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シナリオ獄中面会物語1 分冊版第9話:西口宗宏死刑囚(堺市資産家連続殺害事件)  

 ここで公開するのは、実在死刑囚たちに対する私の面会取材の記録について、漫画家の塚原洋一先生が漫画化してくださった電子書籍『マンガ「獄中面会物語」』(発行/笠倉出版社、企画・編集/伊勢出版)の分冊版9~15話のシナリオです。7回に分けて1話ずつ公開します。今回は初回なので、企画の意図を説明させてもらいます。

 電子書籍『マンガ「獄中面会物語」』は、拙著『平成監獄面会記』を原作とする1~8話は1冊の単行本にまとめられて発行されており、おかげさまで紙の単行本版、電子書籍版共に多くの人に読んでもらえました。誰も知っているような有名な事件、有名な死刑囚について、一般マスコミでは報道されないような実相を知ることがそそできたという好意的な評価が多かったように思います。一方、電子書籍のみで発行された分冊版9~15話は、作品が発行された事実自体が世にほとんど知られておらず、残念ながら、あまり多くの人に読んでもらえていないのが実情です。

 そこで、まずは分冊版9~15話についても、少しでも多くの人に作品の存在を知ってもらいたく、シナリオをここで公開することにした次第です。

 シナリオを公開することは、いわば「ネタバレ」にあたります。しかし、シナリオと漫画は作品としては別物なので、シナリオを先に読んだからといって、漫画の読み応えが損なわれることは無いだろうと思っています。

   実際、シナリオを書いた私自身、シナリオをもとに描いてくださった塚原先生の漫画を読み、ストーリーを知っているから読み応えが減じるということはありませんでした。むしろ、「あのシナリオがこうなるのか」といつも感銘を受けていました。漫画原作や脚本のプロではない私の拙いシナリオを漫画作品として成立させるため、塚原先生が様々な措置を講じてくださっているからです。

 ですので、漫画を未読の方がここで公開されたシナリオを先に読み、漫画を後から読んでも、まったく別の作品として読めるように思います。また、漫画をすでに読んでくださっている方は、漫画になる前のシナリオと読み比べることにより、新たな発見もあるだろうと思います。

 今回紹介するのは、分冊版9話「堺市資産家連続殺害事件・西口宗宏死刑囚」編です。この作品は、漫画とシナリオがとくに大きく異なります。シナリオを読み、完成した漫画がどうなっているのかと関心を持たれた方はぜひご一読ください。

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実際のシナリオと漫画作品では、被害者の方々を実名表記していますが、ここでは匿名表記にしました。また、実際のシナリオでは、西口死刑囚の3人の子供たちの生年を書いていますが、ここでは伏せました。

〇 様々な殺人犯の顔の画像

片岡のN「社会を騒がせた大事件では、いつも犯人の画像がネット上のあちこちでさらされる」
 

〇 スマホの画面上の西口宗宏の画像

片岡のN「西口宗宏も例外ではない。ネット上には、いかにも「不良中年」といった風貌の西口の画像が流布しているが――」


〇大阪拘置所・外観

テロップ(以下T)「2014年7月中旬 大阪拘置所」〇 同・面会室

  アクリル板の向こう側に座り、こちらを見ている西口。やせて貧相な感じになっている。

片岡のN「面会室に現れた実際の西口はやせていて、精気もなく、弱々しい感じの男だった」
  
  アクリル板越しに西口と向かい合う形で座っている片岡。

片岡「捕まる前の写真と雰囲気が随分違いますね」

西口「ここに来てから食欲が無くて・・・食事を食べても吐いてまうことを多いんです」

片岡のN「とても暴力的な男に見えないが・・・この男はまぎれもない凶悪殺人犯なのだ」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版9話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 パンジョ泉北店・俯瞰

片岡のN「西口が第1の犯行を敢行したのは2011年11月5日の夕方のこと。現場は大阪府堺市のショッピングセンターの駐車場だった」


〇 同・駐車場

  駐車している車(高級外車)の運転席に乗り込もうとしている女性。

  その背後から西口が両手で女性の背中をドンと押し、車の中に押し込む。

西口「騒ぐと殺すぞ」

  西口の手にはガムテープ(それを西口がビーッと引っ張る?)。

片岡のN「西口は、車で買い物に来ていた歯科医夫人・Aさん(当時67)を車の中に押し込むと、ガムテープで目と口をふさぎ、両手足を拘束した」


〇 道

  Aさんの車を運転している西口。

片岡のN「そしてAさんを車で連れ去ると、現金31万円とキャッシュカード、商品券などを奪い取った。さらにキャッシュカードの暗証番号を聞き出すと――」


〇 自分の顔の前でラップを広げる西口

片岡のN「西口はAさんの顔にラップを巻きつけ、息ができないにようにして殺害したのだ」


〇 ドラム缶の中で大量の豆炭が燃えている

片岡のN「Aさんの遺体は山中に運び、ドラム缶で燃やして処分した」


〇 Bさん宅・外観

  和風の立派な家。

西口の声「宅配便でーす」

片岡のN「さらに翌12月1日、西口は第2の犯行を敢行する。宅配便を装い、象印マホービンの元副社長・Bさん(当時84)の家に押し入ると――」


〇 同・室内

  西口に背後から突き飛ばされ、玄関近くの廊下で転倒するBさん。

西口「騒ぐと殺すぞ」

 ガムテープと結束バンド。

片岡のN「Bさんに対してもガムテープで目と口をふさぎ、結束バンドで両手足を拘束した」

 
〇 自分の顔の前でラップを広げる西口

片岡のN「そして現金80万円やクレジットカード、商品券を奪い、クレジットカードの暗証番号を聞き出すと、Bさんのこともラップを顔に巻きつける手口で殺害したのだ」


〇 警察に逮捕された西口

片岡のN「その後ほどなく西口は、Aさんの銀行口座から現金を引き出した容疑(窃盗)で逮捕され、犯行を全面的に自供した」


〇 大阪地裁堺支部・外観

片岡のN「2014年3月14月、大阪地裁堺支部の裁判員裁判で西口は死刑を宣告されたが、それは大方の予想通りの結果だった。だが・・・」


〇 パソコンの画面に映った産経ニュースの記事の見出し「死刑は当然と思う」

T「産経WEST2014年2月19日配信記事」

  それを見ている片岡。

片岡のN「私は、西口が公判中に発したとされる言葉が心に引っかかった。そこで本人に会ってみたいと思った」


〇 大阪拘置所・面会室

  アクリル板越しに向かい合っている西口と片岡。

西口「実は・・・これまで取材は全部お断りしていて、片岡さんの取材を受けるか否かもまだ決められないんです」

片岡「やはり裁判中に取材を受けるのは不安ですか」

片岡のN「西口は当時、大阪高裁に控訴中だった」

西口「そうではなく、僕が取材に答えたことが記事になったら、それが謝罪の言葉でも、遺族の方々はイヤだと思うんです。ご遺族は僕がまだ生きていること自体がイヤなはずですから・・・」

片岡のモノローグ(以下M)「被害者遺族の心情を想像できる人間ではあるようだな」

片岡「西口さんは裁判で『死刑は当然と思う』と言ったそうですね。自分の罪は自分の生命でしか償えないと思っているのでしょうか」

西口「それはちょっと違います。僕は、『死刑は当然と思う』と言ったんじゃなくて、『日本には死刑という刑があるんで、自分のやったことは死刑だと思います』と言ったんです」

片岡「やはり、死刑になるのは怖いですか」

西口「死は怖くないですが、死刑は怖いです。自死しようと考えたこともありますし、いつも頭に死があります」

片岡のN「西口は「取材を受けるか否かはまだ決められていない」と言いながら、私の1つ1つの質問に率直な答えを返してきた。そして結局、私の取材を受け入れたのだ」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版9話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 西口から片岡に届いた手紙

  その手紙を読む片岡。

片岡のN「西口は1961年8月26日、堺市で生まれた。報道では、元々は裕福な家の息子だったように伝えられたが、実際には生い立ちは複雑だったようだ。西口の話によると――」


〇 生まれたばかりの赤ん坊を抱いている女性

  女性、赤ん坊を別の女性に渡す。

西口のN「僕は“もらいっ子”でした。育ての母は子供を授かることができなかったので、弟夫婦の3番目の子供を産まれた直後にもらいうけたのです。それが僕でした」


〇 3人の子供(西口の兄、姉、妹)+やや離れた位置で寂しそうな子供(西口)

西口のN「本当なら兄、姉、妹がいるのですが、出自のことは教えられていなかったので、3人のことは「いとこ」だと思っていました」


〇 父の遺影

西口のN「育ての父のことは記憶にありません。僕が2歳の時に胃ガンで亡くなったからです」


〇 ソフトクリーム・売り場

  育ての母が会計をしていて、そのかたわらに子供の西口がいる。

  育ての母が西口にソフトクリームを渡す。

  手にしたソフトクリームを口に入れ(なめ?)、美味しそうな西口。

西口のN「母一人子一人ではありましたが、貧しい思いをした記憶はありません。僕はむしろ、育ての母に甘やかされていたと思います。西口家は不動産を持っていて、賃貸収入などがあり裕福だったのです」


〇 大阪拘置所・面会室

  向かい合っている西口と片岡。

西口「グレた時期もありますが、中学までは陸上部で頑張っていて、全校生徒の前で表彰されるような生徒でした。だから・・・当時は女生徒から人気があったんですよ」

  と申し訳なさそうに、しかし、少し嬉しそうに言う。

片岡のN「西口は少年時代の話をする時、少し嬉しそうだった。当時は幸せだったのだろう。しかし西口は成人後、出生の秘密をショッキングな形で知らされるのだ」


〇 自動車整備士として働く西口

西口のN「僕は高校卒業後、最初は自動車整備士として働きました。勤めていたのは大手自動車メーカーの関連会社でした」


〇 街中で彼女と一緒に楽しそうに歩いている西口

西口のN「中学時代から交際していた同級生のS子との関係も良好で、相変わらず楽しい日々でした」


〇 公園のベンチに座っている西口と彼女

西口のN「そんなある日――」

  S子が西口に何かを告げている。

西口「えっ・・・」

  西口、戸惑いの表情。

西口「Sちゃん、ほんまか・・・」

  西口、感動したような表情に変わり、彼女を抱きしめる。

西口のN「S子に子どもが宿り、僕らは結婚することを決めたのです」


〇 西口家・外観(昼)


○ 西口家・応接間

  たとえば、テレビを観ているなど何かしている西口の母親。その母親に話しかける西口。

西口「おかん、ちょっとええかな・・・」

西口のN「そして僕は育ての母に、S子との結婚の許しを求めたのですが――」

西口「実はS子と一緒になろうと思うねん。というんが、今、S子のおなかの中には・・・」

西口のN「育ての母から返ってきた言葉は予測不能なものでした」

母「それは、私一人で決められへんなあ・・・」

西口「・・・えっ?」

母「お前、ほんまは私の子ちゃうねん。松原(市)のおっちゃんの子やねん」

西口「――」

西口のN「こうして僕は初めて、育ての親と血のつながりがなく、「叔父夫婦」が実の両親だったと知ったのです」


〇 同・外観(夜)
  

〇 同・応接間

  西口、S子、育ての母、S子の母、西口の実の両親らがテーブルの周りに座っている。

西口のN「その日のうちに実の両親ともう1人の叔父が家にやって来ました。そしてS子やその母親たちもいる席で、実の父がこう言ったのです」

実の父「犬猫のように勝手に子供を作って、『産みたい』『結婚したい』って、なんや!! その子はともかく堕ろして、よう考える時間持て!!」

西口「――」


〇 西口の手紙を読んでいる片岡

西口のN「それやったら何も言うな!! と思いました。自分らこそ僕のことを犬猫のようにやったりもらったりしたくせに・・・僕は親に結婚の許しを求めるのをやめ、Sと駆け落ちして結婚したのです」


〇 西口の手紙

片岡のN「若い夫婦は結婚当初、生活は楽ではなかったが、3人の子供に恵まれ、幸せだったようだ。西口の手紙には、こう書かれていた」
 

〇 西口の幸せな日々

  西口家の5人が、西口の運転する車でキャンプ場に向かっている。長男は■■■■年生まれ、次男は■■■■年生まれ、長女は■■■■年生まれです。

  × × ×

  キャンプ場で、西口家の5人が和気あいあいと楽しんでいる(たとえばバーベキューをしているとか、水遊びをしてはしゃぐ子供たちを西口夫婦が微笑ましく見えているとか)。

  × × ×

  西口家の5人が家でテレビを観ながら晩御飯を食べ、好き好きにしゃべり合っている。

西口のN「自分が父親を知らないと言うことで家族とは休日べったりと暮らし、色々な所に毎週のように出掛けていたのですが、一番私の中で家族を感じる思い出は、日々の夕晩メシの時間のことです。なんでもない五人家族が食卓を囲み、なんでもない、大したご馳走でもないものをテレビを見ながら、好き好きにしゃべり合っている光景です。家族の一番ほのぼのと暖かい時間です」

T「2016年2月15日消印の手紙より・原文ママ」


〇 大阪拘置所・面会室

  アクリル板越しに向かい合っている片岡と西口。

片岡「その後、育てのお母さんや実のご両親との関係はどうなったのですか」

西口「育ての母との関係は一応、修復しました。育ての母に呼ばれて地元に帰り、紹介された会社に転職もしたんで・・・」

片岡「報道では、育てのお母さんが亡くなった際、かなりの遺産を相続したように書かれていましたね」

西口「現金、預金、土地、株などで1億4000万円くらいです。それで・・・僕は金銭感覚がマヒしたんです」


〇 スナック・外観(夜)

  西口、店内のボックス席で友人たちや店の女性と一緒に機嫌良さそうに飲んでいる(か、カラオケを歌っている)。 ※ここから冒頭の不良中年風で。

西口「これ、全員分な」

  とママらしき人に10枚くらいの1万円札を渡す。

  「社長かっこいい!」「ゴチになります!」などの声。

西口のN「アメ車を買った以外では、大きな散財をしたわけではありません。しかしゼイタクな日々を送るうち、遺産はどんどん無くなっていきました」


〇 大阪拘置所・面会室

  アクリル板越しに向かい合っている片岡と西口。

片岡「新聞では、自宅近くで始めた洋服店の経営に失敗し、遺産を使い果たしたように書かれていましたが?」

西口「リサイクルブティックですね。実際には、遺産が少なくなってから、妻の発案で始めた店でした。経営に失敗したのはその通りですが・・・」

片岡「それで、“前刑の事件”を起こしたわけですか?」

西口「・・・はい・・・娘の高校の学費が払えなくなったんで・・・」


〇 西口が殺人事件以前に起こしていた放火事件

T「2003年12月」

  自分の家(木造2階建て)の勝手口に、携行缶のガソリンをまく西口。

  複数のマッチに火をつけ、ガソリンをまいたほうに投げる。

  燃える西口の家。

片岡のN「実は西口は連続殺人事件を起こす8年前にも保険金目当てで自宅に放火する事件を起こしていた。そして裁判で懲役8年の判決を受け、妻と離婚したのだ」

  離婚届の紙?


〇 大阪拘置所・面会室

  アクリル板越しに向かい合っている西口と片岡。

西口「遺産のうち、残っていた土地が5000万円で売れたので、1500万円あった借金は完済できました。そして残りのお金を別れた妻に渡せたのが、せめてもの救いでした」

片岡「それなら放火などせず、最初から土地を売れば良かったですね」

西口「その通りです・・・」


〇 滋賀刑務所・外観(夜)

T「滋賀刑務所」


〇 同・集団房

  布団で寝ている受刑者たち。

  布団に入っているが、起きている西口。

西口のN「家庭を失い、服役生活では不安しかありませんでした」


〇 同・面会室へと続く廊下

  面会室へと歩く西口。その後ろから続く刑務官。 ※西口は坊主頭で、刑務官は手にバインダーのようなものを持っています。

西口のN「ただ、僕には1つだけ希望がありました」


〇 同・面会室

  アクリル板の向こう側で座り、微笑んでいる女性S子。

西口のN「月1回、大阪から面会に来てくれていたS子です。元々は中学校の同級生だったのですが・・・」

  × × ×

  談笑している西口とS子。

西口のN「放火事件を起こす前から、実はS子とはダブル不倫の関係でした。その後、S子も離婚し、息子と2人暮らしになったので、僕はS子と一緒になり、人生をやり直したいと考えるようになりました」


〇 同・前(昼)

T「2011年7月」

  出てくる西口。

  西口、顔がほころぶ。

  S子が笑顔で立っている。

西口のN「S子も身元引受人になってくれたので、僕は仮出所してからS子の家で一緒に暮らすようになったんです」


〇 事件のことを告げる新聞記事 ※使用する新聞記事は出典を明記してください。

片岡のN「しかし、西口が連続殺人事件を起こしたのは、仮出所からわずか4カ月後のことだ。S子さんと人生をやり直すつもりだった西口は一体なぜ――」


〇 大阪高裁・法廷前の「第1001号法廷」というプレート

片岡のN「答えは控訴審の法廷で示された。きっかけは「1つの嘘」だった」


〇 同・第1001号法廷内

  証言台の椅子に座り、弁護人の質問を受ける西口。※サイズが大きめのスーツ姿

弁護人「S子さんに「就職が決まった」と嘘をついたのはなぜですか」

西口「見栄をはりました。仕事をしないと、認めてもらえないと思ったんです」

  傍聴席に片岡。

片岡のN「西口は仮出所後、なかなか就職が決まらず、焦りから嘘をついたのだ」

弁護人「嘘をついた時、S子さんはどういう反応でしたか」

西口「保護監察官に私の仕事のことを色々聞いていたようです。私はそれを知って焦り、保護観察官に「月末に給料が70万円入る」と言ってしまったんです・・・」


〇 どこにでもありそうな平凡な公園(昼)

  ベンチに座った作業着姿の西口、思いつめたような表情をしている。

片岡のN「西口はS子さんに「就職が決まった」と嘘をついて以来、毎朝出勤するふりをして外出し、夕方まで公園やホームセンターで時間をつぶしていたという」

  西口、意を決したように立ち上がる。


〇 パンジョ・駐車場

片岡のN「その挙げ句、「給料が70万円入る」と嘘に嘘を重ね、それだけの金を得るためにあの連続殺人に手を染めたのだ」

  西口、駐車場の前にいて、思いつめた表情で「獲物」を探している。


〇 大阪高裁・第1001号法廷内

  西口が証言台の前に立ち、弁護人の質問に答えて証言している。

西口「このままやったら、彼女が他の男のところに行ってまうんやないかと不安でたまらなかったんです・・・」

  傍聴席に片岡。

片岡のN「精神科医による情状鑑定では、育ての母が西口に対し、「もらい子」だという意識が強かったため、西口は「母に愛されている」という実感が持てずに育ったのだと指摘された」

〇 鑑定書

片岡のN「そのため、西口は女性に強く愛情を求めるようになり、それが犯行の遠因になったという」

〇 大阪拘置所・面会室

  アクリル板越しに向かい合っている片岡と西口。

片岡「情状鑑定の結果をどう思いますか」

西口「言われてみれば、確かに・・・と思うところはありますね。僕は女性への執着が強かったような気がします」

片岡「しかし、犯罪でお金を得るにしても、他にも振り込め詐欺とか色々方法があったはずです。殺人まで犯す必要はなかったのでは?」

西口「僕も今はそう思います。カッパライでも良かったんやな、と。でも、当時は人を殺すことしか思いつかなかったんです」

片岡「ラップで窒息死させるという残酷なやり方にしたのはなぜですか」

西口「映画かドラマで見たのを真似したんです。首を絞めたり、刃物で刺したりするより怖くないと思ったので・・・」

片岡「では・・・Bさんを狙った理由はなんでしょうか」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版9話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 生前のBさんの笑顔

片岡のN「実は西口の実家はBさん宅の向かいにあり、子供がいなかったBさんから西口は「ぼく、ぼく」と呼ばれ、かわいがられていた。西口が大人になってからもBさんとは家族ぐるみの付き合いをしていたという」


〇 大阪拘置所・面会室

片岡「裕福な人はいくらでもいるのに、なぜ、恩人のBさんを?」

西口「お金を持っていそうなのは誰かと考え、最初に思い浮かんだのがBさんだったというだけです。すでに1件目の事件を起こしていたんで、人の生命を奪うことに抵抗感が無くなっていたのもしれません」

片岡のN「きっと西口は犯行時、壊れてしまっていたのだろう」


〇 同・独房

  写経をしている西口。

片岡のN「西口は獄中で毎日、被害者のために写経と読経をしていたが、写経のやり方は独特だった」

  写経をした便せんに一緒にイラストを描いている西口

片岡のN「写経と一緒に絵を描いていたのだ。いつもマンガのような絵で、死刑への恐怖や、別れた妻子への未練など心情が率直に表現されていた」

 何枚か実物。


○ 西口からの手紙を読んでいる片岡

片岡のN「面会や手紙のやりとりを重ねるうち、西口は私への手紙にも絵を描いてくるようになった。とくにクリスマスカードや年賀状、残暑見舞いなどは手の込んだ出来だった」

  実際のクリスマスカードや年賀状、暑中見舞いなどを何点か紹介。


〇 西口が描いた絵

片岡のN「そして西口の絵の腕はどんどん上がり、死刑廃止をめざす市民団体が主催する「死刑囚の表現展」で賞をもらうまでになった」


〇 大阪拘置所・面会室

  アクリル板越しに向かい合っている西口と片岡。

西口「ここでは絵の具は使えません。先日のはがきの水彩画のような絵は、色鉛筆を砕いて水で溶かして描いたんです」

片岡のN「絵の話をする時の西口は楽しそうで、それが唯一の生きがいになっているようだった。ただ、体調は常に不安定で、10キロ程度の体重の増減を繰り返していた」

片岡「また痩せましたか?」

西口「ええ、公判が近づくと食欲が無くなってしまうんで・・・」


〇 大阪高裁・法廷前の「第1001号法廷」というプレート

片岡のN「体調がとくに酷かったのは控訴審の判決公判の時だった」


〇 同・第1001号法廷内

T「2016年9月14日」

  車いすに乗せられた西口、刑務官に押されて入ってくる。
  重病人のようにやつれ、うなだれている。

  × × ×

女性の裁判長「主文。本件控訴を棄却する」

  西口は証言台の前で車いすに座ったまま、うなだれており、判決を聞いているか否かもわからない感じ。

  傍聴席に片岡。

片岡のN「この日、西口は車いすに乗せられ、法廷に現れた。前回の公判までは普通に歩けていたのに、顔面が蒼白で、重病人のようだったので驚いた」

▲『マンガ「獄中面会物語」』分冊版9話(作画・塚原洋一、発行・笠倉出版社)より


〇 大阪拘置所・面会室

  アクリル板越しに向かい合っている西口と片岡。

西口「控訴棄却という結果は覚悟していましたが、内心、怖かったのかもしれません。朝起きたら足元がふらつき、歩けなかったんです」

片岡「怖かったというのは、死刑がですか」

西口「はい。ご遺族には申し訳ないですが・・・」
片岡のN「大阪高裁が西口の控訴を棄却したのは、裁判員裁判の死刑判決を是認したということだ」


〇 最高裁・外観

片岡のN「2019年2月12日、最高裁に上告も棄却され、西口は死刑が確定することになった」


〇 地下鉄都島駅・外観

  4番出口から出てくる片岡。

片岡のN「上告棄却から10日後、私は西口と「最後の面会」をするため、大阪拘置所を訪ねた」


〇 大阪拘置所・面会室

  向かい合っている西口と片岡。

西口「死刑になる覚悟はできていたつもりでした。しかし、いざ死刑が確定することになり、正直、今は精神的に乱れています」

片岡のN「西口はこの日も率直に弱音を口にしたが・・・」

西口「僕、気づいたことがあるんです」

片岡「どういうことでしょうか」

西口「僕は元々、人に頼られるタイプで、誰かが頼ってきたら「任せとけ」みたいに言う人間でした。でも、それは見栄を張ってただけやったんです」

片岡「・・・」

西口「本当の僕は弱虫で、寂しがり屋の一人っ子なんです。こういう場所にいて、気弱なところが出てきて、ようやく気づきました」

片岡のN「たしかに放火も連続殺人も、西口は見栄をはり、お金がないことや就職が決まらないことをごまかすために起こしている。見栄を張りさえしなければ・・・」

西口「見栄をはらんといかん、と思って、意図的に見栄をはって生きてきたのもありますけど。結婚生活が駆け落ちから始まっていますから」

片岡「最近、ご家族の面会はありましたか」

西口「3年くらい前に次男が面会に来てくれたのが最後です。僕のせいで、長男は妻の実家と折り合いが悪く、長女は離婚したそうで・・・次男はまだ独身ですが、結婚をあきらめたそうです」

片岡「そうですか・・・」

西口「でも先日、嬉しいこともありました。幼稚園から中学まで一緒だった大親友が、初めて面会にきてくれたんです。親友には、「元妻に何かあったら助けてやってくれ」と頼むことができました」

片岡「やはり、別れた奥さんのことが一番心配ですか」

西口「そうですね。もうトシですから。一度も会いに来てくれないですが・・・」

  刑務官が「そろそろ時間なので」と言い、西口が立ち上がる。

西口「長いこと、ほんまにありがとうございます」

  と目に力を込めて言い、深々とお辞儀する。

片岡「こちらこそ、ありがとうございます」

  とお辞儀。

  西口、面会室の奥のドアから出て行く。

片岡のN「その後ほどなく西口は最高に判決訂正の申立てを棄却され、死刑が確定した。もう面会や手紙のやりとりはできなくなったが、西口の苦悩は生きている限り続くだろう」

(了)


【2作目】


【3作目】


【4作目】


【5作目】


【6作目】


【7作目】

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