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騙される男と騙される女

恐らく俺はただただ家族が欲しかったのだと思う。
一緒に泣いて一緒に笑って。
二人でいれば楽しいことは2倍楽しい。
二人でいれば苦しいことは半分に。

そしてたくさんの子供達と一家団欒の夕食。
時には子供達の兄弟喧嘩を諌めながら、時には家族みんなで出かけてみんなで笑う。
生まれてから一度も経験したことのない、そんな家族の幻影を追いかけていたのだと思う。


まともに生きたことがない俺がそんなことを思うのはおかしいだろうか?
まともに歩くこともできなくなり、まともに働くこともできなくなった俺には高すぎる望みなのだろうか?

そんなことを考えながら日々を過ごしつつ、持ち金がパンクしてしまって短期のアルバイトをこなしている時に今の嫁と知り合った。

パチプロ稼業なんて金なんか貯まらない。
中には貯め込んだ人もいるのかもしれないが。
そんな計画性を持った人がパチプロなんかになるとは到底思えない。

毎日日銭を稼いでは、今日の飲み代と明日からの軍資金。あとは野となれ山となれだ。
種銭が切れればちょっぴり働きまたパチンコ屋に戻る。
他のパチプロに詳しい話は聞いたことはないけれど、多分みんな同じ。
それぞれの事情は詮索しないのがルール。


そんな俺が家族を持とうだなんて余りにも無茶な話。
しかも金がなくなって短期のバイトをしている男が何をか言わんや。
馬鹿な気持ちを押し殺せ。
お前は社会人でもなければ人間でもないだろう。

なのにそんな男に近づいてきた女がいた。
今の嫁だ。

変な自慢になってしまうが、嫁は美人な方だと思う。
現に仕事終わりに一緒に遊んでいた時、ひっきりなしに様々な男性から求愛の電話を受けては断っていた。
一切電話が鳴らない俺とは雲泥の差だ(笑)

チャンスは多分ここしかない。
人生の、まともなレールに乗る分岐点はここだけだ。
俺はあの手この手を使って嫁を騙して家に連れ込み、あとは押し倒した(笑)

ライバルは商社マンやアパートを何棟も持つ大地主の息子、その他大勢。
片や日本の左上辺りの独裁国家の一番偉い人みたいな奴を1000倍貧相にした顔の、金がなくなってバイトしてるパチプロ。
騙して押し倒す以外勝ち目なんかない。

口八丁手八丁、有りもしない将来の夢を語り、なんとかこの求婚レースのトップに躍り出た。
そうなるともう毎日が楽しい。
何せバイトとは言え職場も一緒だ。遊ぶのも一緒で仕事も一緒。家でも一緒。

しかもなかなか割のいいバイトな上に、時間の融通も利く。
このままバリバリ働いて社員にでもなってやろうか。
俺は元店長で某老舗デパートから引き抜かれそうになった男でもある(笑)
そのくらいの能力はあるはずだ。

そんな夢はごくあっさりと打ち砕かれる。

嫁に絡んできた客とのトラブルを巡って店長と喧嘩しすぐにクビ。
嫁も居づらくなってしまい一緒に辞めてしまった。
まあ俺が本気出したらこんなもんだよな(笑)

ちなみに嫁とは書いているけれども、この時点ではまだ籍は入れていない。
が、その後籍入れるのでこのまま「嫁」と書くこととする。


種銭も出来て、俺は無事パチプロ稼業に戻ることとなる。
ただし今度は嫁との共同作業だ。なんと俺の生活に嫁はついてきてしまったのだ。

若い女は店からそれほど警戒されないので、止め打ちなんかも比較的ノーマークですることが出来る。
かといって体感機等を使った直撃打法は嫁にやらせるにはリスクが高すぎる上に嫁にとっても難しい。
よって十数秒に一度開く電チューを狙った止め打ちで稼ぐこととなった。

この上部のランプの点灯回数を数えて数発打ち出して止める。
そうすると1000円で20回転程度しか回らない台も、下手すりゃ7~80回転も回ってしまうことがある。
ものすごく時間はかかるので俺は大嫌いだけど、几帳面で根気があってパチンコがすごく楽しいと思ってる嫁は、丸1日打っていても平気なくらいだった。

そしてパチンコが儲かるものだと知ったことが何より衝撃だったようだ。
事実、この台を打っていた頃は一日2~4万程度を毎日稼いでいた。

釘は俺が見る。
そして嫁が打つ。
その間ひたすら待つ。
スポーツ新聞の隅から隅まで読み潰し、それでも尚時間が余るほど待つ。
当時は好きだった羽根物も少なくなったことと、仕事として我慢して打つのが嫌いだったので俺には都合が良かった。


一人の時にはあまりやらなかった旅打ちもした。
二人だと楽しい。
財布は嫁に預けてあるけれど、もうかなり貯まったはずだ。
ある程度貯まったら今度こそきちんと働く。
そして今度こそ幸せな普通の家庭を築く。

・・・・はずだった。

ある時、今いくら位通帳に貯まったのか嫁に訊くとモゴモゴとしてなかなか答えない。
通帳を見せてみろと言っても今はないという。
財布にいくら入ってるのかを聞いても答えない。
更にはパチンコに行く前に一度どこかに消える。
問い詰めるとようやく全貌が明らかになってきた。

お金の殆どは嫁の実家の借金に当てられていたことが発覚した。

パチンコに行く前に一度どこかに消えるのはキャッシングローンでお金を借りていたのだ。
そしてある程度返済しても、今度は親がそのカードを使って借りていたとのこと。
気がつけば3社から限度額50万の満額を借りて150万の借金地獄。

血の気が引くとはこの事。怒る気も起きない。

騙したつもりが騙されていたのだ。
向こうの親に直談判し、もうこれ以上借金しないことを約束してもらった。
そして今までの分は水に流し、残りの分は俺が払うことも伝えた。

どのくらいかかっただろうか?
二人でシャカリキになって稼ぎまくり、ようやく全額を返済した。
これからは借金のためじゃなく自分たちのために。
ここからが本当のスタート。


・・・ではなかったのだ。

全て返済し終わったはずのローン会社から、なぜかまた連絡が着た。
なんと返したはずの借金がまた満額になっていたのである。それも2社。
50万+50万+15万で合計115万円也。

またもやられた。
カードを親に貸したそうだ。
まるで打ち出の小槌かのように次々と金を引き出していた。呆れた。

もう全身の力が抜けてしまった。
利息分も含めたら一体俺はいくら払ったのか。
とにかくカードを取り返すべく嫁に実家に向かったが、その時こんな事を言ってきた。

ちょっとお金を都合してもらいたいんだけど。

恐らく俺は鬼神のような形相で断りを入れていたと思う。
そしてカードを取り返し、親戚からお金を借りて全額返済してからカードを切り刻んで解約した。
利息がない分、今度は少しだけ余裕がある返済ができると思う。
ネットでの仕事も軌道に乗ってきた。今度こそ・・・

そう思ってる矢先、借金取りが返済しろと俺の自宅にやってきた。
どこかのサラ金で借りて、俺の家の住所を教えて取り立てによこしたのだ。

信じられるか?
これが人のすることか?
世の中の嫁姑問題なんて可愛いもんだ。
もう堪忍袋の緒が切れた俺は借金取りも突っぱねた。殺すなら殺せ!

すると程なくして嫁の弟がやってきて自分が払うと言ってくれた。
それから嫁の両親と縁を切った。


騙したはずの嫁に騙され、騙し騙された嫁も親に騙されていた。

もう家族なんていらない。
信じられる人間なんていない。

それでも「ごめんね」と泣いた嫁と生まれた子供達だけは守らなければならない。
本当に今度こそ。必ずきっと。
夢にまで見た理想の家族像を。幸せな一家団欒を。


ある日、小樽へ家族旅行。
帰りの電車の中で酔った嫁が「靴下がない」と言い出した。
バッグの中にしまってたぞという俺の話を全く聞かず、俺が取って隠したと泣き出した。
嫁は泣き上戸なのだ(笑)

最初は俺も笑って「本当に自分でしまってたって」と言っていたけれど、嫁は泣きながら反論し続け、次第に暴言はエスカレート。
家に着く頃には大喧嘩となった。
身に覚えもないし、本当に靴下は嫁のバッグの中だ。
そして家に着くなり嫁は俺にこう言い放った。

「好きで一緒になったと思うなよ」

勢いでそう言ったのかもしれない。
売り言葉に買い言葉的な話だったのかもしれない。
でも・・・今までの全てを壊すには十分だった。

一緒に笑っていたのも嘘だった。
手をつないでニコニコ歩いていたのも嫌々だった。
俺との子供なんて欲しくなかった。
全部が嘘だった。


俺が泣いていたのかどうかはわからないが、悲しそうな表情はしていたと思う。
それを見て色々と察したのか、嫁は慌てて「ごめん今のは言いすぎた」と謝ってきたけれども、本心は違うのだろう。
この日、俺は家族を持つことをついに諦めた。
そしてバッグの中から靴下が出てきて笑う嫁を冷めた目で見下ろしていた。

食事は嫁と時間をずらして食べるようになった。
好きでもない人と一緒に食べたくはないだろう。
嫁も一緒に食べようとはしない。俺が食べ終わるのをずっと待っている。

一緒に出かけることも徐々になくなり、今では年に一度あるかないか。
出かけたところで一緒に行動することはないが。
離れて歩いて途中でバイバイ。帰る時に連絡してと言って別行動。
不毛な時間。無駄な一日。


道を外れた人間の末路なんてこんなもの。
仮面夫婦の家族ごっこ。俺なんかにはこのくらいが丁度いい。
だからもう少しだけこのままでいてもらえるように、俺は嫁の好物のクレープを今日も焼くのだ。


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