験サイクルを回転させ続けることに等しいのです。

「朝食」→「昼食」→「夕食」というサイクルの回転があすけんのコアバリューを支えています。これがあすけんのコアとなるコアサイクルです。

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※正確には、朝食を食べないユーザーもいるので、トライアルにはならない

では分析機能を活用しているユーザーはどうでしょうか?1日3回の食事記録に加え、分析機能を使います。

「朝食記録」→「昼食記録」→「夕食記録」→「分析」→「朝食記録」→「昼食記録」→「夕食記録」→「朝食記録」→「昼食記録」→「分析」→「夕食記録」→・・・

という流れをたどっている事がわかります。つまりコアサイクルに派生する「分析」というサブサイクルが回っているのです。

同様にコミュニティ機能を使っているユーザーは、分析機能に加え、コミュニティ利用のサブサイクルが回っています。

あすけんの場合、顧客体験のコアサイクルを回転させ続けながらも、分析やコミュニティを使ってもらい、サブサイクルが回る構造になっています。サブサイクルの回転こそ、上述のシチュエーション開発に相当する、さらなるロイヤル化の鍵です。

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このような顧客体験のサイクルのことを、ゲーム業界では「ゲームサイクル」と呼ばれて浸透しています。

例えばポケモンの場合は、草むらでバトルし→経験値を獲得し→ポケモンを強化し→ジムリーダーとバトルし→経験値を獲得し→ポケモンを強化し→・・・と、このようなサイクルを繰り返しながら四天王を目指します。これがコアサイクルです。

さらに人によってはバトルタワーで遊んだり、ポケモンコンテストを巡ります。これがサブサイクルです。バトルタワーやポケモンコンテストは全員のユーザーがプレイするわけではありませんが、ポケモンに深みをもたせ、ユーザーにコアサイクルとは異なる楽しみを提供します。

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ポケモンのコアサイクル

このように顧客体験サイクルという視点を持つと、複数のユーザーを俯瞰的に捉えることが可能になります。

昨年のアプリマーケアドベントカレンダーで顧客体験サイクルの記事を執筆しています。より詳しい解説や具体施策例を紹介しているので、よろしければ併せてお読み頂けると嬉しいです!

顧客体験サイクルの正体を紐解くと、生活サイクルの中で繰り返しサービスが選択され続ける状態であり、それはトリガーシチュエーションでの選択確率が高い状態にあること。と言えるのではないでしょうか。

両方の視点を持って取り組むと既存顧客マーケティングに向き合いやすくなります。

無意識という広大なフロンティア

さて、最後に無意識領域について語り、このnoteを締めたいと思います。

トリガーシチュエーションは必ずしも言語的にユーザーが解釈できるものとは限りません。「よくわからないけどムシャクシャする」といった非言語的で無意識レベルのトリガーのほうが遥かに多く分布しています。

ジョブ理論的に言えば「無意識のジョブ」です。

これは高頻度で利用されるSNSを思い出すとよく分かります。例えばSNSは1日に数十回選択され起動されています。そしてその大半は無意識のタイミングで想起が発生しているはずです。

・(集中力切れた)→twitter開こう
・(なにか面白いことないかな)→twitter開こう
・(嬉しいことがあった)→twitter開こう

多くの人がその起動きっかけを覚えていないはずです。

私はこのような無意識的トリガーシチュエーションで想起されるサービスは、高いエンゲージメントを誇るのではないかと考えています。実際に、様々なカテゴリーの中でもコミュニケーション(SNS)カテゴリのリテンション率が異次元に高いです。

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これは有意識よりも無意識のトリガーシチュエーションのほうが遥かに沢山点在しているからではないかと考えています。無意識には広大なマーケットが広がっています。

私達はどうしても言語化可能な有意識的トリガーシチュエーションに目を向けがちですが、本当の未開拓で広大なフロンティアは無意識領域ではないでしょうか?

無意識のトリガーシチュエーションに気づくとサービスの成長機会に気づくことができます。

具体例で説明します。

あすけんでも無意識的なトリガーシチュエーションが多分に存在しています。あすけんはアプリを起動すると栄養士キャラのミキさんがホーム画面に登場し声をかけてくれます。記録する食事の食事バランスが優れていると栄養士キャラのミキさんが「凄いですね!」と褒めてくれ、栄養バランスが悪いと「脂質とりすぎですよ」と注意されます。このようなアドバイスが癖になるのです。ミキさんに褒められることが嬉しくなるのはもちろん、厳しく叱られることも嬉しく感じてしまいます笑。

このような体験を繰り返すと「(ミキさんに褒められて)ポジティブな気持ちになりたい!」という無意識の期待が自分の心の中に形成されていきます。

そして食事とは関係のないタイミング、無意識的トリガーシチュエーションであすけんを想起し、ミキさんに会いに行くようになります。

他にはあすけんで毎日記録をつけていくと、自己肯定感が向上します。「自分は毎日コツコツと記録が出来るやつだ」という気持ちになり、そのような感情が「あすけんダイエット」というサービス名に結び付けられて、記憶ネットワークが強化されていきます。すると次第に「自分ができる人間だということを確認したい」と思えるような無意識的トリガーシチュエーションであすけんを想起することになります。

あすけんを開き「連続記録36日目達成」という文字を眺め「よし!」とニヤニヤしながら満足してアプリを閉じます。

私の経験上、無意識的トリガーシチュエーションに目を向けると、言語化できない根源的な欲求や、人の本能に触れていくように感じます。*9

そしてそれは言語では扱うことができません。自分の身体を使って、身体感覚としてしか知覚できないものではないかと考えています。身体感覚をzipファイルのように言語に圧縮して誰かと共有できたらいいのですが、非常に困難です。

「あすけんでミキさんに叱られてなぜか嬉しくなってしまい、身体が少し暑くなり、ほほの筋肉がやわらぐあの感覚」は、同じ体験を身体感覚で知覚した人同士でしか共有することのできない感覚です。(クオリア的です。)*10

だからこそN=1の顧客に触れることや、自分自身がサービスを使い倒すこと、他社のエンターテイメントに狂人のように没頭して、無意識的で本能的な欲求を身体感覚で知覚することが重要になっていくのではないかなと考えています。

広大なフロンティアの無意識マーケットに挑戦するほど、サービスの成長余地は大きく、既存顧客のさらなるエンゲージメントが上がる一方で、言語で取り扱うことができなくなるため、難易度が高くなると考えています。

まとめ

一般的に既存顧客向けマーケティングのフレームワークは「ロイヤルカスタマー」と呼ばれるような箱止まりで、施策検討が可能なフレームワークになっていませんでした。

既存顧客のサービスの利用実態を見ていくと、そこには繰り返される生活サイクルが存在していることに気づきます。そして生活サイクルの中にサービスを起動するきっかけとなるトリガーシチュエーションが複数存在しています。

しかしトリガーシチュエーションは他の選択肢と激しく競合しています。サービスがトリガーシチュエーションで想起選択され続けるためには選択確率(想起確率)を高めることが求められます。そのためには脳内記憶ネットワークを強化しフレッシュに保ち続けることが必要です。

有効なアプローチの一つはコミュニケーションです。アプリにおいてはプッシュ通知がそれに該当しトリガーシチュエーションに沿ってユーザー視点のコミュニケーションを行うことでサービスを選択し続けてくれる選択確率が向上します。なおコンテンツ型サービスの場合は「コミュニケーションで期待高め、サービスに訪れてもらい期待を満たす」を繰り返すことが重要です。

なおプッシュ通知だけがコミュニケーションチャネルではありません。コミュニケーションのカバレッジ(配荷)が重要です。生活サイクルのトリガーシチュエーションという視点でカバレッジ可能な領域を見つけていきましょう。

既に習慣化しているユーザーだからといってサービスの価値を知り尽くしているわけではありません。ユーザーの期待を形成することで普段とは異なる機能、まだ経験したことのない体験を届けましょう。それに取り組むと普段とは異なるトリガーシチュエーションでサービスが選択されるようになります。このような「トリガーシチュエーションの開発」に取り組むと既存顧客はさらにロイヤル化する可能性があります。

そして生活サイクルのトリガーシチュエーションを俯瞰してみると、繰り返される体験「顧客体験サイクル」が存在することに気が付きます。顧客体験サイクルにはコアとなるコアサイクルがあるので、これの回転維持が重要です。さらにサブサイクルが存在する場合はサブサイクルの誘導と回転も考えていきましょう。

最後にトリガーシチュエーションは意識的に認識できるものとは限りません。むしろ無意識の方が沢山点在しており、未開拓の広大なフロンティアである可能性が高いです。しかし無意識領域は言語で扱うことができず、身体感覚でしか知覚することができません。だからこそ既存顧客マーケティングにおいても、ユーザー視点で考えるということが重要なのではないでしょうか。

以上、この視点が誰かのお役に立てれば幸いです。

【追記】確率思考論の視点から既存顧客マーケの核心を解説する続編記事を書きました。より本質的でシンプルなエッセンスはこちらの記事にまとまっています。


余談:B2Bの既存顧客マーケティング(カスタマーサクセス)

今回はB2Cの話でしたが、B2Bカスタマーサクセスの場合はどうでしょうか?

基本的には同じトリガーシチュエーションモデルが適応できるのですが、B2Cとは特性が少し変わります。

ユーザーのサイクルは生活サイクルではなく業務サイクルに変わります。

なのでまずは「ユーザーが普段どのような業務を繰り返し行っているのかを知る」顧客理解から全てがスタートします。

そして業務サイクルの中で、何らかのペインを抱えており、それがサービスを利用するトリガーシチュエーションになりえます。そこでの選択確率を高めることが重要になります。(B2Bカスタマーサクセスでは、それをAdopt(採用)と呼び、オンボーディング以降のフェーズをAdoption Phase(アダプションフェーズ)と呼ぶことが一般的です。そのためアダプション確率と言い換えることができます。)

そしてサービスが業務に必要不可欠なものかをユーザーに理解して頂き、業務フローの中に完全に組み込んで頂くことが重要です。例えば「このツールがないともはや業務回らないよね」「このツールがないと売上下がっちゃうよね」と、決裁者に認識して頂くことが重要ですし、ツールを使うための組織づくり・組織運営にコミットしていただくことも重要です。

カバレッジについては、例えばユーザーの業務カレンダーに「ツール振り返りMTG」を設定頂くことや、ブラウザのブックマークに登録していただく、Google検索したときに使い方がヒットする、といった視点が有効です。そしてツールごとに正解が異なります。医療SaaSの場合はFAXが重要なタッチポイントになりえます。

そして選択され続けるかどうかは、合理的にビジネス成果に直結しているかどうかによって判断されます。B2Cのように無意識的な競争環境にさらされていないため、B2Cより安定しており、選択確率も高い状態を維持できます。でもたまに鶴の一声で解約されるリスクもあります。*11

B2B版の顧客体験サイクルも過去に執筆しているのでよろしければ併せてお読み頂けると嬉しいです!


注釈・参考文献

*1 : 西口 一希. たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング
箱を使った有名なアプローチに、西口さんの「9セグマップ」を使ったコンセプトテストが挙げられます。ただ箱の中身を分解するアプローチでは

*2 : トリガーシチュエーションという名前は便宜的に独自で呼んでいる名前です。ブランドマーケティング領域の専門用語では「カテゴリー・エントリー・ポイント」と呼ばれますが、ジョブ理論における「状況(シチュエーション)」の概念を含んでいないように思います。そのため、サービスが起動されうるトリガーとなる状況(シチュエーション)と呼ぶほうがしっくりくるのでこのような呼び方をしています。

*3 : Jenni Romaniuk. Building Distinctive Brand Assets

*4 : Byron Sharp. Marketing: Theory - Evidence - Practice 
競合企業数とマーケットシェアのデータより考察

*5 : 中澤伸也. 続・ロイヤル顧客育成の真実

*6: Shota Tajima. PV至上主義は悪なのか
コンテンツ型サービスがマーケティングに取り組む上での知見が大変参考になります。

*7 : コミュニケーションのカバレッジは、森岡さんの言うところの「配荷」であり、Byron Sharpが言うところの「フィジカル・アベイラビリティ」に相当するものを指しています。

*8 : 

*9 : 刀・森岡毅氏が語る、どんな戦略でも使える“武器”とは 
これは森岡さんの話に強く影響され、自分の経験によるものです

*10 : 身体感覚の招待はクオリアではないか。

*11 :Byron Sharp. Marketing: Theory - Evidence - Practice 
合理的と書いたが、実際にはB2Bの方が感情的に意思決定が行われることが知られている

* : サービスグロースに必要な「顧客体験サイクル」という視点

* : B2B SaaSの価値「顧客体験サイクル」とは何か?


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