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ナチュラルワインとは何か? ~オーガニック、バイオダイナミックとの違い

はじめに

この10年で、すっかりワイン業界の話題は変わりました。
その中でも特に重要なものの一つに、「ナチュラルワイン」が市民権を得たことが挙げられるでしょう。
かつては業界の一部でしか聞くことのなかった「ナチュラルワイン」あるいは「自然派ワイン」といったワードが、ワイン好きな人たちだけでなく、一般の人にも浸透したことはとても大きな変化だと思います。

ぼくはこの変化をとても好意的に捉えています。
どんなきっかけであれ、ワインの世界に興味を持ってくれる人が一人でも増えることは、業界にとってプラスにこそなれ、マイナスにはなりません。産地や品種だけでなく、造り手によってもまったく異なる個性を持つワインの世界を、多くの人に楽しんでもらいたいと心から願っています。

ただ、新しい趣味、新しい世界に足を踏み入れる「冒険者」に多くを語る必要はありませんが、全くの無防備な状態のままでジャングルの奥地へと送り出すのは、ぼくとしては少し不安です。どんなにまっさらな状態で歩み始めたとしても、歩いたあとには道ができ、後戻りすることはできませんから。もしあなたがすでにジャングルを歩き始めていたとしても、ぼくの声が届く距離にいるのであれば、一度立ち止まってこの記事を読んでいただきたいなと思います。

え?
いったい何の話をしているのか、って?

失礼しました。
私がジャングルに例えたのは、ナチュラルワインの世界です。
ナチュラルワインが今、日本の消費者にどう映っているのかは、ここで詳しく説明するまでもないと思います。
・・・既成概念にとらわれない、若い造り手たちの情熱。
それを具現化したかのような、斬新なラベル。
そして個性的ともいえる、その味わい。
「ワインとは封建的で、高飛車で、伝統と格式にはめこまれた堅苦しい飲み物」…そんなイメージを覆してくれる心が軽くなるお酒、それがナチュラルワインだろう?そんな声が聞こえてくるようです。

さて。
「ナチュラル」という甘美な響きに誘われたあなたに、質問です。

あなたはナチュラルワインとは何か、本当に知っていますか?

・・・・・・

今やナチュラルワインの専門店も増え、カルチャー雑誌がナチュラルワインを取り上げるようになりました。世はまさにナチュラルワイン戦国時代。言葉が民主化するとき、それはもはや専門家のものではなくなり、だれもが自由に使い、育てていく権利を手に入れます。ですから、わざわざナチュラルワインの定義について、目くじらを立てる必要はないのかもしれません。

ですが、最近少し危機感を抱くようになったのです。
それは、造り手たちの想いと日本の消費者の間に、あまりに大きな捉え方の違いがあると感じることが増えたためです。
それがこのテーマを取り上げようと思った理由です。お付き合いいただければ幸いです。

参考文献(より詳しく学びたい人はぜひ読んでみてください)
①最高に美味しい自然ワイン図鑑 Wine Revolution ジェーン・アンソン著 佐藤圭史訳
②自然派ワイン 大橋健一著
③自然派ワイン入門 イザベル・レジュロンMW著 清水玲奈訳
④ビオディナミ・ワイン35のQ&A アントワーヌ・ルプティ・ド・ラ・ビーニュ著
⑤A Biodynamic Manual – Practical Instructions for Farmers and Gardeners by Pierre Masson


(以前noteで、オレンジワインの誤解について書かせていただきました。ナチュラルワインを理解するにあたり、これも参考になると思いますので、興味がある方はご一読ください)


「ナチュラル」の定義、その前に。

ナチュラルワイン、あるいは自然派ワインが何かを定義する前に、触れておかなくてはいけないことがあります。
それが、オーガニック(有機)ワインと、バイオダイナミックワインの存在です。
ナチュラルワインは、一般的にはつい最近生まれたモダンなカテゴリーだと見なされています。ですが、その歴史は皆さんが思うよりずっと長いです。そしてナチュラルワインの前に、この二つのカテゴリーをきちんと見ておく必要があります。

ナチュラル、オーガニック、バイオダイナミック。
この3つの違いが分かれば、もうあなたは立派な探検家です。
きちんと理解しておきましょう。

※今日の記事では、個々の難しい話は抜きにして、まずそれぞれの言葉の交通整理だけに焦点を当てます

オーガニックワイン

「オーガニック」あるいは「有機」は、どなたにとっても聞き馴染みがある言葉でしょう。
一般的にオーガニックの作物とは、化学合成された農薬や肥料を使わずに、堆肥を使って土づくりを行い育てられた作物を指します。
ワインの場合、その原料であるブドウが、オーガニック農法で栽培されていることが条件となります。
EU等では、ブドウからワインにする醸造過程においても指定された化学物質を添加しないことなどが認証の条件になっていますが、ここではいったん置いておきましょう。

バイオダイナミックワイン

その名前の通り、バイオダイナミック農法によって栽培されたブドウを使ったワインです。

バイオダイナミック農法とは何か、は次回以降に詳しく解説したいところです。今すぐ気になる方はググってください笑。

基本概念だけお話すると、この農法は「土壌の持つ本来の力を最大限に発揮させ、作物が自らの生命力で活き活きと育つ」ことを目的としています。
土と作物の本来の力を引き出す、正常な免疫システムを構築させる、という点で、化学合成された農薬や肥料を使わないことを主目的としたオーガニック農法よりも、さらに踏み込んでいると言えます。
バイオダイナミック農法というと、天体の動きと農作業を連動させたり特殊な肥料を使用したりと、はたから見ていると奇抜に映る手法をとるため、それらが注目を浴びることが多いのですが、それはあくまで副次的なものであることを、ここでは述べておくに留めたいと思います。

ところで、ワイン造りは、大きく分けてふたつのパートがあります。
それがブドウ栽培ワイン醸造です。

では、オーガニックとバイオダイナミック。
この2つのカテゴリーが重きを置いているのはどちらでしょうか?

そう、ブドウ栽培ですね。
ここ、とっても大事です!(テストに出ますw)


ナチュラルワインとは何か

ここまでで、ナチュラルワインの類似カテゴリーを見てきました。
オーガニックもバイオダイナミックも、ブドウ栽培におけるアプローチを定義する言葉でしたね。
ではナチュラルワインは、ブドウ栽培側でしょうか、それともワイン醸造側でしょうか。

ナチュラルワインの本命は「ワイン醸造」にあります。ただし、ブドウ栽培にも重きが置かれています。つまり、どっちもなんですね。

ちなみに、もう一つの類義語「自然派ワイン」は、大橋健一氏の著作にも書かれている通り、かつてはこれらオーガニックからナチュラルまでの総称として使われていましたが、最近では「自然派≒ナチュラル」であることが多くなりました。
誤解を招かぬよう、あまり使わないでおくのが親切だと個人的には思います。

さて、ナチュラルワインと名乗るには、何が条件なのでしょうか。
その前に、説明しなければいけないことがあります。

「定義がない」と言われる理由

一般にナチュラルワインの解説を読むと、そのほとんどで「ナチュラルワインには定義がない」と書かれています。
その理由は、大きく2つあると考えています。
1つめは、オーガニックワインやバイオダイナミックワインのように、明確な基準を定め、その名称を名乗ることで「私たちはオーガニックをしていますよ」と証明できる公的な認証機関が存在しなかったから。ナチュラルワインの造り手たちが集う組織で有名なものに、S.A.I.N.S.やAVN、ラ・ルネッサンス・デ・アペラシオンといった協会がありますが、これらはあくまで生産者たちによる自主的な組織です。
ちなみに2020年に、フランスで公式なナチュラルワインの認証が誕生しています。名前を「Vin Méthode Nature」といいます。

「なんだ、ちゃんと公的な認証があるじゃないか」
と思われたかもしれません。

ところが現実には、ほとんどのナチュラルワインの生産者がこの認証には見向きもしていません。それはなぜなのでしょうか。
それが、ぼくが考える2つ目の理由です。それは、ナチュラルワインを名乗る生産者たちの多くは「既存の枠組みから自由になりたい」と願う者たちであり、彼らのつくるワイン、哲学、こだわりに定義を与えることそのものがナンセンスである、ということです。これを理解するにはナチュラルワインの歴史を説明しないといけなくなるのですが、あまり長くなるといけませんので、今回は割愛させてください。
ただ、重要な部分だけ書いておきますと、1960年代のフランスにまで遡るナチュラルワイン運動は、第二次世界大戦後に生まれた工業的ワインへの批判、本来のワイン造りへの回帰としての運動の意味合いを含んでおり、それはつまり近代的なワイン文化に対するアンチテーゼの要素も含んでいるということです。

「定義がない」という定義を与えたところで(笑)、一般にナチュラルワインと呼ばれるワインたちがどういう造りをしているのかを見ていこう。

ナチュラルワインの(大まかな)定義

①ブドウ畑でもセラーでも化学物質を使用しない
②伝統農法、伝統的な醸造方法を用いる
③オーガニックワインの認証機関が禁止していない添加物も含めて、一切の添加物を使用しない。ただし亜硫酸塩だけは少量であれば使用する
④野生・自然酵母のみを使用している
⑤手摘みである
⑥清澄も濾過も基本的にはしない
⑦補糖、補酸も行わない

見ていただくとお分かりの通り、ナチュラルワインはブドウ栽培からワイン醸造まで一貫して化学物質の使用を避けています
オーガニックワインの場合、畑で化学物質を使わない理由は、周辺環境、労働者、そして最終消費者への配慮でした。ですがナチュラルワインの場合、もう一つ大事な理由があります。それが④の野生・自然酵母のみを使用している点です。畑の中、ブドウの果皮、空気中に生息している無数の小さな野生の酵母たちは、きわめて繊細で、脆い存在です。そんな酵母をワイン造りに活かそうというのに、畑で化学物質を使うわけにはいきませんよね。

ジェーン・アンソン氏の言葉を借りれば、「ナチュラル・ワインというジャンルは、大地の恵みに敬意を払いながら、ワイン本来の姿を表現している生産者たちのために存在するジャンル」と言えるでしょう。



…以上が、生産現場から見る、ナチュラルワインの大まかな定義です。

さて、いかがでしょうか。
ここまでの説明は、みなさまのイメージするナチュラルワイン像と一致したでしょうか?


・・・・・・。


そうですね、足りないですよね。

何が足りないって、そうです。です。

「ナチュラル」な味とは?

ナチュラルワインをナチュラルワインたらしめるのは、あの個性的な味わいではないか、と。
軽快な飲み心地、優しい口当たり、時に癖のある、独特な香味。
まさに「ナチュラル」。
そういった味わいこそが、ナチュラルワインの醍醐味であり、「ナチュラル以外」との違いではないか、と。
そう思う方もいらっしゃると思います。
(極端なケースですが、不健全なワインこそがナチュラルワインである、と主張する方もたまにいらっしゃいます)

ですが違います。

結論を言えば、味や香りからは、それがナチュラルワインであるかどうかを判断することは難しいですそういうナチュラルワインもありますが、それがナチュラルワインの全てではないのです。
あなたが「ナチュラル以外」と思っているワインの多くが、実はナチュラルワインだったりします。
また、不完全な味わい、不健全な味わいだからナチュラルワインなのだと決めつけてしまうのも良くありません。それはナチュラルではなく、スポイル(だめになってしまった)ワインです。

ぼくらが思っている以上に、その境界線は曖昧なのだと思います。
そしていずれ、その境界線は消えてしまうだろうとぼくは思います。

どの生産者もより美味しいワインを造りたいと考え、日々、試行錯誤を繰り返しています。ナチュラルと呼ばれる造り手も、そうでない造り手も、その想いは同じです。
そしてバイオダイナミック農法も、ナチュラルワインの製法も、ワインの美味しさ、クオリティを高めるための手段に過ぎません。

ぼくらが「ナチュラルっぽい」と感じる味は、あくまでその試行錯誤の結果の一つに過ぎないのです。


気をつけたいもう一つの言葉

もう一つ、よく似た言葉があります。
それが「ビオワイン」です。

これはもともとフランス語の「ヴァン・ビオロジック(有機ワイン)」から来ていますが、ビオはフランス語で、ワインは英語ですね。つまり日本独特の表現です。大橋建一氏が著書で説明する通り、ビオワインは上記2つのカテゴリーの総称として使われてきました。

ですが、ある時期を境に、この「ビオ」が大きな誤解の種になるようになりました。それが「ビオ臭」という言葉です。

ビオ臭は、さまざまな要因によって生まれる、ある種の不快臭を指しています。
どういう不快臭かというと、硫黄化合物による玉ねぎや腐った卵のような臭い、ブレットと呼ばれる馬小屋臭、セメダインやお酢のようなツンとした揮発酸、そして俗に豆臭やネズミ臭と言われる不快臭などなど。
そしてその要因は、主にワイン醸造にあることがわかっています。

ここまで読んで「おや?」と思われた方もいるでしょう。

ビオはオーガニック。つまりブドウ栽培を定義する言葉でしたよね。
でも「ビオ臭」なる不快臭の要因はワイン醸造にある…とは??
おかしいですよね。

この「言葉と中身のズレ」が起きたそもそもの原因は正直わかりません。
言葉が一人歩きする中で気づいたらズレていた、というところかなと想像します。
想像するに、ナチュラルワインが市場に流通するようになった頃に、その実態が十分に理解されていなかったために「誤って使われた」表現だったのではないか、とぼくは思います。

実際、オーガニック農法、バイオダイナミック農法で栽培されたブドウから造られたワインに、この「ビオ臭」がすることはありません。ビオ臭がするのであれば、その原因は農法とは別のところにあるのです。

今や、ワイン業界で「ビオ臭」を使う人はほぼいません。ですが一般のワイン愛好家の中で、特に20年以上ワインを親しまれてきた方にとっては、「ビオ」という言葉はこのビオ臭を連想させるのではないでしょうか。

そんなわけで、ビオワインという表現もほぼ聞かなくなりました。誤解を招きやすい表現でしたので、これは良い傾向だと思っています。

言葉の交通整理

①オーガニック / 有機ワイン・・・ブドウ栽培で無農薬。認証制度あり。
②バイオダイナミックワイン・・・ブドウ栽培でバイオダイナミック農法を行う。認証制度あり。
③ビオワイン・・・かつては①②の総称だったが誤解を招くため使われなくなった
④ナチュラル / 自然派ワイン・・・ブドウ栽培では①か②を実践することが多く、ワイン醸造でも添加物使用や人的介入を可能な限り減らす。認証制度無し。

ナチュラルワインの議論は続く

今回は、ナチュラルワインの「定義」に焦点を絞ってお話をしました。
ナチュラルワインを取り巻く議論は絶えませんが、まずはここをスタートラインにしてほしいな、と思っています。

ちなみにぼく個人は、「ナチュラルワイン」ではなく「ローインターベンションワイン」(low intervention wine = 低介入ワイン)と呼ぶほうが適切だろうと考えています。ナチュラルという響きは、あまりにも耳に心地良すぎますね。

皆さんの感想、コメントなどいただけると次の記事の意欲につながります。ぜひよろしくお願いします。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
それではまた!

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