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翳りゆく部屋で

愛したい
本能

母を
見送ったときのことだ
どうとも説明のつかない体験だった

仕事終わりで実家へ通い
疲れていたその夜
最後のいちごの果汁を口に含んでから
静かに寝ている母の隣で
突然
強い衝動にかられた

誰かを
愛したい
まだまだ愛したい
思い切り愛したい
誰かを

そう
心と体が震えた
彷徨い
走り出る勢いだった

場違いで不謹慎で
不思議だった
けれどそれは
自分の中から
吹き上がる
強い心の動きだった



母の命が
消えゆく、そう母本人が
自覚した瞬間ではなかったか

痛みで動き出すたび
オキノームを追加で飲ませたことが
いけなかったのか
あまりに呼吸が静かで
ギョッとしたが

同時に
私は
母と切り離された存在だと
はっきりわかった
そのことが
安心と
自分を信じる力をくれた





誕生日、母にこの命をもらい
もう一度
母に命を吹き込まれた気がした


母が入った
私の中に


今も
多分

疲れたら
一緒に美味しいものを食べて
お茶をして
休んでいる


別れは必ずやってくる

その約2年前、父からは
アリガタメイワク
の一言をもらった

病院にしばりつけたときのことだ
帰りたがった父の意向など
聞けずに
何度も着替えようとする父をなだめ
車も取り上げた
穏やかな顔になるように薬が入れられ
点滴チューブを刺した
酸素マスクを顔に固定した

そうしなければ
父の命を奪うことになる
そう信じていた

母はわかっていたはずだ
尊厳とはなにか

話そう、そう
言われて
喧嘩になった
答えの出ないままの私がいた

父が意味不明なことを
話し始めた、と弟が連絡をよこした
治療薬のせいだとか言って
悪者を作らないようにしていた
けれど
父は子どもになって伝えたかったんだ

人として最後まで
自分らしく家で過ごしたいよ
なにもしてくれなくていいんだよ
お願いします、と


ごめんね
治療はとっくに終わっていたよね
戻れないところまできていたことを
誰も教えてくれなかった

アリガタメイワク
と私によこした文句のメモを
ずっと
アリガトウ、と書き間違ったのだ
と思おうとしてた
力を振り絞って書いたメモだったから
なおさら
アリガトウだろうと

もどかしい娘だ
馬鹿馬鹿しくなった父は
会話を諦めた


3度目の父の命日
ふいに理解した

アリガタメイワクだったんだ

いい人ぶろうとしてた私は
ベッドの父を見下ろしていた

父から
言葉はなかった
私も話さなかった

小さくなるのだな
ぼんやり
しっかりとその姿が
心に刻まれた

そういう順番なんだよ
そう悲しがることはないよ

お父さん一人の命じゃないよ
みんな心構えがほしい
ありがとうと言いたい

感謝されるために
やっていたのではけしてなかったけれど

足浴をさせてもらった
ビオレuはとても清潔な強い匂いだと思った

ありがとうと
言えないまま
毛布にくるまって
待つだけの夜を過ごし
次の日の昼に父は
シートにくるまれて
裏出口から出ることになった

家に戻らず
直接葬儀場へ運ばれた
疲れ果てた母がそう望んだ

「カマキリ!いるよ!」

私の娘が
言った言葉に
母は
我に返った、そう言っていた


寂しさはなかった
気になることはたくさんあった

父を亡くしたあと
やみくもに
運動をした

ジムに通い
山歩きを始め
富士山に登った
父は
どの山の上にもいた
自由に羽を広げて飛んでいた


想像すらついていなかった
母が父を愛して
すぐに追いかけて行ってしまうなんて


のたれ死んでも
行き倒れても
その瞬間まで
自分の選んだ道を進んでいた方が、、、
そのほうが幸せなのか

わからない

緩和医療
自宅看取り
家族ケア
地域連携
老い
最期

家族

おむかえ


母がなくなる前、
最後に一緒に歌ったのは
「いちがついちじつ」
正月を迎えるめでたい歌だった 

ひとは歌うものなのだ

朝方
母の冷たくなっていく頬を
温めていた
その頬はさすってもさすっても
冷たくなっていった
人は
酸素を求めるもの
しゃっくりのような息の
間隔がだんだんあいて

最後の息をゆっくり
引き取った

もう戻らなかった


父のところへ
ちゃんと行くんだよ
思いはそれだけだった

往診のドクターを呼び
時間を告げて
ハグした



 
お見舞いにと
修学旅行土産の五稜郭まんじゅうを
持って来た
私の息子に
「ありがとうな、
ありがとうしかないわ」
そう言いながら2個も頰張って笑いを誘った
父のことは忘れない

いつも
手を繋いで散歩してくれてありがとう

クイズを出して遊んでくれてありがとう

ランドセルを買ってくれてありがとう

何度もうちを訪ねてくれて嬉しかった


孫には素直だった父へ



両親は
私の心にいつも住んでいます
自由な翼を広げて空の上から
見守ってくれています


子どもたちと離れてはいても
そのことを伝えたいなと思います


形は違っていても
きっと同じでしょう
違ってこそ
合わさったとき
まあるくなるのでしょう


星のように

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