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岡山県真庭市 撮影期間

2023年8月11日(金)〜8月20日(日)

10日間岡山での撮影が終わった。撮影期間中は普段泉と交換している音声日記の収録も、文章の日記も書けなかった。毎晩箇条書きで、起きたことや思ったことを記録するので精一杯だった。以下の文章は、それら単語の記録を後日膨らましたもの。

8/11 移動日 ひかる、自分。
今日から岡山県の真庭市、でひかるが監督する映画の撮影。昼前に家を出て東京駅でひかると合流し、新幹線で岡山駅へ向かう。そこから県内を走る高速バスに乗り換え、最寄りのバス停でひかるのお母さんが車で迎えにきてくれる。道中は映画の話や引っ越しの話をしていた。
ひかるは初めて一緒に映画を作った友人。そのときの経験が今の自分を作っていると言っても過言ではないほど、私が創作活動を始めるきっかけとなったものだった。彼は大学卒業後しばらくスペインで映画を作っていたので、離れている間は何度か電話で話したが、それほど頻繁に連絡を取ることはなかった。その間に私は彼がどうしているのか想像し、自分と比較してしまうことがあった。彼の才能や追求する力が羨ましく、自分自身をダメだと思ったりした。正直今も時々そういう悪い思考に陥ってしまうことがある。一緒にいるとそんなことはなく、彼が自身の作品を完成させようとしていることを素直に喜べているし、頼もしくもある。こうして久しぶりに一緒に映画を作れることもまた嬉しい。
撮影と宿泊はひかるのおばあちゃんの家。私とひかるが寝る裏の離れからトイレや台所がある母屋に行くには、一旦屋外の渡り廊下を通る。扉を開けると一瞬ふわっと香る山の匂いがたまらない。
夕飯を食べながら、ひかるとお母さんと話す。お母さんが、9つの数字に分かれた人のタイプの話をした。私はタイプ1だそう。でもそれは変動するものらしい。
22時ごろからひかると機材を試したりした。モニターの扱いに苦戦するが、なんとか大丈夫そう。明日からの撮影がんばろう。


8/12 撮影1日目 ひかる、吉川くん、きいさん、自分。
吉川くんときいさんが岡山市内から来て、ひかる出演、吉川くんが音声、きいさんが写真と扇風機で風を起こす係、私は撮影を担当した。
撮影は難しい。撮る映像をモニターで確認しながら、カメラ前の状況も見る。映っている人を見て、動きを感じる。全て必要で、カメラを動かす一瞬の判断が映像を決める。何をカメラで見つめ、何を見ないのか。どれくらい踏み込むのか。自分の無知や技術の足りなさを実感しつつ、過去の自分と比べて成長も感じるので良し。
ひたすらおばあちゃんがお盆の準備をして、ひかるがそれを手伝う様子を撮影した。記録をしっかりと収めた感じで、フィクションが立ち上がる瞬間はまだない。誰が主人公になるのか、誰の視点の映画なのか。映画とはなんだろうか。でもこの作り方でいける気がする。ものすごく良い時間。


8/13 撮影2日目 ひかる、吉川くん、きいさん、自分。

早朝撮影のため朝6時に起床。昨晩環境が違うからかなかなか寝付けず睡眠不足で体調が心配。それでもなんとか起き、撮影に向かう。
今日も私は撮影を担当した。やり直しのできないシーンを撮る時、プレッシャーからパンをする手が震えた。でも本当はどんな瞬間もやり直しなんてできないはず。技術的に及ばない部分があるけれど、目の前の対象をひたすら見つめること、それでいて起こることに対してきちんと反応できる自由さをもっていたい。
朝の撮影を終え少し昼寝。夕方はお盆の迎え火を焚く家族の様子を撮影した。演技を撮っている感覚は全くない。でもいくつかの可能性を含んだフィクションが立ち上がる瞬間が今日はあったように思える。
撮影が終わり、きいさんが作ったオリジナルスパイスのカレーを夕飯にいただいた。辛すぎず、トマトの酸味とスパイスの香りがとても相性がいい。私はスパイスからちゃんと混ぜてカレーを作ったことがないので、最近料理熱もあることだしやってみようかと思った。
夜は編集を見直し、4人で少しだけお酒を飲んだ。それぞれ自分の作品はタイトルをどうつけているかという話になる。私も含め、みんなタイトルをつけることが苦手だという。得意な人はいるのだろうか。本の話題になりひかるが、まずは古典を読まないといけない気がして現代の作品を読めない、と言っていた。私も高校生の頃そう言っていたなあと思いつつ、いつしか現代のエッセイや日記本を読むのが好きになっていった。また久しぶりに世界の古典を読みたいと思った。


8/14 撮影3日目 ひかる、吉川くん、きいさん、板倉くん、自分。
今日は朝から編集と会議。撮影と編集を同時進行で進められるこの撮影は理想だと思う。普段編集作業は苦しいことが多いけれど、こうしてパソコンの編集画面をプロジェクターで映し共有しながら、みんなで進める編集はとても楽しい。私も次の撮影ではこういう時間を設けようと思った。
午後はひかる、吉川くん、きいさんと私の4人で散歩に行き、鍾乳洞に入った。中は温度が全然違って半袖では肌寒いくらいだった。鍾乳洞の中に流れる水は本当に冷たく、手をずっと入れていると感覚がなくなるほどだった。みんなでしばらく石拾いをした。それぞれお気に入りの石をいくつか持って帰る。家に帰りながら、田んぼを飛ぶトンボが指に止まってほしいと思い、みんなで立ち止まって人差し指を空へ向ける。誰の指にも止まらなかったけれど、こういう無意味のようにも思える時間を過ごせることが嬉しい。こういう時間を共有できる人たちと一緒にいることで、何より癒されている感覚がある。
夜は手巻き寿司を食べる家族を撮影。事前にしっかり話し合って構図を決めると、逆に自由さがなかったのかもしれない。純粋に目の前で起こっていることに目を向けるべきだ。
夜はまた編集。板倉くんが山口から来た。


8/15 撮影4日目 ひかる、吉川くん、板倉くん、自分。
朝9時に朝ご飯を食べる予定だったが、全員で寝坊した。9時45分位起き、10時ごろ朝食開始。
午前中は昨晩からの編集の続きをした。今日は車での撮影をすることに決まる。車内から景色をどう撮るかを考えながら、午後に撮影で走る道を往復してショットを試行錯誤をした。ひかるが運転し、私と板倉くんでカメラ。吉川くんは音を録る。昼ご飯を食べてからおばあちゃんとひかるが車で買い物へ、私はそのふたりの様子を後部座席から撮影した。スーパーでの買い物中、私とひかるは車で映像の確認。あとのふたりは買い物を手伝う。20代の男4人がおばあちゃんの周りをぞろぞろ取り巻いているのが面白い。
車で撮影した映像の編集をして、夕方は送り火の撮影。かなり印象的なシーンが撮れた。この映像をみんなで確認したとき、この映画の方向性が少し見えてきたような気がした。


8/16 撮影5日目 ひかる、吉川くん、板倉くん、きいさん、自分。
7時過ぎに起床。撮影も折り返し地点。朝ご飯前にシーンをひとつ撮影した。もう私がカメラを担当することが基本になっている。
おばあちゃんがひとりでお盆の片付けをしている様子を撮影した。これまたこの映画の中で非常に重要なシーンのひとつになるような気がした。まだどのように重要なのかは分からない。ひとりで片付け作業をしているおばあちゃんの映像を観て、「不在」を感じると予想していたのだが、結果は反対で、私はこの人はひとりじゃないと思った。この人の内側におじいちゃんや孫の存在があって、それが少しだけ画面に滲み出ておばあちゃんを包んでいるようだった。こういう予想外のことがあるから映画は分からないし、映像の繋ぎ方やカメラの距離感によって全く違うものが見える魔法があると感じる。

8/17 撮影6日目 ひかる、吉川くん、板倉くん、きいさん、自分。
4時40分に板倉くんの目覚ましで起きる。5時に布団から出て、早朝撮影の準備。5時半から散歩、ラジオ体操とおばあちゃんの朝のルーティンを撮っていく。雨が降るとおばあちゃんは散歩に行かないので天気が心配だったが、ちょうど撮影をするタイミングで雨が止み、霧のかかった真庭の山の風景も込みで撮影できた。この遠景のショットで、我ながら撮影前半よりもカメラの扱いが上手くなったように感じた。それでもやっぱり後で見返してみると反省点はいくつかあって、映画は本当に色々な人の色々な視点と技術で成り立っているデリケートなものだと改めて思う。
撮影後は朝ご飯を食べ、みんなで少し仮眠。私が一番寝足りない様子で、11時過ぎにみんなに起こされた。この撮影は楽しいしご飯も美味しいし最高だけれど、なんだかんだ心身ともに疲れは溜まってきていると思う。どんなに息が合う人たちとでも、10日も寝食をともにすると、やはりひとりの時間が少し恋しくなる。
午後は車2台で温泉へ。私はひかると板倉くんの車に乗り、ずっと音楽を選んでいた。ドライブの時に選曲をするのは結構好きで、お気に入りの曲たちからどれを選んでどれと繋ごうと考えるのがワクワクする。
温泉は健康ランド感が強かったけれど、サウナも水風呂もあって、露天風呂も広いので最高だった。私はサウナは苦手なのだが、ひかるに勧められて5分だけ挑戦した。短い時間だから良かったけれど、個人的にはお湯にじっくり浸かる方が外気浴も気持ちいいと思った。
帰りのスーパーで、5人でおばあちゃんの誕生日プレゼントにシャインマスカットを買った。ひかるにおばあちゃんのことを聞いても、イカが好きということしか知らないのが面白かった。
夜、板倉くんときいさんを見送る。5人が一気に3人になり、じわじわと寂しさを感じる。

8/18 撮影7日目 ひかる、吉川くん、自分。
7時起床。おばあちゃんのルーティーンの追加撮影。1ショットだけ撮り、朝ご飯を食べる。食事後の編集で、5日目に撮影したラストシーンに繋がる映像を別の方法で撮ってみようと話し合い、急遽追加の撮影。買い物に出ようとしていたおばあちゃんだったが、映画を優先してスッとカメラの前に立ってくれるのがありがたく、すごいと思う。
昼食後、撮影した映像を繋いで全体を観てみた。正直疲れからか眠すぎて、ロングテイクのシーンの途中で何度か睡魔に負けてしまった。全然まともに観てコメントできる状態じゃなかったので、まだ意識がはっきりしている序盤で気になったいくつかの点だけ指摘した。一緒に観ていた吉川くんもそうだったらしく、自分だけじゃないと少しホッとしたりする。でもこんな眠気なんて吹っ飛ぶくらい、過剰な集中を保つことができるようになりたい。
午後はこの撮影で3回目の温泉へ。ひかるの温泉好きはすごい。車で40分ほど走ったところにある足(たる)温泉にひかるの運転で吉川くんと3人で向かう。湯原にある砂湯という温泉に入りたかったけれど、川沿いにあって台風の影響で入れない。今回の真庭滞在で諦めなくてはいけないのが残念だが、また戻ってきて挑戦したい。
温泉からの帰り道、ひかるのおばあちゃんの誕生日ケーキを取りに近くの洋菓子屋さんに寄った。そこに置いてあったヨーグルトケーキが珍しかったので、一切れを3人で分け、車内で食べた。
家に戻り、もう一度編集を観る。やっぱり眠くなってしまった。吉川くんは、本当に良い映画だと感動していた。同じものを観ているはずなのに、そのように観られない自分が情けなく、悔しい。
夜はおばあちゃんの誕生日を祝う。夕飯はカレーを作ってくれていた。食事後は9月末に行くヨーロッパの往復チケットを取り、日記を少し書いて就寝。

8/19 撮影8日目 ひかる、吉川くん、自分。
8時起床。朝ご飯を食べていると、ちょうど甲子園の試合がテレビでやっていて、思わず3人で観てしまった。この撮影期間中、普段は全く観ない朝ドラと甲子園だけ少し観ている。応援スタンドでインタビューに答える高校生たちが眩しく、少しの気恥ずかしさを感じながら涙ぐんだ。
今日は最後のシーンを追撮した。ひかるとおばあちゃんが必要なものを買いに行っている間、吉川くんと私で準備。撮影は上手くいき、おそらくこれで撮影終了。結局私は今回の撮影で、最初から最後までカメラを操作していた。今までカメラや照明のことは人に任せっきりだったので、去年から撮影の仕事を受け始めたことで、少し出来ることが増えた気がして嬉しい。
昨日吉川くんが電話をしてくれた時には台風の影響で行けなかった砂湯、今日もう一度電話してみるとちょうど午後から再開するという。3人で思い切って急遽行くことに。10日間で4度目の温泉。
砂湯は川のほとりにある温泉で、施設等はなく簡易的な木造の脱衣所があるのみで完全に屋外にある。周囲は川と林だが、温泉近くの道からは入浴する人たちが見えてしまう珍しい風呂。男女も分かれていない。
最初お湯に入ろうとするがかなり温度が高く、まずは脚だけ浸かる。少しずつ身体全体を岩に這わせて下降させていき、ピリピリする皮膚を熱いお湯に慣らしていく。私は熱い風呂が苦手なので、2分ほどで一旦出て、湯船のすぐ横に流れている川に足を浸ける。こうして自然の中で裸のまま、熱い温泉と冷たい川を往復する。これを繰り返しているうちに、段々と意識がポーッとしてくる。
開放感が勝って周囲の視線がさほど気にならない。それは私が男性であるからで、紛れもない性別の不平等だと思う。こうして私自身が何の努力もせずに得ている特権があるということに、ちゃんと自覚的でないといけない。
川沿いには虫や魚などたくさんの生き物がいた。個性の強い温泉だったけれど、なんだかんだ今回訪れた4ヶ所のなかで一番癒されたように感じた。
砂湯を体験しながら思ったことがあった。「回復」というテーマに向き合うことにおいて、「傷」の側面は強調されやすいと思う。過去に受けた傷の存在を認めることは重要だが、それを分かりやすい物語として飛びつくことはしたくない。このような傷と回復の文脈において、どの人に対してもトラウマばかりに注目するのではなく、「癒し」にも目を向けていきたい。そしてそれは、他の生命と触れ合うことで少しずつ得られるような気がする。それは文字通り触れる行為でもあり得るし、触れずとも存在を認め合う、感覚を交換し合う交流でもある。
温泉から戻り、吉川くんがバスで帰るまでの1時間、家で焼肉を食べた。その後吉川くんをバス停まで車で送った。その道中、夏のもくもくとした雲に虹がかかっていた。夕陽を見ながらのドライブに、とても切なさを感じた。帰りはひかるとふたりで帰ってきた。今回の撮影が終わったので、私がこれから作る作品の話もして、ひかるが色々意見してくれてよかった。ひかるは言葉足らずなところもあるけれど、それでも言ってくれることは伝わるし、そうやって分からせてくれているのだと思う。ふたりで焼肉を食べビールを飲みながら、こういう打ち明けた話が出来て嬉しい。これからどうしていくべきか、それは具体的に身体を動かして作ることだ。
夜、ひかるのおばあちゃんとお母さんに今回作った映画を観せた。おばあちゃんの「映画に撮ってもらってありがたい」という言葉が印象的。今のおばあちゃんたち家族を残せたことが嬉しい。それがどういう意味かなんてことは関係ない。

8/20 移動日 ひかる、自分。
8時起床。今日は移動日で、朝ご飯を食べてから最後に家の掃除や片付けをした。撤収作業も早めに終わり、ひかるもおばあちゃんも私も何となく手持ち無沙汰な様子。おばあちゃんが部屋を見せてくれて、普段編み物などの作業をしている机や、壁にかかった絵を説明してくれた。でもその間私はずっと、長かった撮影が終わって私たちが去り、おばあちゃんはこれからもこの家に残ること、次いつ会えるか分からないことなどを意識していた。誰も言葉にしないまでも、何となく出発までの落ち着かなさや寂しさが漂っているように感じた。
ひかるとおばあちゃんと3人で家を10時半くらいに出た。バス停で車を降りると、おばあちゃんが「気をつけてねー!」と私たちに声をかけ、すぐに車に乗って行ってしまった。ひかるもだいぶあっさりとしている。ふたりはもしかすると、昔からこういう別れを繰り返していて慣れているのだろうか。それとも表に出していないだけで、寂しさはあるのだろうか。私は遠くに住む親戚がいないので、その温度感や距離感が分からない。
午後は移動。新幹線に乗る前、ひかると岡山駅近くの奉還町でたこ焼きを食べた。駅から歩いて汗だくだったので、一緒に飲んだハイボールがびっくりするほど美味しかった。ひかるが「クリティカルヒット」と言っていた。まさにそうだ。
新幹線の車内は映画の話をしたり寝たり。やっぱりミニマルなクルーで、制作の時間そのものが豊かであるように映画を作りたい。
あっという間に東京に着いてひかると一旦解散。夜に渋谷で映画を観る約束をしたが、直前に連絡があって間に合わないとのこと。さすがに10日間の撮影で疲れているのだと思う。私はなんとなくそのまま帰る気になれず、予定通りユーロスペースでジャック・ロジェ監督特集の「トルテュ島の遭難者たち」を観てきた。しばらく映画を観られていなかったこともあり、ユーモアと南島の光に溢れた2時間半がものすごく心地良かった。

8月22日現在、10日間の撮影を振り返りながら日記を書き、また私は日常に戻る準備をしている。

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