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標準化され過ぎると、工夫の余地がなくなり、学ばなくなるのでは

仕事柄、お客さまである企業様には、「業務の標準化をすべき、マニュアル化をすべき」、とお話しをすることがあります。それは業務の効率化だったり、品質の安定としては必要なことではあります。
 
でも、時々思うのです。過去何十年にわたり、世界は標準化を進めた結果、組織の中枢部とはともかくとして、現場の組織や末端の個々人が工夫する余地が限られつつあるのではないかと。
 
上記だと抽象的な話しなので、具体的に考えてみます。
例えば、マクドナルドです。レシピは完璧に標準化されています。店舗限定の、例えば「マクドナルド新宿店限定メニューです!!」なんてメニューはありません。
 
でも、もしかしたら、マクドナルド新宿店の店員さんのなかには、「こんなメニューを出したり、今のレシピをもっと見直したら、お客さんがもっと喜ぶのに」と思っていることがあるかもしれません。
しかし、そんなことをしたら、グローバル全体で調達しているコストメリットがなくなったり、個々の現場ごとに作業が異なるなど、マクドナルド全体としては非効率極まりありません。だから、マクドナルドでは店舗限定のメニューなんかは許容していません。
 
それはそれでマクドナルドの戦略であり、かつ戦略的に間違ったものではないのですが、現場で工夫する余地は限られています。これはメニューだけではなく、接客等のオペレーション含め、ほとんど現場で工夫する余地はないでしょう。もはや現場のミッションとは、いかに標準化されたものを確実に実施するか、になるのです。
 
そのような世界では、人は積極的に学ぶことをやめてしまいます。正確にいうと、標準化されたもの以外を学ぶことに積極的にはならないのです。
もし、マクドナルドでメニューやオペレーションに工夫ができるのであれば、その工夫に向けて学ぶでしょう。しかし、そうでなければ「学んでも仕方ないか」ということになるのです。メニュー改良に向けて料理や食材を学ぶことはないのです。
 
マクドナルドは高度に標準化されていて分かりやすいため例にあげましたが、人材育成について討議する機会が多い身としては、実はこのような状況になっている企業は少なくない、と感じるのです。
なんとなく人材育成の必要性は感じつつも、事業、業務の運営が確立し過ぎているがゆえに、人材育成で学んだことがどのように活きるのかイメージできない、ということは多々あります。
 
一つの解決策の方向性としては、現状の事業、業務は一旦是としつつも、現場や末端の工夫がすぐに取り入れられるような体制構築や取組みを行っていくことです。そうすれば、個々の社員も工夫に向けた学びのモチベーションが現状よりは生まれるかもしれません。

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