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既存顧客マーケティングの核「選択確率」と銀の弾丸「リ・デザイン」

既存顧客マーケティングの核は選択確率ではないか?

本noteは前回記事「既存顧客マーケティングを考えるための新しい視点」の続編です。

より本質的な核、「選択確率」に焦点を当て、その構造を紐解くことを目指します。

また記事後半で確率を抜本的に引き上げる視点を提案させていただきます。

なおこの考えは、森岡さん今西さんの「確率思考の戦略論」、Byron Sharpの「ブランディングの科学」、Jenni Romaniukの「Building Distinctive Brand Assets」、Andrew Ehrenberg, Gerald Goodhardtの「NBD、RepeatBuying」に着想を得たものです。

複雑な既存顧客マーケティングの世界を、シンプルな確率の視点で覗いてみましょう!

前回記事のおさらい

前回記事「既存顧客マーケティングを考えるための新しい視点」の主な要旨を振り返っていきたいと思います。

既存顧客がサービスを利用する様子を観察していくと、そこには繰り返される生活サイクルが存在していることに気付きました。

そして生活サイクルの中にサービスを起動するきっかけ、トリガーとなるシチュエーション(状況)が複数存在しており、サービスはそのタイミングで思い出され、選択されていました。

便宜上それをトリガーシチュエーションと呼ぶ事にします。

例えば食べた食事を記録管理するサービス『あすけんダイエット』は「食事」というトリガーシチュエーションでサービスが選択されます。

一方、Spotifyは「なんか気晴らしがしたい」という無意識のトリガーシチュエーションで選択されていました。

繰り返される生活サイクルの中にトリガーシチュエーションが存在する

毎回自社サービスが選択されるとは限りません。

twitterやinstagramなど他の選択肢が想起され選ばれる可能性があるためです。自社サービスが選ばれるかどうかは確率的に発生していました。

したがって、その想起・選択確率を高めることが既存顧客マーケティングのミッションです。

トリガーシチュエーションで選ばれる確率を上げることが重要

また生活サイクルの中でサービスが利用される軌跡を俯瞰してみると、繰り返される体験が存在していました。

あすけんダイエットの場合、「朝食記録」→「昼食記録」→「夕食記録」→「朝食記録」→「昼食記録」→「夕食記録」→「朝食記録」→「昼食記録」→「夕食記録」→・・・。という体験を繰り返していることに気が付きます。

まるで繰り返されるサイクル。顧客体験サイクルです。

つまり想起・選択確率を高めることは、生活サイクルの中で繰り返し利用され続ける状態を意味しており、それは顧客体験サイクルを回転させることでした。

トリガーシチュエーションで選ば続ける=繰り返される体験のサイクル

また顧客体験サイクルは、(一般的には、)コアサイクルとサブサイクルで構成されます。コアサイクルだけでなくサブサイクルまで回転していると、サービスは数多くのトリガーシチュエーションで選択されるようになり、顧客はロイヤル化します。

例えば、あすけんのヘビーユーザーは食事管理機能だけでなく、分析機能、コミュニティ機能といったサブ機能まで使い倒します。

コアサイクルとサブサイクル

つまり顧客体験サイクルのコアサイクルを回転させ続けることと、サブサイクルまで回転させることで既存顧客は活性化する。

だから顧客体験サイクルの回転に目を向けましょう。という主旨でした。

ここまでが前回記事のおさらいです。

既存顧客マーケティングの核は「選択され続けること」

シンプルな本質は何だったのか?

核は何か?

その結論は、「選択され続けること」

これが私が考える既存顧客マーケティングの核です。

言い換えると「選択確率を高めること」です。

それは生活サイクルの中で
1. 沢山のトリガーシチュエーションで
2.継続的に
選択され続けることにほかなりません。

選択確率を高めることがセンターピン

どうしたらユーザーに長く利用し続けてもらえるのか?どうしたら長く愛されるのか?どうしたら長期的な信頼関係を築いていけるのか?

顧客のニーズに応える価値を届けられないと、サービスは選択され続けることはできません。ユーザーを理解し、対話し、価値を届け続けることが必要です。

これがまさに自分が学んできたことであり、同時に前回記事でお伝えたかったことです。

「選択され続ける」とはどういうことか?

では「選択され続ける」とはどういう状態なのでしょうか?

それを理解するために、まずはトリガーシチュエーションの構造に目を向けていきます。

前回記事で示したとおり、生活サイクルの中には無数のトリガーシチュエーションが存在しています。

あすけんのような「食事」という意識できるシチュエーションもあれば、Spotifyのような「なんか気晴らしがしたい」という無意識的なシチュエーションもあります。

有意識で選択されるあすけん。無意識で選択されるSpotify

また無意識的なトリガーシチュエーションの方が、有意識とは比べ物にならない規模で、遥かに多く点在していると考えています。

97%が無意識であると言われていたり、受動的に意識が発生していると言われる点からも納得できます。(受動意識仮説)*1

また人は1日に3.5万回、1週間で約25万回の意思決定をするそうです。*2

トリガーシチュエーションの数はとてつもなく膨大だと考えられます。

つまり生活サイクルの中には、無意識と有意識で構成されたトリガーシチュエーションが膨大な数、点在しています。

つまり生活サイクルの中には数十万個の膨大な数のトリガーシチュエーションのスロット(枠)が存在しているのです。

数十万個の膨大なトリガーシチュエーション

様々なサービスは、ユーザーのトリガーシチュエーションのスロットを奪い合っています。

サービスはトリガーシチュエーションのスロットを奪い合っている

選択確率が高いサービスは、複数個のスロットを獲得できますが、選択確率が低いサービスはユーザーのスロットをほとんど獲得できません。

数十万個におよぶ膨大なトリガーシチュエーションスロットの中で、沢山ののスロットを獲得することが選択確率の実態なのです。

これをモデル化して考えれば、数十万個に及ぶ膨大なn個のスロットのうちθ個サービスが選択される状態の確率ですから、選択確率pは θ/n と表せます。

無限個に相当する膨大なnの中からθ個取り出す確率

以上より、既存顧客マーケティングの核である「選択され続ける状態」とは、顧客1人の選択確率を上げることであり、1人の選択確率p=θ/nを、高い状態に引き上げることです。

これが既存顧客マーケティングの核です。

1人のユーザーは確率的に選択している

さて、確率p=θ/nをよく理解するために、皆さんにご質問です。

少し考えてみてください。

Q.ここにtwitterを毎日欠かさず利用しており、1日約20回ほど起動しているユーザーがいます。このユーザーが翌日にtwitterを開く回数は何回でしょうか?



どうでしょうか?

20回くらいでしょうか?

でも15回かもしれないですし、24回かもしれませんね。

答えはズバリ言い当てることはできません。なぜなら確率的に発生するからです。

ただ、いきなり明日から0回になるかと言われれば、ほぼありえないだろうと体感的に分かると思います。おそらくほとんどの人が高い確率で翌日も20回前後起動するだろうと分かります。

したがって答えは、確率的に「だいたい20回くらい」なのです。これを確率分布として表現することで、質問に対する答えを表現できるようになります。

「だいたい20回」を確率分布で表現

この確率分布を見れば、20回起動するユーザーが、翌日に20回起動する確率は高く、突如0回に低下する確率は低いことがわかります。

我々の体感値に間違いありません。

1日あたり平均してθ=20回 twitterを開く1人のユーザーが、翌日にtwitterを起動する確率は、確率分布として表現でき「だいたい20回くらい」であることが分かります。

この確率分布をポアソン分布と呼びます。

1人のユーザーは1週間に数十万回意思決定しています。

絶えず数秒に1回の頻度で、壺から玉を取り出す作業を続けています。

壺の中には膨大なトリガーシチュエーションのスロット(白玉)が入っているのですが、ごくまれにサービス選択(赤玉)を取り出します。

この赤玉を引き当てたとき、見事あなたのサービスは利用されるようになるのです。

基本的に白玉しか出ないが、直面したシチュエーションで脳内想起が発生すると、ごくまれに赤玉が取り出される

ユーザーの選択はこのような形で確率的に発生します。*3

消費者の購買行動はポアソン分布に従うことが知られているため、デジタルサービスの選択でもおそらく同じであると考えられます。*4

生活サイクルの中で「選択され続ける」こと、その選択確率p=θ/nの正体は、確率的な分布であり、ポアソン分布なのです。

ヘビーユーザー化とポアソン分布のシフト

あすけんダイエットを毎日利用するミドルユーザーは朝昼晩の3回、食事を記録すると考えられます。これを7日間行うので、1週間で約21回あすけんダイエットを起動します。(平均θ=21回起動するユーザーの確率p)

一方であすけんのヘビーユーザーは食事記録だけでなく、分析機能を使ったり、コミュニティ機能を使ってダイエットのモチベーションを上げています。1日3回よりも多く起動しているはずです。仮に1日10回起動すると仮定すると、1週間で70回起動する計算です。(平均θ=70回起動するユーザーの確率p)

両者のポアソン分布を示すと次の通りです。ヘビーユーザーのほうが確率分布が右によっています。

確率分布を見るとヘビーユーザーは翌日にも高い確率でヘビーユーザーであり続けることが分かります。

これが顧客のロイヤル化です。

さて、両者のユーザーの生活サイクルを見ていきましょう。

生活サイクル上のサービス利用の軌跡に目を向けると、ヘビーユーザーの方が沢山かつ継続的にサービスを利用している事がわかります。沢山のスロット数を獲得できています。

ミドルユーザーとヘビーユーザーのポアソン分布

この様子を俯瞰して顧客体験サイクルで捉え直すと、ヘビーユーザーは食事記録のコアサイクルに加えて、分析機能やコミュニティ機能を利用するサブサイクルも回転している状態なのです。

コアサイクルだけでなくサブサイクルまで回転しているユーザーは、高頻度でサービスを利用するため、選択確率p=θ/nは高い状態です。その確率分布であるポアソン分布は右にシフトします。

選択確率p=θ/nを高めるために必要なことは、やはり顧客体験サイクルの回転なのです。

サブサイクルまで回るヘビーユーザーの選択確率は高い

コアサイクルにフォーカスせよ

さて、既存顧客マーケティングの核である選択確率の正体がp=θ/nでありポアソン分布であることが理解できました。

フレームワークの堅牢性はそれなりに高そうです。

これが前回note執筆の背景です。

では選択確率を高めるための有効なアプローチはなにか?が気になるところです。

「そうか、わかったぞ!選択確率を高めるためには顧客体験サイクルを回転させればよいのか!ロイヤル化させるために、サブサイクルを活性化しよう!」

と飛びつきたくなりますが、注意が必要です。

サブサイクルが回転するヘビーユーザーは全体のごくわずかであるからです。インパクトが出ません。

目を向けるべきはコアサイクルが回転しているミドルユーザー。もっと言えば、コアサイクルすら満足に回転していないライトユーザーです。そちらの方が遥かにボリュームが大きいからです。

ライトユーザーの方がボリュームが大きい。ライトユーザーが重要。

崩壊したコアサイクルとダブルジョパディの法則

ライトユーザーのコアサイクルは重要です。サービスの生命線に関わります。

どれほど重要か。ライトユーザーのコアサイクルが崩壊しているケースを仮想的に考えてみましょう。

例えばライトユーザーのコアサイクルが低頻度でしか回転しておらず、θの個数があまりにも少ない場合、ライトユーザーの選択確率は致命的です。

なぜならライトユーザーの動きは確率分布に従うからです。

低頻度でしか利用しないユーザーが明日起動する確率は?

当然低いままです。

このようにコアサイクルが低頻度でしか回転しないサービスの場合、時間経過とともにユーザーの記憶から消えていきます。

気付いたときには休眠してしまします。ライトユーザーが一瞬で消えていく。

バケツに穴が空いている状態です。

お馴染みのバケツの水漏れ

こうなると新規顧客という新しい水を流し込み続ける他なくなります。ユーザーがいなくなる前に大量の広告費をかけて水を増やすしかありません。

しかし沢山の新規顧客が流入したとしても、ライトユーザーのコアサイクルの頻度は低いままだと、確率分布に従い、一定のスピードで新規流入ユーザーはサービスから離脱していきます。

こうなるとスピードとの戦いです。ユーザーが抜けていくのが先か?それとも広告予算がショートするのが先か?

しかし、コアサイクルが低頻度でしか回転しないサービスは「ユーザーに欲しいと思われていない」可能性が高いことを意味します。多額の広告費をかけても一向に見込み顧客に振り向いてもらえません。

「コアサイクルが崩壊している。」

たったそれだけのことで、既存顧客が維持できないどころか、新規顧客も獲得できない。二重の苦しみに直面してしまうのです。

まさに有名なダブルジョパディの法則です。

【ダブルジョパディの法則とは】
「ブランドの浸透率と購入頻度には正の相関関係がある。浸透率の低いブランドほど、購入される頻度も低い。」という二重苦の法則で、ほとんどの市場で観察されることが知られている。1990年にAndrew Ehrenbergが発表し、Byron Sharpが著書「ブランディングの科学」で紹介したことで一躍有名になった。

森岡さん今西さんの有名な著書「確率思考の戦略論」は、A Ehrenbergの理論を用いた実践書として知られている。
モバイルアプリ市場で観察されるダブルジョパティの法則 *5

コアサイクルが崩壊しているサービスはすなわち、ポアソン分布がひどい状態にあるため、このような二重苦に陥ってしまうのではないかと考えています。

既存顧客マーケティングの視点から見た、私なりのダブルジョパディの法則の解釈です。

参考:ダブルジョパディの法則はホジョセンさんの解説記事が非常に分かりやすいです。

コアサイクルを抜本的にリ・デザインせよ

コアサイクルを改善しましょう。コアサイクルの改善手法は昨年のnoteやengagemateで執筆させて頂きました。ユニクロなどの事例を挙げて解説しております。

しかし、最近、コアサイクルそのものを抜本的に見直した方がインパクトが大きいのではないかと考えるようになりました。

「どんな施策を実施すればコアサイクルが回転するだろうか?」という視点ではありません。

そもそもなぜ低頻度にしか回転しないコアサイクルにデザインされているのか?」

「どうしたら高頻度で回るコアサイクルにデザインし直せるか?」

という視点です。

コアサイクルの「リ・デザイン」

これが既存顧客マーケティングの銀の弾丸になりうるのではないか?と感じています。

リ・デザインの事例:Amazon Prime

例えばアマゾンのAmazon Primeはコアサイクルをリ・デザインした驚異的な事例ではないかと考えています。

Amazon Primeがない時代のAmazonはせいぜい数ヶ月に1回程度しか利用されない状況だったのではないかと想像します。「ふと思いつき→買いたい商品を検索→比較検討→買う」というコアサイクルは低頻度でしか回転していませんでした。

しかしAmazon Primeという加入しない手はないほどの特典を投入したことで、ユーザーは「どうせ送料無料だし買うか」と何でもかんでもノールックでAmazonで購入するように変わったはずです。気づけば「あれ欲しいな」と思えるシチュエーションで必ずAmazonが想起選択されるようになったはずです。

これでAmazon Primeのコアサイクルは高頻度で回転するようになり、ポアソン分布が右にシフトします。選択確率が飛躍的に向上し、LTVが改善したのではないかと考えています。

実際にそれを裏付けるデータからも右にシフトしていることが確認できます。(※正確には購入頻度ではなく、購入金額の分布ですが)

Why Amazon Gives so Many Perks to Prime Members *6

従来のマスマーケティング的な発想で考えれば、定期的に膨大なマス広告を配信し、ユーザーの記憶を刷新し続け「買い物といえばAmazon」という第一想起を形成しに行くのがセオリーです。

しかしAmazon Primeを投入してコアサイクルをリ・デザインすることで、広告予算をかけることなく(むしろユーザーからPrime会員費を回収しながら)「買い物といえばAmazon」という想起を作り出してしまったのです。

現在のポアソン分布のまま戦うのではなく、コアサイクルをリ・デザインすることで、ポアソン分布の形状を強化する驚異的なアプローチだったのではないかと思います。

またリ・デザインによりサービスのポアソン分布が右にシフトして強化されれば、既存顧客のLTVが飛躍的に向上し、多額の広告予算をつぎ込めるようになります。さらに強化されたポアソン分布は多くのユーザーに求められることの証ですから、少ない広告獲得コストで沢山の新規顧客に興味を持ってもらうことが可能になります。

既存顧客が維持されやすくなるだけでなく、新規顧客も獲得しやすくなります。二重の好転。ダブルジョパディの法則が働きます。

リ・デザインの事例:ピッコマ

マンガアプリのピッコマがリリースされた時の衝撃は今でも忘れられません。

業界でも激震が走りました。ピッコマのビジネスモデルが革新的だったからです。従来のマンガアプリでは広告を見せる代わりに無料で漫画を見せたり、課金させる代わりに漫画が読めるものでした。しかしピッコマは24時間待てば0円で続きが読めてしまうのです。

一見すると収益損失に陥りそうにも見える24時間待てば0円モデルですが、恐ろしく秀逸なものでした。

ユーザーは24時間待てば漫画が読めるため、毎日ピッコマを立ち上げ、楽しみにしていた漫画を一話読むことになります。

そして漫画というのは話数の箇所によって盛り上がりのタイミングが存在します。「あー、続きが気になって仕方がない…!」と気づけばチケットを買い続きを読んでしまうのです。24時間も待ちきれなくなるのです。これがピッコマの収益を支えています。

従来のマンガアプリの場合、ユーザーは読みたい漫画を読み切ると満足して離脱してしまいます。そうしたら次にマンガアプリを立ち上げるのは数週間後かもしれません。つまりライトユーザーのコアサイクルの回転頻度が低い状態でした。

しかしピッコマの待てば0円モデルの登場により、ユーザーは毎日欠かさずアプリを立ち上げるようになりました。ライトユーザーのコアサイクルですら高頻度で回転するようなデザインだったのです。

選択確率モデルを知っていれば、ピッコマのポアソン分布が右にシフトしていると推定できます。

さらにコアサイクルおよびポアソン分布の重要性を裏付ける興味深い実験があります。

一時期、ピッコマでは出版社の要望を受けて「2週間待てば0円」を1ヶ月だけ試したそうです。

なんとその結果、漫画閲覧数は60%低下し、課金売り上げも52%下落という二重苦に陥ってしまったのです。

そうした紙の連載との比較感から、出版社からは、次の話が無料で読めるまでの期間を24時間でなく「2週間」に延ばしてほしい、という要望がありました。

そこで我々は、最初の1カ月間だけ「24時間待てば0円」とし、2カ月目以降は「2週間待てば0円」というモデルを導入して実験してみました。
すると、興味深いデータが出たのです。

2週間待てば0円になった途端、閲覧者数は60%下落しました。出版社もここまでは想定内です。ただし、無料で読めるまで2週間も待たなければいけないとなれば、有料課金が増えるだろうと出版社は想定していました。

しかし実際には、課金売り上げも52%も下落したのです。この結果を見て出版社の方も、無料で待つ時間を「24時間」に設定するメリットを理解してくれました。

なぜ、待ち時間を2週間に延ばしたら、売り上げまで落ちてしまったのか私はこう理解しています。要は、ピッコマを毎日見るという「習慣化」に結びつかなかったのです。

24時間待てば無料で次の話が読めるのなら、ユーザーは毎日アプリを使います。しかし、2週間も待たなければいけないとなると、ユーザーはその間にその漫画への「熱」を忘れてしまうのです。

先ほども申し上げたように、ピッコマのメイン読者はライトユーザーです。その上、スマホにはフェイスブックやインスタグラム、ニュースアプリ、ゲームなど、いくらでも「暇つぶしの道具」があります。他に娯楽の手段があふれるほどある今の時代、2週間も経てば、ユーザーは、読んだ直後に感じた「はやく続きが読みたい!」という気持ちを失ってしまいます。すると、いつしかアプリ自体を開いてくれなくなります。

「待てば0円」モデルで見えた、人々の「課金の実態」を全て明かそう *7

このようにピッコマにおいても、コアサイクルが高頻度で回転するようにリ・デザインして、ポアソン分布の形状を右にシフトさせた驚異的な取り組みだったのではないかと考えています。

リ・デザインするための「魔法の質問」

以上の事例からも、選択確率を高める銀の弾丸は、ライトユーザーのコアサイクルの回転にあると言えるのではないでしょうか。

驚異的な改善を目指すなら、コアサイクルの構造そのものをデザインし直す「リ・デザイン」の視点が必要になるのではないかと考えています。

様々な事例やProduct-Market-Fitの瞬間を見るに、経験則的にも納得感があります。もちろん、銀の弾丸は誇張しすぎかもしれませんが、抜本的な改善のヒントになると考えています。

ただ、リ・デザインの正解はサービスごとに全く異なるうえに、これを見つけることは至難の業です。ユーザーに聞いても見つからない可能性が高いでしょう。Amazon Primeやピッコマのようなサービス構造を変えるアプローチは無理。というケースもありえます。

果たして、一体どこから手を付けて良いのか・・・

長い間答えが見えずにいたのですが、先日、ついにその糸口となるヒントを見つけました。

音部さんの「The Art of Marketingマーケティングの技法―パーセプションフロー・モデル全解説」を読み、その中に考え方のヒントを見つけたのです。*8

音部さんはファブリーズという市場に全く存在していなかったプロダクトのプロジェクトにつき、悩まれていたようです。

コンセプトボードによる調査でも、プロトタイプ(試作)の製品を使った調査でも、消費者の反応は残念な様子です。いまでこそファブリーズのような液体をソファやカーペットに噴霧することに抵抗感は感じませんが、当時の消費者にその感覚はありません。「だってさ、濡れるんだよ、これ。ソファが濡れたって、また怒られたよ」当時の担当者はよくこぼしていました。
(中略)
実際、そうしたニオイの問題を解決したいヘビーユーザーがいました。例えば大型犬を屋内で飼っていたり、家庭内に喫煙者がいたりする世帯です。

ただ、このような生活スタイルによるニオイの問題は増やせるものではありません。ヘビーユーザーの拡大は簡単ではなさそうです。
The Art of Marketing マーケティングの技法

一部のユーザーに「臭いを消せる!」とファブリーズを評価してもらっていたものの、ニオイの問題を増やすことができず市場シェアに苦戦していたのです。

つまり、「臭う」というトリガーシチュエーションで選択され、ファブリーズが雇用されたものの、そのコアサイクルの頻度が低かったのです。ポアソン分布が左にシフトしていたと考えられます。

ファブリーズの課題

そこで音部さんは次の質問をファブリーズチームに投げかけたと言います。

ファブリーズチームには、次の質問を投げかけました。「いまは3年後です。日本の70%の世帯がファブリーズを毎月1本消費しています。さて、なにが起きていますか?」。

未来の消費者の行動を通して、ブランドが確立された様子を描写してみたのです。数%の世帯浸透率しかないブランドが、当時の柔軟剤と同程度の70%の世帯に浸透し、毎月1本使われる未来を想像するのは、おこがましい話です。同時に、こうした極端な質問は現状の延長線上にはない未来を考えさせます。
(中略)
「多くの世帯が毎月買う」のなら、ルーチンで使われているだろうと推測できます。日常生活では洗濯や掃除がルーチンです。汚れたから洗うのではなく、着たから洗う。散らかったから掃除をするのではなく、定期的に掃除をする。そこで、年に一度の大掃除で使うスプレー式の住居用洗剤ではなく、毎日毎週の掃除で使う掃除機や使い捨てフローリングワイパーの仲間になればよさそうだ、という結論になりました。
(中略)
「部屋がニオわず快適」というベネフィットを訴求すれば、「対症療法ではなく根本解決だ」という点を競争優位に、置き型の消臭剤と競合できそうです。
The Art of Marketing マーケティングの技法

そして、日常の生活習慣の中で使われる「快適に過ごせる」というポジションを見つけたのです。

まさにコアサイクルのリ・デザインで選択確率を上げ、ポアソン分布を右にシフトしたケースであると考えられます。

「もしあなたのサービスが国民の70%に1日x回、利用されるとしたら、その時何が起こっていますか?」

リ・デザインのヒントが得られる魔法の質問です。

コミュニケーションでも「リ・デザイン」できる

ファブリーズの事例は私達に勇気を与えてくれます。

リ・デザインは必ずしもプロダクトそのものを変えなくても良いのです。

顧客のパーセプションを変えるだけで、コミュニケーションだけでポアソン分布の形状が変わるのです。

プロダクトに手を加えられなくても希望があります。

音部さんは著書で、顧客のパーセプションを変えるための方法論「パーセプション・フローモデル」を提唱されています。

ファブリーズのポアソン分布を変えるためのパーセプションフロー。著書より引用

Reproでも、パーセプションを変えて、習慣化を促すようなコミュニケーションの成功事例が多数あります。

ポアソン分布の形状を変え、リ・デザインするようなコミュニケーションを探索することを強くおすすめしたいです。

分析から施策実行までにかかる時間が10分の1以下に。 アプリマーケティング基盤を 『Mixpanel』から『Repro』に変えたワケ *9

まとめ

既存顧客マーケティングの核は「選ばれ続けること」

それは選択確率であり、ポアソン分布です。ポアソン分布を右にシフトするために、顧客体験サイクルのコアサイクルに着目しましょう。高頻度に回転するコアサイクルに「リ・デザイン」することで抜本的に改善できると考えられます。

あくまで私の経験値ベースの考えですが、少しでも参考になれば幸いです!

注釈・参考文献

*1 : 前野隆司. 意識は幻想か?―「私」の謎を解く受動意識仮説

*2 : Sahakian, B. J. Labuzetta, J. N. (2013). Bad moves: how decision making goes wrong, and the ethics of smart drugs.

*3 : ポアソン分布について
ポアソン分布が説明するのはあくまでN=1のユーザーであり、ユーザー全体の振る舞いではありません。ユーザー全体としての振る舞いは負の二項分布(NBD)に従うことがEhrenberg, A (2000) によって明らかにされています。

*4 :
Ehrenberg, A (2000), Repeat Buying
森岡 毅, 今西 聖貴. 確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力
「nが『膨大な』トリガーシチュエーションのスロット数」である点がミソだと考えています。言い換えるとベルヌーイ試行のn→∞の極限に相当するため、p→0に収束し、ポアソン分布に近似できると考えられます。

*5 : Lara Stocchi, Carolina Guerini, Nina Michaelidou. (2017) When are apps worth paying for? An analysis of the market performance of mobile apps

*6 : Why Amazon Gives so Many Perks to Prime Members

*7 : 「待てば0円」モデルで見えた、人々の「課金の実態」を全て明かそう

*8 : 音部大輔. The Art of Marketingマーケティングの技法―パーセプションフロー・モデル全解説

*9 :  分析から施策実行までにかかる時間が10分の1以下に。 アプリマーケティング基盤を 『Mixpanel』から『Repro』に変えたワケ

*: 過去記事
既存顧客マーケティングを考えるための新しい視点
サービスグロースに必要な「顧客体験サイクル」という視点
LTVを最大化するための「顧客体験サイクル」という視点と、その改善方法


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