シナリオ獄中面会物語2 分冊版第10話:奥本章寛死刑囚(宮崎家族3人殺害事件)
〇 奥本章寛の家・外観(夜明け前)
片岡のN「2010年3月1日、宮崎市郊外の静かな町で22歳の男が家族3人を殺害する事件を起こした。犯人の名は奥本章寛という」
〇 同・中
和室に置かれた柵付きベビーベッドで寝ている奥本の生まれたばかりの長男・雄登くん。
そのかたわらに立つ奥本(面会場面まで顔は見えない)。雄登くんの首を絞めようと両手を伸ばす。
片岡のN「夜明け前の午前5時頃、奥本はまず、生後5カ月の長男・雄登くんの首を絞め、口の中にティッシュを詰めたうえ、水を張った浴槽に入れて溺死させた」
× × ×
雄登くんのベビーベッドの隣に敷いた布団で寝ている妻(匿名)。
振り下ろされる包丁。
片岡のN「次に妻(24)を頚部を包丁で刺し、頭部をハンマーで殴って殺害」
× × ×
隣の部屋(和室)。布団の上で立ち上がろうとした義母(匿名)に対し、ハンマーが振り下ろされる。
片岡のN「最後に、隣の部屋で寝ていた義母(50)もハンマーで頭を殴って殺害した」
〇 車を運転している作業着姿の奥本(朝)
片岡のN「この凄惨な犯行後、奥本はいつも通り出勤し、フルタイムで働いている」
〇 パチンコ屋 (夜)
片岡のN「仕事後はパチスロをしたり、SNSで知り合った女性と会ったりもした」
〇 ガラケーで110番通報している奥本
奥本「家に帰ったら、妻と義母が・・・」
片岡のN「そして夜遅く帰宅すると、第一発見者を装って110番通報したのだが・・・」
〇 奥本の家に急行するパトカー(夜)
片岡のN「宮崎北署の捜査員らが奥本の家に駆けつけたところ、通報通り、奥本の妻と義母が頭から血を流し、亡くなっていた。しかし、雄登くんの姿は見当たらなかった」
〇 宮崎北署・外観
〇 同・取調室
片岡のN「説明の矛盾を追及され、奥本の嘘はすぐに露呈した」
刑事と向かい合って座っている奥本。
奥本「3人とも僕が殺しました・・・」
〇 資材置き場
片岡のN「奥本の供述通り、雄登くんは奥本の勤務先の資材置き場の土中から遺体で見つかった。奥本は死体遺棄の容疑で逮捕され、犯行を全面的に自供した」
〇 死刑判決を伝える新聞
片岡のN「この年12月7日、奥本は宮崎地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けた。さらに2012年3月22日、福岡高裁宮崎支部で控訴を棄却され、死刑を追認された」
出典のクレジット「宮崎日日新聞2010年12月8日朝刊1面」
出典のクレジット「宮崎日日新聞2012年3月23日朝刊1面」
〇 宮崎刑務所・外観 (昼)
T「2014年9月中旬 宮崎刑務所」
片岡のN「私が初めて奥本と面会したのは、最高裁の審理も終結し、あとは判決を待つばかりとなっていた時期だ」
〇 同・面会室
アクリル板の向こう側に立っている奥本。
坊主頭で、参考画像と同じように痩せています。
服装は、タンクトップに短パンというラフな姿。背は低く、手足は細いですが、筋肉質です。
奥本「はじめまして。奥本です」
片岡のN「奥本章寛はこの時26歳。実際に会ってみると、事件の凄惨なイメージとかけ離れた朴訥な感じの男だった」
片岡、座って、奥本とアクリル板越しに向かい合う。
片岡「最高裁の判決も迫っていますが、気持ち的にどうですか?」
奥本「……判決の日がまだ決まってないんで、早く判決の日が決まって欲しいというのはありますね」
片岡「死刑が怖いという思いは?」
奥本「今のところ、死刑が怖いという思いはあまりないです。支援してくださる人たちのことや、絵を描くことに気持ちが向いているので」
片岡のN「実は奥本には、支援者が多数存在した。奥本の「減刑」を目指す支援者たちは、奥本が描いた絵をポストカードにして販売し、遺族に弁済する活動を展開していた」
〇 中津市教育福祉センター・外観
T「2014年8月末 中津市教育福祉センター」
片岡のN「私がそのことを知ったのは10日余り前のこと。支援者たちが大分県の中津で開催した集会を取材したことによる」
〇 同・会場
大勢の人で満席となった会場。
壇上の上方には、「「罪を償う」とは? ~宮崎家族三人殺害事件から死刑制度を考える~」と書かれた横断幕。
会場の壁には、販売されているポストカード。
最前列の席にノートとペンを持ち、座っている片岡。
片岡のN「主催者によると、この日の参加者は200人以上。支援者らが集めた「減刑」の嘆願書は6千筆を超えたとのことだった」
× × ×
壇上には、4人の登壇者が組み立て式のデスクに横一列に並んで座っている。
その中の1人、森達也が話す。
T「映画監督 森達也」
続いて、やはり登壇者の1人である原田正治が話す。
T「死刑廃止を訴える犯罪被害者遺族 原田正治」
片岡のN「この日講演した著名なゲストたちも奥本には同情的で、とくに原田は奥本の支援者たちの活動に積極的に関わっているとのことだった」
× × ×
登壇者の1人、黒原智宏がマイクを持つ。
T「弁護人 黒原智宏」
片岡のN「なぜ、奥本は多くの人に支援されたり、同情されたりするのか」
黒原「今日は私の依頼人・奥本章寛くんがどんな人で、彼が起こしたのはどんな事件だったのかをご説明します」
片岡のN「以下、黒原の説明に、他の取材でわかった情報を加味して事実関係を振り返る」
〇 豊前市求菩提の風景
T「福岡県豊前市求菩提(くぼて)地区」
片岡のN「奥本は1988年2月13日、福岡県豊前市の山あいの町で生まれた」
〇 剣道をしている高校時代の奥本
片岡のN「少年時代は剣道に打ち込み、小中高校と剣道部でキャプテンを務めた」
〇 道
奥本「おはようございます」
と道ですれ違うお年寄りに、明るく挨拶。
片岡のN「いつも明るく、地元で評判の好青年だった」
〇 行進している若い自衛隊員たち
その中の1人に、奥本。
片岡のN「高校卒業後、宮崎に移り住んだのは航空自衛隊に入隊したからだった」
〇 写真
奥本と妻が生まれたばかりの長男を抱いている幸せそうな写真
片岡のN「そして宮崎で出会った2つ年上の女性と交際し、子供を授かり、21歳で結婚した」
〇 土木作業員となり、道路の舗装の仕事をしている奥本
片岡のN「奥本は結婚直前に自衛隊を辞め、3カ月の養鶏場勤務を経て建設会社で土木作業員となったが、会社の社長からは真面目な働きぶりが高く評価されていた」
〇 奥本の家・外観(夜)
片岡のN「はた目には幸せそうに見えた奥本の新婚生活。だが、家庭内では深刻な問題が生じていた」
〇 同・台所
テーブルで奥本と妻、ベビー用の椅子に座らされた雄登くん、そして義母が夕食中。
義母「なぜ自衛隊をやめたんか!」
義母に怒鳴られた奥本、箸がとまっている。
片岡のN「奥本は結婚後、同居した義母から事あるごとに自衛隊を辞めたことを非難された。家族の働き手は21歳の奥本だけ。月給は17万円前後で、生活は苦しかったのだ」
義母「自衛隊を辞めたお前は好かん!」
奥本「すみません・・・」
妻は「われ関せず」といった様子で、雄登くんに離乳職を食べさせるなどしている。
片岡のN「実は義母の父や兄は自衛官だった。義母は、娘が自衛官と結婚すれば幸せになれると思っていたようだ」
× × ×
また別の日。
奥本、テーブルの上で小包を開けている。中には、米や野菜が入っている。
片岡のN「苦しい生活の中、奥本の豊前の両親は米や野菜を送ってくれたり、お金を渡してくれたりと何かとサポートしてくれた。だが義母は・・・」
義母「まったく・・・お前の実家は援助も手伝いもしてくれん」
奥本「・・・」
片岡のN「奥本は内心、「いやいや、野菜をもらったりしてるでしょ」と思ったが、口に出さなかった。義母と争いたくなかったし、我慢を重ねる性格でもあった」
〇 パチンコ屋・外観(夜)
奥本、パチスロをしている。
片岡のN「義母との衝突を避けるため、奥本は仕事後、まっすぐ家に帰らなくなった。帰宅時間が夜10時、11時を回ることもあったという」
〇 道路の舗装の現場で働く奥本(朝)
片岡のN「そして翌朝は4時に起き、5時から現場で働いた。奥本は慢性的な睡眠不足に陥った」
〇 奥本の家・中
和室に置かれたベビー用の柵と歩行器。
そのかわたらに座った奥本、しょんぼりした感じ。
片岡のN「そんなある日、奥本の両親が宮崎までやって来て、お古のベビー用品を譲り渡してくれた。しかし、義母は奥本の両親を家にあげようとしなかった。それどころか――」
義母、奥本のそばに立つ。
義母「お下がりはいらん」
奥本「えっ・・・」
義母「バイキンがついとる。汚い。雄登がかわいくないんか」
奥本「・・・・・・」
義母「普通は新しい物を買うじゃろうが。常識が無いんじゃ」
奥本「・・・・・・」
妻、やはり「われ関せず」といった感じで、雄登くんをあやすなどしている。
片岡のN「家庭内に安らぎがなく、屈辱的な仕打ちを受け続ける日々。だが、奥本にはまだ夢が1つだけあった」
〇 奥本の両親、祖父母の笑顔
片岡のN「雄登を豊前の実家に連れて帰り、両親や祖父母に会わせてやりたい――それが奥本のささやかな夢だった」
〇 航空自衛隊の築城基地
「築城基地航空祭」というイベントを開催中。
片岡のN「そのチャンスは何度かあった。1回目は事件前年の秋、航空自衛隊の築城(ついき)基地(福岡県)に家族で航空ショーを見に行った時だ」
空で航空ショーを実演する自衛隊の飛行機。
それを見ている奥本、雄登くんを抱いた妻、義母。
片岡のN「奥本の豊前の実家は築城基地から近かった」
奥本「よかったら・・・宮崎に帰る前に豊前に・・・」
義母「行かんよ」
妻「うちも」
奥本「・・・」
片岡のN「その後、家族で九州一周旅行をすることもあり、その時も車で豊前の近くを通った。しかし、奥本はこの時、実家に立ち寄ることを提案すらできなかったという」
〇 路上に停車している奥本の車(夜)
ガラケーでグリーにアクセスしている奥本。
のめりこんでいるというより、惰性でネットをやっている感じ。
片岡のN「こうして奥本はストレスを鬱積させていった。そしてついに事件の直接的原因となる「事件以前の事件」が起きるのだ」
〇 奥本家・外観(夜)
奥本、「ただいま」と帰ってくる。
片岡のN「事件の6日前の夜のことだった」
〇 同・台所
奥本が入ってくると、テーブルの椅子に義母と妻が座っている。
妻「なんで帰りが遅くなるのに連絡せんと?」
奥本「ごめん・・・」
妻「5月の初節句、あんたの家には行かんよ」
奥本「初節句?」
片岡のN「実は奥本が帰宅する前、雄登くんの初節句を宮崎と福岡のどちらでやるかをめぐり、妻と奥本の実家がメールでいさかいを起こしていたのだ」
義母「あんたのところはうちを舐めとる」
奥本「・・・」
義母「やることはちゃんとやれよ。結婚したら、こんなもんじゃないだろが!」
奥本「・・・お米や野菜・・・お金もくれています」
片岡のN「奥本もこの時は我慢できずに反論した。それが義母の怒りを爆発させた」
義母「親がお米や野菜、お金を送るんは当然じゃろう!」
義母、右手で奥本のこめかみあたりを目いっぱいの力で叩く。
奥本「・・・・・・」
義母、さらに両手で交互に奥本のこめかみあたりを乱打する。手の動かし方は、相撲の張り手のような感じ。
義母「部落に帰れ。これだから部落の人間は」
奥本「――!」
義母「離婚したければしなさい。慰謝料ガッツリ取ってやる」
奥本の視界に入る、妻の姿。玄関で笑いながらタバコを吸っている。
片岡のN「ずっと我慢を重ねてきた奥本だが、この時、ついに心の糸が切れた。自分のことなら我慢できる。だが、故郷のことまで悪く言われるのは耐えられなかったのだ」
欄外の注釈「※義母が「部落」という言葉を使った意図は不明だが、奥本の出身地は差別されている地域ではない」
〇 家の近くに止められた車(夜)
奥本、運転席に座り、考えごとをしている。
片岡のN「どうすれば義母との生活から逃れられるだろうか――奥本はこの後5日間、独りで悩み続けた。最初は自殺を考え、次に離婚や失踪を考えた。しかし――」
義母の声「慰謝料ガッツリ取ってやる」
片岡のN「この義母の言葉のため、奥本は離婚や失踪を選べなかった」
〇 奥本の家・台所
奥本、凶器の包丁を手にしている。
片岡のN「そして最終的に選んだのが「すべてをゼロにすること」だったのだ」
〇 中津市教育福祉会館・会場
壇上で事件の経緯を説明している黒原。
黒原「奥本くんはこの時まで8カ月に渡り、睡眠が4時間を超える日がありませんでした。臨床心理士の鑑定によると、選択肢や思考が狭められる「意識狭窄」という状態に陥っており、そのために最悪の選択をしてしまったのです」
片岡のN「ちなみに奥本が犯行後、パチスロに興じたり、SNSで知り合った女性に会ったりしていたのは、「反応性の躁状態」ゆえの行動だったという」
〇 宮崎刑務所・面会室
イメージ明け。
片岡、奥本と面会室で向かい合っている。
片岡「意識狭窄の状態だったという鑑定結果はどう思いましたか?」
奥本「鑑定書通りだと思います。自分は元々視野などが狭かったと思いますが、その時はいつも以上に視野が狭くなっていました」
片岡「なぜ、結婚前に自衛隊を辞めたのですか」
奥本「自衛隊は『一生はやりたくないな』と思いつつ、中途半端な気持ちで続けていたので、一生できる仕事を他に探そうと思ったんです」
片岡のN「奥本は結婚を機に将来を考え、転職した。それが裏目に出たわけだ」
奥本「今考えると、甘かったですね」
片岡「奥本さんは、「事件の前まで時間を戻せたらいいのに」と思うことはありますか」
奥本「それはいつも思っています。ただ、“あの時”に戻れるなら、今の自分で戻りたいですね。自分まで当時の自分に戻ったら、また同じことをやってしまいそうなんで」
〇 遺族が最高裁に提出した上申書
片岡のN「実は非常に珍しいことだが、奥本の裁判では、被害者遺族の1人が「裁判のやり直し」を求める上申書を最高裁に提出していた。その遺族は、義母の長男で、妻の弟であるYさんだ」
〇 陳述書を手書きしているYさん(片岡の想像)
片岡のN「義母の性格をよく知るYさんは上申書で、「奥本だけが悪いわけではない感じていた」と綴り、こう訴えていた」
「命は大切で、とても重要なものです。それは奥本の命にしてもそうです」
「奥本が死刑になるべきとか無期懲役になるべきとか、すぐには判断できないと感じています」
「さらに慎重に十分な判断をしてもらいたいと思います。自分自身もその裁判への参加を通じて、気持ちをはっきりとさせたいと思います」
(以上、最高裁へのYさんの上申書より)
〇 宮崎刑務所・面会室
奥本「Yさんは面会にも来てくださりました。ありがたいことです」
片岡のN「義母の別れた夫など奥本の極刑を望む遺族もいた。それでも被害者遺族がこれほど加害者を思いやることは珍しい」
〇 奥本に対する判決文
片岡のN「しかし、この1カ月半後の10月16日、奥本は最高裁に上告を棄却され、死刑が確定することになった。その判決文はわずか3枚。被害者遺族が裁判のやり直しを求めていることには何も触れていなかった」
〇 高速道路を走る宮崎行きの長距離バス・フェニックス号
乗客席に片岡。
片岡のN「上告棄却の15日後、私は奥本に「最後の面会」をするため、再び宮崎刑務所を訪ねた」
〇 宮崎刑務所・面会室
アクリル板越しに向かい合っている片岡と奥本。
片岡「上告棄却はショックでしたか?」
奥本「少しは動揺しましたが、やっぱりな、と思いました。自分のしたことを考えれば、死刑でおかしくないと思ってましたから」
片岡「死刑への恐怖は出てきましたか」
奥本「不安や恐れはありますね。これからはいつ死刑執行されてもおかしくないですから」
片岡「上告が棄却された後、ご家族は?」
奥本「両親が面会に来てくれました。母はしっかりしていましたが、父が涙目になっていて、その様子は僕もつらかったです」
片岡のN「この日、奥本が発した印象深い言葉がある。宮崎刑務所には処刑場がないので、今後は処刑場のある別の施設に移されるだろうという話題になった時だった」
奥本「僕としては、福岡拘置所に行きたいと思っているんです」
片岡「福岡なら、ご両親も面会に訪ねやすいですね」
奥本「それもありますが・・・僕は福岡で生まれ育ちました。だから、死ぬ時も福岡がいいんです」
片岡のN「死刑執行を意識したこの言葉に対し、私は何も言葉を返せなかった」
〇 幸せそうにしている奥本、義母、妻、雄登くん(片岡の想像)
片岡のN「私はもちろん、奥本の殺人行為を肯定しない」
笑顔の義母。
片岡のN「奥本の義母は厳しい性格だったが、家族思いの人だったという」
雄登くん、布団の上で寝返りを打っている感じ。
片岡のN「雄登くんは事件の頃、寝返りを打てるようになったばかり」
ぐずる雄登くんをあやしている妻。
片岡のN「奥本の妻は育児に、家事に毎日懸命だったという」
道路の舗装の現場で、気持ち良さそうに空を見上げるなどする奥本。
片岡のN「誰もが家族の幸せを願っていた。結末はあまりにも悲劇的だが、おそらく始まりは小さなボタンの掛け違いだったのだ」
〇 宮崎刑務所・面会室
イメージ明け。
アクリル板越しに屈託のない笑顔で見送ってくれる奥本。
奥本「片岡さん、お元気で」
片岡のN「この5日後の11月5日、奥本は最高裁に判決訂正の申し立てを退けられ、死刑が確定した」
〇 福岡拘置所・外観
片岡のN「その後、奥本は福岡拘置所に移送された」
〇 同・独房
机でカレンダーの絵を描いている奥本。
片岡のN「死刑確定後も絵を描き続け、支援者らの協力でカレンダーにして販売するようになった。Yさんとの関係は危うくなった時期が一度あったが、現在は修復し、被害弁償を続けられているようだ」
〇 仕事部屋のデスクトップパソコンで原稿を書いている片岡
片岡のN「2017年3月には、「生きて償って欲しい」と減刑を求めるYさんの上申書を新証拠として宮崎地裁に再審を請求。この請求は実らなかったが、現在は第2次再審請求中だ」
というように原稿を書いているイメージ。
片岡、かたわらのコーヒーカップを手に取り、一口飲むなどひと区切りついた感じ。
片岡のN「私は絵のことはよくわからないが・・・奥本の絵の腕は年々上がっているように感じている」
片岡の部屋の壁にかけられた奥本のカレンダー。
(了)
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