見出し画像

事業ポートフォリオの見直しに関する契約法務担当者からの提言

1.事業ポートフォリオの見直しと契約法務の関わり

 2020年の新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)の世界的な蔓延によって、多くの企業・組織の経営状況が悪化し、不採算事業からの撤退や事業譲渡を余儀なくされたり、他方でこういう状況だからこそ将来の布石のために関連する事業への進出や事業の譲受けなどを行ったり、いわゆる事業ポートフォリオの見直しを行う企業・組織が増えると考えられます。

 事業ポートフォリオを見直すにあたり、何を外に出し、何を中に入れるかの取捨選択の判断基準については、例えば、その事業の利益率がX%未満であり、かつその事業の市場成長率がY%未満であれば、撤退するというような考えがあります。

 これはこれで間違ってはいませんが、ただそれだけで判断し実行するのは契約法務に携わる者としては疑問に思うところがあります。

 事業ポートフォリオの見直しとは、ここでは、事業の譲渡もしくは譲受け、または事業の終了をいうとした場合、こうした際には、事業を譲渡する者と譲り受ける者との間で事業譲渡に関する契約を結ぶのは当然ですが、それ以外にも顧客や材料の調達先、業務の委託先など当該事業に関わる様々なステークホルダーと契約を結んだり、従来の契約を変更したりすることになり、それらを短期間のうちに同時並行的に対処する必要が生じます。

 例えば、Aは商品Pの製造・販売業を行っており、材料メーカーQから材料を調達して製造し、顧客Rに販売していたとし、この事業をBに譲渡することでAB間では大筋合意したとします。
 そのことをAが顧客Rに説明した場合、Rとしては、同じような品質を持つ商品を同じような値段でBから調達し続けられることを望むでしょうから、BR間の契約条件が少なくともAR間の契約条件より不利にならないよう求めてくるでしょう。また、調達先のQに説明した場合も、Qとしては、同じような技術的仕様や同じような取引条件でBが購入し続けてくれることを望むでしょうから、BQ間の契約条件がAQ間の契約条件より不利にならない求めてくるでしょう。
 他方、Bとしては、AQ間またはAR間の契約条件がBが行っている事業の取引慣行に照らし合わせると容易に受け入れられないようなものだった場合、従来の取引条件の変更を強く求めてくるでしょう。
 つまりAとBとしては、A,B,Q,Rそれぞれの立場を理解して、それぞれの契約条件の最適化を図る必要があります。
 
 もちろん現実の世界では、一つの商品を製造・販売しているだけであっても、顧客や材料メーカの数が片手で数えられるぐらいに留まることは少ないと思います。調達先・委託先が十を超え、百を超えることもあり、それぞれの調達品や委託業務の個性、さらには契約相手方の個性により、取引上注意すべきことも異なってきます。
 また、顧客の要求に応じて、販売やサービスの仕方が実務上微妙に異なっていたり、顧客ごとの派生品P2、P3、P4のようなものがあるかもしれません。そのような場合にBとしては、オリジナルのPは作れる自信があるとしても、派生品のP2等が特殊な加工を施す必要があるなどして作れないと判断するかもしれず、そうなるとAとしては、Pの事業譲渡とそれ以外の派生品の事業終了を同時並行で進めなければならなくなります。

2.見直しの対象として適当でない事業

 つまり事業に関わる契約当事者の数が多いほど、また対象となる商品やサービスの数が多いほど、事業を譲渡する側のAとしても、譲り受ける側のBとしても、洗い出しておくべきリスクとその対処策は当然増えます。
 ただこれ自体は予想されたことであって単にボリュームが増えるだけであればあとは馬力だけの問題でしょう。問題は次のような事業です。契約法務担当者としても本当に厄介です。

①すでに法令上または契約上何らかの問題やトラブルを抱えていたり、それが顕在化するおそれがある事業(不穏な事業)

②同業の他事業者から見ても理解困難な複雑なオペレーションを、大した業務マニュアルもなく現場の人の属人的な器用さや努力で行っているような事業(雑然とした事業)

③誰が事業全体の意思決定権限者なのかはっきりしない事業(無責任体質の事業)

 意外に思うかもしれませんが、採算性が悪くて利益がほとんど出ていないあるいは赤字垂れ流しの事業は、それだけでは必ずしも厄介ではありません。事業を譲り受ける側として、単に今の事業者の商売のやり方が下手なだけだと思えるのであれば、話をまとめる大きな障害にはならないからです。

 他方、上記①のような事業は端的に言うと身ぎれいになるまで売れないし買いたくないでしょう。②のような事業は関係する組織内もしくは組織外の当事者の間で認識を共有するのに多大な時間を要します。③のような事業は組織として迅速に意思決定できず無責任な意見に振り回されるおそれもあります。そのため①②③のような事業は話がなかなかまとまらないため契約法務担当者としては疲労困憊します。

 この点、事業を終了するだけであれば、たとえ複雑怪奇な事業であっても構わないのではないかと思われるかもしれません。
 しかし、「終わり」を告げられる顧客からは、ラストバイの機会や一定期間のサービスの継続を約束するよう当然求められますが、そもそも事業を終わらせたくなる事業ではたいていの場合、その組織内で人や資金のリソースはすでにかなり減らされているため、最後のひと踏ん張りは思った以上にたいへんです。にもかかわらず①②③のような状態だと、限られたリソースがさらに発散・弛緩してひと踏ん張りがきかずに、終わりたくてもずるずると終われない状態に陥るおそれもあります。

 したがって、上記①②③のいずれでもない状態になっていないと事業ポートフォリオの自在な見直しを適時に行うことは実際にはできず、絵に描いた餅に終わる可能性があります。できたとしても、親子会社の関係にあるなど、強引な受け渡しが可能な場合に限られるかもしれません。

3.事業の5S改善活動

 では、上記①②③のいずれでもない、つまり平穏で、整然とし、責任者がはっきりしている事業にしておくためにはどうするかですが、月並みかもしれませんが、普段からの5S改善活動が大事だと思います。
 5Sとは、「整理・整頓・清掃・清潔・躾」であり、ここで詳しくは述べません(厳密な定義にもこだわっていません)が、これを職場単位で行うのとは別に、事業単位で検討し実践することが必要です。

 まず、事業は放っておくとオペレーションが複雑化する傾向にあり、上記②のように業務全体が雑然とし、にもかかわらず情報の共有化もしていない状況になる可能性があります。事業環境の変化に応じて場当たり的に対応し続けることが多いからです。
 顧客からの要望に応えすぎてやみくもに派生品を作ったり、単にコストだけをみて外部化(アウトソーシング)を行って工程全体を複雑化したりしていると、なおのことそうなってくるでしょう。

 こうした状態に対する対処としてはいろいろ考えられますが、ここでは契約法務に携わる者として、それぞれの事業ユニットとして誰とどんな契約を今までに結んできたのか一覧で把握でき、定期的に契約の棚卸しを行うことをお勧めします。つまり、整頓と整理です。

 例えば、ある事業を立ち上げるときにある会社と実現可能性検討のために秘密保持契約(NDA)を結んだとします。その後、事業がうまく立ち上がり、もはやそのNDAの役割は終了しているにもかかわらず、契約期間が有効のままであったり守秘義務が残存していたような場合、いざその事業を他者に譲渡しようとしたときに、余計な制約がかかってくるおそれがあります。

 したがって、その事業に関わる契約のデータベース化と、不要な契約を切っていくあるいは実情に合っていない契約は条件を変更していくという、地味で地道な努力を普段から行っていることはとても有効であり、それをしているのとしていないのとでは、事業譲渡の際の評価額にも影響してきます。整理整頓は本当に大事です。

 また、上記①のように法令上何らかの問題を抱えていたり、顧客や調達先・委託先とトラブルやしこりを抱えていたりすることはよくあることと思います。むしろそのようなことが何もない事業はなかなかないと思います。
 しかしだからといって解決を図ろうとしないのは、そもそも事業の持続可能性(サステナビリティ)の観点から問題です。
 したがって法令上の問題としては、クロを一気にシロにするのは難しいとしてもグレイにはしておくほうがよく、また多かれ少なかれあるクロっぽいもののうち、社会的影響が大きいものだけでもコストをかけて業務のオペレーションや技術的な仕様を変えるなどして対処する必要があります。
 商品の不具合や納期遅延などの契約上のトラブルについても、時間をかけて得をすることはあまりないと考えたほうが良いと思います。

 こうした自分を身ぎれいにすること、つまり清掃と、それを一過性のものにせず維持すること、つまり清潔を実施しておくことは、事業を譲渡する側としても大事ですし、事業を譲り受ける側としても譲渡する側がそれを包み隠さず明らかにするよう働きかけ、法律の専門家も含めて慎重に精査する必要があります

 そしてこのような整理・整頓・清掃・清潔をどのようなプロセスで実施し、誰が各プロセスでの判断権者なのかをルール化する、つまり躾によって、上記③のような無責任でノーコントロールな状態に陥ることを防ぐことができます。

 以上のような、ある意味泥臭い普段からの鍛錬を行ってもいないのに、事業ポートフォリオの見直しをするという、ある意味かっこいい離れ業ができるはずはありません。逆に言えば、事業ポートフォリオの見直しをするのであれば、今からでもすぐ上記のような5S改善活動を実施することが前提条件といえます

4.目的意識の必要性

 こうしたことに加え、事業ポートフォリオの見直しを行う際に最も大事なことがあります。それは、そもそもなぜその事業ポートフォリオの見直しを行うのか、契約法務担当者も含め、関係する人たち全員が「目的」を理解しておくことです。

 例えば、上記のAからBへの商品Pの事業譲渡において、Aの立場であれば、Aはその事業をなぜやめるのか、やめた後どうしたいのかを、Bの立場であれば、Bはなぜその事業を始めるのか、既存の事業と照らし合わせてどのようなシナジーを考えているのかを、理解する必要があります。

 Aが商品Pの事業をBに譲渡するときに得られる収入で、顧客Rに販売している類似の既存商品Sのサービス体制のテコ入れをしたいのか、商品Pの技術を応用できる新商品Tを開発したいのか、目的が違えば当然気にすべきことも異なってきます。
 前者なら、同じ顧客Rに対してAが商品Sを、Bが商品Pを販売することになりますが、このときにRもA,Bも誤認混同が生じないようAB間およびAR間の契約で確認しておく必要があるかもしれません。後者なら、商品Pに用いていた特許や技術ノウハウをきれいさっぱりBに売り払うのは危険ですので、お互いにそれらを利用できるようAB間の契約で取り決める必要があるでしょう。
 
 このように「目的」を意識しておくことで、契約法務担当者を含め事業ポートフォリオの見直しに関係する人たちとしては、その事業ポートフォリオの見直しによる影響がどこまで広がるか見通すことができます。往々にして、当初思っていたよりも広範囲に及ぶことが芋づる式で分かってきますが、もしかしてこっちにもつるが伸びているかもという勘が働くには、関係者全員が「目的」を共有していることが必要です。
 そうすることで、思わぬ制約が残存していたことによる事後的対処で手痛い損失をこうむったり、取り返しのつかないミスをしてしまったりすることを避けることができます

5.大きな目的の必要性

 なお、上記の「目的」の上位には、組織全体としての社会的な目的・意義があるはずであり、それも意識しておく必要があります。Aが新商品Tを開発する、あるいはBが商品Pの販売を始めるのはなぜなのか、A,Bそれぞれにとって、それが地球環境、医療、教育などの面で何らかの社会的意義のある改善につながるといった、「大きな目的」があるはずといえます。
(前述の直接の「目的」を「Commercial Purpose」、「大きな目的」を「Inclusive Purpose」といえます。)

 それを意識しておく理由は二つあります。
 一つ目は、事業ポートフォリオの見直しは、換言すると様々なステークホルダーとの関係の見直しでもあり、当然ながら、そこには損得勘定が働き、費用対効果も意識する必要があります。そうしたときに、自分の利益ばかりに拘泥していては先に進まないことが多いといえます。やはり「大きな目的」を共有し、一緒にそれを成し遂げる姿勢がお互いにないと、ぎりぎりのところでの妥協が出てこないと思います。

 二つ目は、事業ポートフォリオの見直しに伴って、それに従事していた従業員の異動や転籍などが必要となったり、派遣/契約社員との契約を終了もしくは変更したりする必要が生じることは多分にあり、そうしたときに「大きな目的」を語れないと、理屈では理解しても感情面で納得できず、物事が進まないと思います。

 この二つ目の点については、いくら立派な「大きな目的」があろうとも、いきなり言われた社員からすれば、何であろうと受け入れがたいとも思えます。実際そうだろうと思います。したがって、その「大きな目的」を普段から組織の中で誰もが即答できるレベルまで共有し、それが事業上の様々な判断をなすうえで最も優先すべき理念であることをみんなが理解しておく必要があるといえます。

 ちなみにこの「大きな目的」は、例えば「お客様に安心をお届けする」といったものではありません。お客様=社会ではないからです。まして「20XX年までに売上高をN億円に上げる」といったことでもないです。それは自分たちの経営指標上の目標だからです。さらに「世界平和に貢献する」といった漠然としたものでもありません。自分たちの事業の独自性との関連が見えないからです。上記のステークホルダーのそれぞれに語ったときに共感を得られる、自分たちだからこそのinclusive(「三方よし」)な目的を持つ必要があります

 この前代未聞の状況は「大きな目的」を再考するちょうど良い機会かもしれません。自分たちの組織は何のために存在しているのか、それをinclusiveな目的として語れるか。そしてそれを組織のメンバーすべてが語れるか。語れないのであれば、まずは語れるようになってから、事業ポートフォリオの見直しを行いましょう。それぐらい重大で冷酷な決断と、心が折れそうになるほど泥臭い作業や調整を伴う活動だからです。

2020年5月1日
Resilia Amalgas

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?